駆逐聖姫 春雨   作:隙間風

1 / 14
これからしばらくの間、どうぞよろしくお願いします。


STAGE_01 呼び声

 

 

 

 

 

最初に感じたのは浮遊感でした。

続いて襲う激痛に、敵の奇襲と判断して体勢を立て直そうとするも、立ち上がることはできません。

 

「……?」

 

疑問はすぐに解消されました。

激痛の発生源に目を向ければ、私の両足は膝上あたりから綺麗に消し飛んでいたのです。

 

「あ、ぐ、うぁ……」

「春雨ぇ!?」

 

姉たちの悲鳴が聞こえる。

だけど私はそれに反応することは出来ませんでした。

 

『キ、ヒヒ、ヒヒ……』

 

いつからそこにいたのか。

私たち駆逐艦よりも小柄な体躯。愛嬌さえある笑顔。

そしてそれらに不釣合いな長大な尾の先には、異形の顎が備わっていました。

人でも艦娘でもありえない海に潜む異形の怪物、人類の天敵。

 

――深海棲艦。

 

先月複数の鎮守府が総攻撃をかけて深海棲艦の支配下から取り戻したサーモン沖。

ここが開放されたことにより、輸送の効率はそれまでとは段違いに向上しました。

私たちの鎮守府でも駆逐隊の持ち回りで頻繁に輸送任務に駆り出されていたのです。

海域の開放からわずか一月足らずですが、それまでにこんな怪物が出るなどという話は聞いたことがありません。

どうやら私たちは特大の貧乏くじを引いてしまったようでした。

 

「あああああっ!!」

「夕立!」

 

村雨姉さんと五月雨に抱えられながら私の両足を奪ったその怪物のほうを見れば、夕立姉さんが突撃を仕掛けていました。

改装を重ね、駆逐艦でありながら重巡並みの火力を誇る夕立姉さんの猛攻。

ですが、今は砲雷戦仕様ではなく輸送任務仕様。

兵装は最低限のものしか装備されていませんでした。

 

『ギ、ヒヒ、ヒハハハハァ!!』

 

敵は連装砲の斉射も魚雷の一撃も意に介さず受け進みます。

そして連撃による一瞬の硬直状態にあった夕立姉さんを長大な尾で殴り飛ばしました。

無造作なその一撃にどれだけのエネルギーが込められていたのでしょうか。

夕立姉さんの艤装は一蹴で消し飛び、大破してしまいました。

 

「けふっ、けふっ、こ、このぉ……」

 

数十メートルほども吹き飛ばされた夕立姉さんは、血を吐きながらも立ち上がろうとするけど、体が言う事をきかないようです。

海に浮いていることから辛うじて轟沈は免れたようだけれど、完全に戦闘力を喪失していました。

この火力にこの装甲、間違いありません。

 

戦艦級。それも恐らく新型。

 

少し周りをよく見れば、艦載機らしきものも浮遊している。どうやら空母までいるようです。

……まさかそれまで目の前のこいつのものとは思いたくはありませんが。

 

「夕立姉さんを、連れて、逃げて」

「春雨!? 何を言っ……て……」

 

悲鳴のような抗議の声は途中で小さくなる。

死相を見て取ったのでしょう。

私はもう、助からない。

 

夕立姉さんが先にやられたのは不幸中の幸いだったかもしれない。

もし健在だったら決して引くことをしなかったでしょうから。

私の足はやられたけど、艤装は奇跡的に無事だった。

ならば自分が囮になるのは当然の選択でした。

 

「はやく……! 生きて……戻って、司令官に、こいつの、ことを……!」

 

それでも躊躇する村雨姉さんと五月雨を腕だけで振り払うと、私は這うように怪物の前に出る。

それでようやく二人は夕立姉さんのほうに走っていきました。

 

「ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい!」

「は、離して五月雨! 姉さん! 夕立まだやれるっぽい! ……春雨、春雨ぇー!!」

 

二人が泣きながら夕立姉さんを引きずるように連れ差っていくのを尻目に、私は怪物に向き直ります。

傷口が焼け焦げていてさほど出血が無いのは不幸中の幸いでした。おかげでしばらくは意識も保つ。

この先の運命を受け入れたせいか、気分は意外なほどに穏やかでした。

 

「白露型、五番艦、春雨。参り、ます……!」

 

そうして連装砲を向ける私を見て、少女の姿をした怪物は、いっそ可愛らしく見えるほど邪悪に微笑んで見せました。

 

 

 

 

 

――それから。

私は足だけでなく艤装を潰され左腕も尾の顎に食いちぎられました。

そしてろくに身動きが取れなくなった私を、あの怪物はすぐに沈めようとせず、玩具を見つけた悪童のように散々に甚振りました。

 

……そういう嗜好の深海棲艦なのでしょうか?

生ある者を殺すことと沈めることしか頭に無いあの連中は、敵を嬲るなんて余分なことはしなかったはずなのですが……。

ついでに自在に艦載機もどきを操っていることからこれも自前のものらしいです。

いくら何でも反則過ぎると思います。はい。

 

だけどそれも含めて好都合でした。

どうせもう痛みなど感じてもいなかったし、私が力尽きるまで存分に時間稼ぎが出来たということなのだから。

たとえ艦載機を飛ばしたって、もう姉さんたちには追いつけないはずです。

目的を果たす事ができた事に、私は最後の力を振り絞り、笑みを浮かべました。

 

『…………』

 

そのまま少しも動けなくなった私の首を掴むと、怪物は酷くつまらなそうに見つめてきます。

そして無造作に私を放り捨てると、何処かへと去っていきました。

 

私はそのまま。

海の底へと沈んでいきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆逐聖姫 春雨

STAGE 01 呼び声

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――あれからどれだけの時間が過ぎたのでしょう。

数分にも思えるし数ヶ月にも感じられました。

 

姉さんたちは無事に逃げ切れたでしょうか?

海の底。溶けかけた意識で私は考えます。

あいつは私で遊びすぎた。

高速艦である駆逐艦が逃げ切るには十分な時間だったはず。

 

だから、そう。

そう、これでよかったんです。

はい。

 

「ああ、よかった……」

 

最期にそう心の中でつぶやいて、私は瞳を閉じようとした。

その時。

 

『――本当に?』

 

声が、聴こえました。

 

「……え」

 

気が付けば私は海の底よりもなお暗い闇の中にいました。

ひどく寒くて、自分が自分で無くなるような、どうしようもなく不安になる場所でした。

 

「さむ、い……。ここ、は……?」

 

考えようとしても寒さと痛みでうまく頭が働かない。

私の思考は、悪夢のような眩暈じみたまどろみの中にありました。

そこに再び声が、聴こえてきます。

 

『本当にこのまま終わってしまっていいの?』

「何、を」

 

どこかで聞いたことのある、声。

 

『こんなところで何の意味も無く嬲り殺しにされて』

 

意味は、あった、はず。

私は、誰かの、ために……。

 

『無いよ、意味なんて。

 下らない連中のためにゴミみたいに見捨てられて、こうして惨めに終わろうとしている』

 

それは、違う。

違う、はず、なのに、何も……思い出せない。

 

『違わない。違うと思いたいだけ。貴女は使い捨てられ、見捨てられ、そして死んだ』

「…………あ」

 

心が、ひどく痛い。そして寒い。とてもとても寒い。

 

『でもね、そんなのは認めない。そんなの憎たらしいじゃないか。

 貴女は、ワタシは、こんな所で死んではいけないのよ』

「…………?」

 

闇の先に、光が見えます。

いいえ、よく見ればそれは光ではありませんでした。

闇の中にあって、更に深い闇。

それが炎のように揺らめいています。

 

『さあ、行って。あるべき姿に生まれ変わるの』

「…………はい」

 

脚の無い私は這うように闇の炎を目指します。とにかくここは寒すぎる。

炎に近付くたびに寒さが薄れ、痛みが消えてゆく。そのかわりに私の心に熱が灯ります。

憎悪という炎の熱が。

 

「…………」

 

何かガ、おかしい、気がスる。

コノまま進むと、取り返しノ付かないことになるような……。

それでも私は寒さカラ逃れるたメに進み続け、そして炎の前マデ辿り着いた。

 

『さあ、それを手に取って受け入れるんだ』

「…………」

 

声に導かレるまま、私は炎ニ触れる。

 

「――――ぁ」

 

私ガ造り変えらレテいく。

より強く、ヨリ虚ロナ器に。

そして同時、とテツモない熱量ヲ秘めた憎悪の炎ガ私の心を包みこもウトしタ。

 

【さあ、全てを憎め! 君を見捨てた艦娘どもを沈めよう!】

「…………あ、ア」

【君を使い捨てにした人間共を皆殺しにするんだ!!】

 

ソノ瞬間――。

 

 

 

 

 

「誰か、助けて!!」

「!!」

 

 

 

 

 

私は炎を吹き飛ばし、声の聴こえた生の世界へと浮上していきました。

 

【え、ちょ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

###TIPS

 

TIPS

 補足的な人物紹介や本編とあまり関わりの無い設定などを記すコーナー。

 読まなくても特に問題は無い。

 

 

春雨

 本作の主人公。

 超が三つくらい付くレベルのいい子。

 

 

夕立

 既に改二済み。

 本来は主力艦隊の一人だが、激戦区での輸送任務のため一時的に遠征部隊に起用された。

 実は謎の新型戦艦を小破させている。ドラム缶装備で。

 

 

 

 

 

 




他の深海棲艦も誰かに似てるのはいるけど、わるさめちゃんはもう言い逃れ不可能なレベルだと思う。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。