駆逐聖姫 春雨   作:隙間風

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暗いのは最序盤だけです。
全体的には割とのん気なストーリーになる、はず。


STAGE_02 変生

 

 

 

 

 

ある司令部からサーモン沖における強力な新種の報告がもたらされて一月あまり。

同じような目撃例や被害報告が他の司令部からも頻発するにあたり、ついに最精鋭たる司令部が動き出した。

大和型や長門型、一航戦などが総出で出撃し、狩り出しを行ったらしい。

そのおかげか最近は被害報告も途絶え、輸送任務も再開された。

 

だが油断するべきではなかったのだ。

決して、撃破せしめたという報告がもたらされた訳ではなかったのだから。

 

「う、うう……」

 

戦艦レ級。

司令部よりそう名付けられた新種の深海棲艦の奇襲によって、遠征任務についていた第六駆逐隊は瞬時に壊滅状態に陥った。

暁型駆逐艦の末妹である電は真っ先に艦載機の爆撃を受けて大破させられた。

そのまま止めを刺さんと迫るレ級より、電を庇って砲撃を受けた長姉暁も同じように大破させられる。

当たり所が悪かったのか完全に気を失った暁を、レ級は片手で締め上げた。

 

「このぉぉ!!」

「暁を放せ!」

 

電と同じく爆撃を受けながらも、辛うじて中破に留まり武装の無事だったもう二人の姉、雷と響が連装砲を撃ち続ける。

しかしレ級はまったく意に介した様子も見せず、ニヤニヤと薄気味の悪い笑みを浮かべ続けている。

そして海面から長大な尾が浮かび上がった。

 

「あ……」

 

尾の先には異形の顎が備わっていた。

それが涎を垂らしながら大きく開き、ゆっくりと見せ付けるように暁に近づいていく……。

 

「ま、まさか……」

「やめてーっ!!」

 

誰か。

 

「誰か助けて!!」

 

電は絶望的な状況に、魂の底から叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆逐聖姫 春雨

STAGE 02 変生

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「させません!!」

 

ざばりと。

潜水艦のように海面から浮上して、まず目に入ったのはいつかの旧敵が同胞を喰らおうとしている場面でした。

瞬時に状況を把握すると、私は不意を突かれてさすがに呆気に取られている怪物に向けて脚部の魚雷発射管を向けました。

そして全ての狙いを尾に向け魚雷を斉射し、自身も『ホバー』を吹かせ突進します。

奴の装甲の硬さは知っています。

 

(でも、たとえ通用しなくても、あれだけぶつければ彼女を手放させるくらいは出来るはず……!)

 

その隙に肉薄し、全ての火力を叩き込む!

夕立姉さんの得意技です。

駆逐艦の防御力を考えれば特攻まがいの荒業だけど、奴に多少なりとも損傷を与えるにはこれしかない!

そうして連装砲(装着式だったっけ?)を構えようとした瞬間――。

大爆発が巻き起こり、怪物の尾が根元から吹き飛びました。

 

『ギャアアアアア!?』

 

怪物が苦悶の悲鳴を上げのた打ち回る。

 

「え」

 

なに、これ。おかしい。

私の雷撃にここまでの威力はなかったはず……いや、今は後回しです。

疑問は今は置いておきましょう。

予定を変更した私は更にホバーを吹かし、跳躍すると放り出された暁と思しき艦娘を抱き止めました。

そして着水すると同時、暁ちゃんを脇に抱え、未だにのた打ち回っている怪物に向けて砲を斉射し続けました。

 

『ギッ、ガッ』

 

嬲るようで少し心が痛むけど、手加減なんて出来る相手ではありません。

それにこっちだって一度嬲り殺しにされたんだからおあいこです。

というか無防備な背中に打ち込み続けているのに、大してダメージを与えられている様子がありません。

 

(やっぱり昼間では雷撃でなければ有効打は望めないか……。

 でも魚雷はもう全弾撃ち尽くしているし……)

 

と、そこで我に返ったらしき怪物が体勢を立て直してしまいました。

可愛らしいはずの顔を凄まじい形相に歪めて睨みつけてきます。姉さん、夢に出そうです。

 

『コロ、シテ、ヤル……』

 

怖いです。

というかどう考えても駆逐艦が正面切ってやり合うような相手ではありません。

しかし満身創痍の彼女たちを見捨て逃げるわけにも行きません。

私は抱えた暁ちゃんを庇うように半身に構え、砲を向けました。

と。

 

『グッ……!?』

 

怪物少女はいきなり何も無いところでふらりと躓きました。

体勢を立て直そうとして更にバランスを崩して倒れこんでしまいます。

 

「そうか、尻尾を破壊されてうまくバランスが取れないのですね!」

『グッ、クソッ、クソックソックソォッ!!』

 

さすがに不利を悟ったのか、彼女はもう一度心底口惜しそうにこちらを睨み付け、ふらつきながらも逃げ去っていきました。

そこに更に追撃を加えようとしたけど……やめておきました。

今回は奇襲と何らかの幸運が重なって撃退できたようなもの。

まともにやり合ったら太刀打ちできる相手じゃない。

逃げてくれるなら深追いは禁物です。

という訳で……。

 

「ふぅぅぅぅ……」

 

た、助かりました……。

まさかあんな怪物と二回も差し向かいでやり合う事になるとは思いませんでした。

それに私いつの間にダメコンなんて積んでいたのでしょう?

あれは極めて貴重なもので、基本的に大規模かつ激戦が予想されるような作戦の時にしか使われません。

輸送任務で使われることなど、ありえないと思うのですが……。

まぁ、それはいったん置いときましょう。

 

次に私は先ほどの夢のことを思い出しました。

思い返すだけでも自分に腹が立ちます。

あんな夢を見たこと自体、痛恨の極みです。

 

……何が見捨てられた、ですか。

そんなのは初めから私が望んだことです。

それに、誰が憎いというんですか。

私は正真正銘本心から誰も憎んでなんかいません。はい!

 

我ながら何であんな夢を見たのでしょう。

無理があるにも程があります。まったく。

 

『……うるさい、無理があるのは自分でもわかってたよ』

「え」

 

気のせいでしょうか?

いや、そういえば今はそれどころじゃありません。

気が抜けて今の状況をすっかり忘れていました。

私は脇に抱えた暁ちゃんを両手で抱え直そうとして……。

 

「あ、暁を放しなさい!!」

「……えっ」

 

怯えながらも砲をこちらに向けて立ちはだかる暁型、雷の姿がありました。

 

「な、なんで……?」

 

気が動転しているのでしょうか?

とにかく誤解を解こうと雷ちゃんに近寄ろうとして……背後に衝撃を受けました。

 

「暁! くっ、大型艦には見えないのになんて装甲だ」

 

……どうやら砲撃を受けたようです。今のは直撃弾でした。

駆逐艦の損耗した状態での砲撃とはいえ、私だって同じ駆逐艦です。

直撃を受ければただでは済まないはず。

だというのに『痛くも痒くも無かった』

 

……そこでようやく私は自身の体を見下ろし、自分の有様に気付きました。

いえ、気付かない振りをしていただけだったのかもしれません。

 

「え」

 

生気のない青白い肌、漆黒の衣装、有機的かつ異形の兵装。

そして喪われた両足の代わりに括り付けられたホバーユニットを模した生体兵器。

これは。

これではまるで、深海棲艦――。

 

「あ」

 

鎮守府の艦娘の間で囁かれていた怪談にそんな話がありました。

曰く、轟沈した艦娘は深海棲艦として造り変えられてしまうと。

 

「あ」

 

そんな、ことが。

本当に。

私、は。

 

「ああああああああああああああああああああ」

 

私は――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電は突如泣き叫び始めた深海棲艦を呆然と見つめていた。

胸を衝かれるような苦悩と絶望に満ちた声であった。

見れば、雷と響も思わず砲撃を止めている。

突如現れ、絶望的とすら思われた強大な戦艦レ級と同士討ちを始め、あっさりと追い散らした謎の深海棲艦……。

 

「いえ、違うのです」

 

あれはどう見ても、どう考えても。

自分たちを助けてくれたとしか――。

 

「……なのです!」

 

電の心は決まった。

半壊した推進ユニットを目いっぱい吹かすと謎の深海棲艦目がけて接近する。

 

「電!?」

「無茶よ!」

 

姉の心配する声が聴こえるが、心配はいらない。

電にはもう、眼前の深海棲艦が危険な相手とはどうしても思えなかった。

そうして暁を抱えてうずくまる深海棲艦の側まで肉薄すると――。

 

「……逃げて!」

「えっ?」

 

それだけをそっと告げて即座に離脱し、姉たちのもとに向かって行った。

ハッと、背を向ける電に顔を向ける深海棲艦。

 

「はわわわわ、砲が壊れてて弾が出ないのです!」

「もう、ドジなんだから! 大破してるんだから貴女は下がってなさい!」

「二人とも、そこまで。敵から目を離さないで!」

 

呆然とそんなやり取りを見つめていた謎の深海棲艦は……暁を静かに海面に下ろし、彼女たちに背を向けて走り去っていった。

第六駆逐隊もまたそれを少しの間呆然と見送っていたが、やがて慌てて自分たちの姉を回収しに走った。

 

「に、逃げたのかしら……?」

「追うのは……どう考えても無謀だね。一度引き返して司令官に報告しよう」

「……なのです」

 

 

 

 

 

それから帰路についていた第六駆逐隊。

しばらくしてふと響がつぶやいた。

 

「……今度会ったらお礼を言わないとね」

「はわっ!?」

 

飴玉を喉に詰まらせたような変声を上げる電を横目に、暁を背負った雷も口を出す。

 

「ごめんなさいが先よ。後で暁にも事情を説明しておかないとね」

「はわわわっ!?」

 

ますますテンパる電に、二人の姉はくすくす笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『イタイ、イタイイタイイタイ、イタイヨウ……』

 

こんなに痛い思いはしたことがない。

 

『アイツ、アイツダ……』

 

あんなに強い奴には遭ったことがない。

 

『ギ、ヒヒヒヒヒ……ヒヒヒ……ヒヒヒ……』

 

こんなに惨めで悔しい思いは味わったためしがない。

 

『ゼッタイ、ゼッタイゼッタイゼッタイゼッタイゼッタイゼッタイ……』

 

許さない。

 

『コロシテヤル……!』

 

胸が熱くて、苦しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

###TIPS

 

第六駆逐隊

 余程のアクシデントがない限り、南方海域で任務をこなせる程度の錬度はある。

 基本的に春雨級のいい子軍団なので、雷と響も程なく気付いた。

 ちなみに暁と響はこの少し後、再改装されることになる。

 

 

サーモン沖

 未だ開放されたばかりであり、レ級出現以前も危険な海域ではあった。

 ここでの輸送任務はかなりのハイリスク・ハイリターン。

 本作においては成功させれば海域攻略並みの功績となる。

 レ級出現後はなおの事である。

 

 

 

 

 




……やっぱ戦艦使えると昼でもフルボッコだなぁ、わるさめちゃん。
楽なのはいいけど何か複雑な気持ちに……。
あ、イベント海域の話です。

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