やはり俺のがっこうぐらしはまちがっている。   作:涼彦

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第九話:祠堂圭だって、頑張っている【中編】

眼前に提示されたそれを見て私は「なるほど」と感心した。彼から提示されたのは《防犯ブザー》であり、ストラップを引き抜くと大音量を撒き散らすそれは光で誘導するペンライトよりも効果が期待できるものだった。なにせ、リバーシティー・トロン内部の構造は円形のドーム状をしているため騒音を響かせれば周囲に反響して絶大な効果が期待できる。件の羽つきリュックサックには複数の防犯ブザーが付けられていたため、恐らく強烈な反響によりゾンビ達はまともに身動きができなかったはず。内部電池が切れるまで鳴り響いたであろうそれにより集まってきたのか、僅かばかりに一階ホールのゾンビが多いように感じた。

 

「エスカレーターを下りきったら、これを投げてゾンビを引き付ける。その間にあのリュックサックを回収して車に戻る……やることは単純だろ?」

 

得意げにそう言ってみせた彼に私は同意する。確かにこれなら大音響を響かせて多少の物音なら察知されにくいはずだ。もちろん、ゾンビの横を突っ切れば気づかれはするだろうし何より長物を扱う私としては満足に槍を振るえない距離に接近するつもりはない。

 

赤黒く変色してしまった木刀と防犯ブザーを構えた彼の目配せに頷きを返すと、静かにエスカレーターを下っていく。相変わらずの澱んだ空気と腐臭を吸い込むたびに不快な気持ちになるが、眉をひそめる程度にしておく。私はしっかりと槍を握りしめて奴らの位置を警戒する。チラホラと倒れたまま動かない死体があるのが気にかかったが、やがてエスカレーターを下り切ったので今はひとまず頭の片隅に置いておくことにした。

 

「三……二……一……いくぞっ!」

 

「……っ!」

 

カウントダウンに合わせ手元の防犯ブザーに繋がるストラップを引き抜いた瞬間、比企谷くんが床を滑らせるようにして下からそれを投擲する。ブザー独特の音色がホール中に木霊し、一階ホールを彷徨いていたゾンビが一斉に音の発生源に向かって動き出す。私達は出入り口付近に落ちている羽つきリュックサックまで駆け出した。

 

多少の物音なら近距離のゾンビ以外は反応しない。その事を頭に入れ比企谷くんは前方を塞ぐゾンビの頭蓋を叩き割り、私は近寄って来たゾンビに足払いをして転ばせつつ走り続ける。そしてリュックサック付近まで走り寄ると私は彼に周囲の警戒を任せすくい取るようにして羽つきのリュックサックを手に取ると、それを肩にかけた。

 

「戻ろう!」

 

「おう!」

 

粉々に砕け散り床に散乱したガラス片を踏み砕きながら私達はリバーシティー・トロンから脱出する。外に出た私たちを出迎えたのは眩しいくらいの夕焼けと新鮮な空気だった。ガードレールに寄せて停めてある車の前まで駆け寄ると、キーを取り出した彼が鍵を開ける。彼から木刀を預かり、後部座席のドアを開けて武器と鞄をしまう。それから揃って互いの席に乗り込んだ私達は安堵のため息をついた。

 

回収した羽つきリュックサックを膝に抱えながら、暫しの間言葉を交わすことなく黙りこくっていた。緊張の連続で心身共にすっかり疲弊していたこともあって、今夜はすぐにでも眠れそうだ。シートベルトをまだ着用していなかった私はおもむろに後部座席に手を伸ばすと、置いた鞄を開けて中からMAXコーヒーを二本取り出す。それを比企谷くんに渡すと、二人同時に缶の蓋を開けて自然と乾杯をする。ひと口呷る度に、渇いた喉に甘いコーヒーが染み渡った。

 

「んじゃ、早速そいつの中身でも漁ってみるとしますかね」

 

「それなりに重さはあるから何か入ってると思う。あと、なんかカサカサ音がするね」

 

飲みかけのMAXコーヒーを一旦ドリンクホルダーに置いてリュックサックの中を開けてみる。手を突っ込んで中身をまさぐる。見えるだけでもうまか棒だとかポテチと言った菓子類が多く入っていた。それと飲みかけの飲料水が入ったペットボトルに――ひと切れの紙が一枚。おもむろにそれを取り出した私はその表紙を見て思わず息を呑んだ。

 

「これって――」

 

カラフルに彩られた表紙には大きな文字で《遠足のしおり》と書かれていた。その下には私達の在学する高校《巡ヶ丘学院高校》の文字。そして聞き慣れない《学園生活部》という部活動名と《三年C組 丈槍由紀》なる人物の学年クラス・名前が記されていた。表紙をめくると、目的地・スケジュール・持ち物・参加者が書き記されている。目的地はここ、リバーシティ・トロン・ショッピングモール。スケジュールは三日が予定されており、持ち物はまるで本当に遠足に行くかのようなもの――シャベルを遠足で使うのかはさておき――だった。参加者は上から順に《若狭悠里》《佐倉慈》《恵飛須沢胡桃》《丈槍由紀》の四名。若狭悠里と書かれた人物はどうやら部長を務めているらしく備考欄に部長と書かれていた。そして生徒思いの優しい先生で知られる佐倉慈先生が学園生活部という部活の顧問を務めている――私はしおりを覗き込む比企谷くんと顔を見合わせる。

 

「やっぱり誰か来てたんだ……」

 

「あぁ。まさかうちの学園の連中とは思わなかったが……だが、これでやることがハッキリしたな」

 

そう言うと彼はホルダーからMAXコーヒーを手に取りぐいっとひと口呷ると、車のキーを差し込みエンジンをかけた。行き先は既に決まっている。向かうは私達の在学する私立巡ヶ丘学院高校。恐らくそこに――学園生活部と共に美紀は居る。

 

「美紀……」

 

シートベルトを締め、私は親友の名を呟いた。彼女の存在が遠くなってしまったように感じたけれど、漸く再会できる。大分遅くなってしまったけど、もう要らないかもしれないけど、それでも私は助けを呼べた。本当に、彼には感謝しないといけないな。

 

オレンジ色に染まる空に下を、私達は走行する。なんだかドラマチックで、まるで映画のワンシーンみたいだった。誰も居なくなった街で私達だけが生きている――そんな感じの。時折揺れることが心地良くて、背もたれに身体を預けた私は心なしか明るい表情で運転する彼を見つめながら重くなってきた瞼を閉じる。ふと、走行音に混じって聞き慣れない少女の声がまどろみの中聞こえた気がした――。




もう少しで学園生活部の登場です……! 長かった……!

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