やはり俺のがっこうぐらしはまちがっている。   作:涼彦

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※圭ちゃんが可愛いだけでロクに進みません。


第十六話:果たされた約束は、代償を伴った

震える手で”学園生活部”とプレートが下げられたその扉を開けると、そこには待ち望んでいた私の大切な約束の人が居た。

 

――直樹美紀。

私の大切な唯一無二でかけがえのない”本物”の親友。彼女を助けたい一心で「生きてれば、それでいいの?」なんて、酷いことを言ってまで助けを呼びに彼女を一人残して外へ出たことを以前はとても後悔していた。けれどそれは、彼――八幡と一緒に過ごすうちに霧散し、達成感へと姿を変える。紆余曲折あって、私は今、やっと、再び生きて彼女と再会することができた。あの時独りにしてしまったことの謝罪と、こうして美紀と顔を合わせることができた感動でどういった表情をすればいいのか……なんだか複雑な気持ち。それでも、会った時に最初に言うべき言葉は決めていた。ありふれた言葉だけれど、今となっては愛おしい言葉。

 

「ただいま、美紀」

 

声が震えた。若干だけれど裏返った気もする。頬が熱いくらいに熱を持ち始めて、妙に落ち着かない。ふと、目尻に涙が溜まってきた。見やれば美紀は瞠目し、涙ぐみながら小さく「圭……?」と呟いた。小鳥が囁いたかのような小さな声だったけれど、私はそれをしっかりと聞いた。それを聞いてしまってからはもうダメだった。お互いおぼつかない足取りで近づいて手を取ると、ぽろぽろと涙を零しながら泣き崩れて周囲の目も気にせず嗚咽混じりにわんわん泣いた。互いの背中に手を回して痛いくらいにぎゅっと抱きしめ合って、その存在を確かめる。

 

「ごめんね、独りにしてごめんね」と言うと「会えてよかった……生きていてくれてよかった……」と返ってくる。今まで溜めていた分、涙が枯れ果てるんじゃないかと思うぐらいに二人して泣き続けた。私がその柔らかな手を握れば、美紀がそっと握り返してくれる。華奢な背中に手を回して抱きしめれば、彼女も同様に抱きしめてくれた。まるで恋人同士みたいなことをしていたけれど、そうでもしないと満足に互いの存在を確認できなかった。ただでさえ涙が滲んで視界が悪いのだから、手先の感覚、懐かしい親友の香り、泣きじゃくる愛しい声、その全てで失いかけた存在を取り戻していく。それからどれくらいか時間が経って、漸く泣き止む頃には私たちはすっかり目を泣き腫らして疲れきっていた。本当に涙が枯れたんじゃないかと錯覚するくらい泣きじゃくったけれど、後に残ったのは胸のつっかえが取れたようなスッキリとした気分。

 

「おかえり、圭」

 

「うん、ただいま」

 

お互いに微笑みを交わすと、どこからともなく言い知れぬ安堵感が押し寄せてくる。またもや胸に来るものがあったけれど、ふと冷静になり八幡と小町ちゃん、そして学園生活部の人たちが暖かくこちらを見つめているのに気がついてなんだか気恥ずかしくなって視線をあてもなく泳がせた。

 

「ええっと……と、とにかく! また会えて本当に良かったよ。……あの時は、ごめん。キツいこと言っちゃって……。いつ助けがやってくるかわからなかったし、焦ってたんだ。でも――こうして、助けも呼んで来れたよ。私、美紀との約束ちゃんと守れた……”必ず助けを呼んで戻ってくる”って……」

 

「うん……そうだね。あの時から心配こそしたけど、怒ってはいないよ。圭がちゃんと戻ってきてくれた、そのことがとても嬉しかったんだ。だから、さ……怒りたくても、やっぱり私は怒れないや……」

 

「美紀……」

 

屈託ない笑みを浮かべて告げられた言葉に、不意に押し寄せた暖かい感情にまたもや涙腺を刺激されうっすらと涙が浮かびそうになってしまう――しまう、のだけれど、流石に涙はもう出てこなかった。少しばかり泣きすぎたかもしれない。これだけ嬉しいことがあったのだから、当分の間は涙を流すこともないだろう。仮に次があるのだとすれば、そう――私たちが、無事に元の平穏な生活に戻れたと実感した時だ。それまで、この涙は我慢して貯めておこう。またこうして、今度は皆と一緒に嬉し泣きできるように。

 

「……さて、と。二人も落ち着いたみたいだし、由紀ちゃんたちには自己紹介をしてもらいましょうか」

 

一緒に泣き崩れた美紀に手を貸して立ち上がると、一部始終を眺めていた佐倉先生がその場にいた部員らしき生徒に自己紹介を促した。生徒会室――外のプレートを見る限り現在は学園生活部の部室らしいがあまり実感が沸かない――に入ってからというもの美紀との感動の再会を果たして周囲に目を向ける余裕がなかったので、ようやく気がついたが恐らく学園生活部部員と思わしき人物が二名ほど椅子に腰掛けていた。それぞれ、胸のリボンを見る限り最高学年の三年生なのだが……ひとりだけ猫を模した帽子を被ったどうにも子供っぽい子――改め小さな先輩が居る。恵飛須沢先輩は先ほど挨拶をしたので割愛するが、左耳辺りの焦げ茶色の髪を留めるバレッタと目の下にある泣き黒子が特徴的でどことなく母性感を漂わせつつ、おっとりとにこやかに微笑んでいる先輩。ふと「あれ? この人どこかで見たような」と気づき、漠然とした記憶の片隅からメモリーを探し出す。すると、偶然にも思い当たる節へとたどり着いた。

 

「それじゃあまずは私から。学園生活部の部長を務めている若狭悠里よ。気軽に”りーさん”って呼んでくれて構わないわ。むしろ、そっちの方が呼ばれ慣れているから是非そう呼んでね?」

 

「ええと、確か園芸部の部長もやってましたよね? 私、噂で聞いたことがありますよ! 『園芸部の部長さんは母性と包容力に満ち溢れてる』って!」

 

「あらあら、部員の子達が頻りに抱擁のお願いをしてきたのはその所為だったのね……それにしても母性って、私は皆のお母さんじゃないのだけれど……」

 

「お母さんオーラ半端ないですよ! 抱かれたいくらいです!」

 

「わ、私にそっちの嗜好はありませんっ!」

 

「あぁいやいやいや別にそういう官能的な意味で言ったんじゃないですよ!?」

 

「そ、そう……? なら良いのだけど……」

 

「とか言いつつなんで距離空けるんですか」

 

「少し身の……いえ、貞操の危険を感じたの」

 

「どうして襲う前提なんですか何もしませんよ」

 

「それに今は皆も居るしまだ明るいから……そういうことは控えて欲しいのだけれど……ダメ、かしら……?」

 

「人気のない場所で夜なら襲ってもいいんですか!? あ、いや襲いませんけど」

 

「やっぱり! 私を襲うつもりだったのねっ!」

 

「歯痒い……ッ! 言葉が通じないことが、何よりも歯痒い……ッ!」

 

改めて自己紹介が再開されたのは見かねた美紀と恵飛須沢先輩がそれぞれにデコピンのお灸を据えてからだった。美紀にデコピンを食らい意外にもダメージのあったそれが少々こたえたのは余談である。

 

「じゃあ次は私だね! 学園生活部部員の丈槍由紀だよ! ちょっと背は低いけど……これでも立派な三年生! つまり”先輩”なんだよ!」

 

無い胸を張って――本人には失礼だろうけど実際問題、まな板の如く無いに等しいのだ――先輩と主張する小さなネコミミ先輩。愛嬌があってなんだかマスコットみたいに思えてしまう。その童顔も合わさって”子供っぽい”というよりかは人懐っこい性格も兼ね備えているらしく部の”ムードメーカー兼マスコット的存在”と美紀から耳打ちされた。「お調子者の圭と似て明るいよ」とも言われたが……。

 

「はい、よろしくお願いしますね。丈槍先輩」

 

「……今、なんて?」

 

ふと、丈槍先輩がぷるぷると小刻みに震えだした。あれ、私何かまずいことでも言った? 慌てて隣の美紀に目配せすると何か思い当たる節があるようで「……まぁ、そのうち由紀先輩も耐性がつくから」と囁くと椅子に座って我関せずといった風に高みの見物へと洒落込んだ。

 

「えっと……丈槍先輩?」

 

「そう! それだよ! もう一回言って!」

 

――あぁ、なるほど。こういうことか。

私は合点がいくと一度軽く咳払いをしてから自分でもあまり出したことのない、酷く甘ったるい猫撫で声で小さな先輩に呼びかける。恐らく、その時私は美紀が言う”小悪魔”的表情をしていただろう。八幡にはこういったことはあまりしなかったから、今まで溜め込んだ分ここで少し発散しておこうか。

 

「んんっ――せんぱぁ~いっ。丈槍せんぱーい! せんぱいせんぱいっ! 先輩! せんぱいっ!」

 

「あぁ……なんだか気持ち良すぎて頭がふわふわしてきたよ……」

 

「いかん由紀戻ってこい! 手遅れになる前に!」

 

「……分かるわ由紀ちゃん。私も”先生”ってちゃんと呼ばれると凄く嬉しいもの……」

 

「胡桃! めぐねえも感化されてるわ!」

 

「遅かったか!」

 

「まったくもう……ほら圭、由紀先輩で遊ばないの」

 

「えー、せっかく弄り甲斐があるのに……」

 

肩を竦めながら制止を呼びかけた美紀に私は渋々とそれを受諾する。こうやってはっちゃけたのは随分と久しいし、丈槍先輩も中々に良い反応をしてくれることも手伝って少々名残惜しさが残るが……次の機会に取っておこう。脳内お花畑のトリップ状態な丈槍先輩と佐倉先生が正常に戻ったのは、それからほんの僅かしてからだった。丈槍先輩はともかくとして、佐倉先生までもがちらちらとこちらを期待の色に染まる眼差しで伺ってくるのはどうしたものか……。

 

「それじゃあ再開しましょうか。美紀さんは貴方のお友達みたいだから、割愛するとして……じゃあ、次は貴方に自己紹介をお願いするわ」

 

「あ、はいっ」

 

佐倉先生にそう促されると、私は背筋をぴしっと伸ばしてから口を開いた。

 

「私立巡ヶ丘学院高等学校第二学年B組在籍、祠堂圭です! 趣味は音楽鑑賞で、美紀とはクラスメートでもあり親友でもあります! よろしくお願いしますね、先輩方!」

 

元気に明るくハキハキと、快活なのが私の唯一の取り柄だ――最近は少し気が沈みがちだったけれど――もちろん、にっこりと微笑むことも忘れない。あ、今の圭的にポイント高いね。なんて自画自賛してみる。小町ちゃんからの受け売りだけど、中々に汎用性が高くて八幡からも好評なのだ。

 

「ええ、これからよろしくお願いするわね。祠堂さん――それじゃあ差し当たっては、ささやかな歓迎会といきましょうか。数は少ないけどお茶菓子もあるから、まずはお互い交流を深めましょう」

 

若狭先輩はそう言うと、生徒会の備品である長机に駄菓子などの一口サイズの食べ物が盛り付けられた皿を幾つか置いた。正直甘味はMAXコーヒーで補給していたようなものなので、こういった固形の甘いものを食べられるというのは随分と久しく感じられる。たかが駄菓子だとはいえ、今となっては貴重極まりない品。大量に確保されていた甘ったるさに定評のあるMAXコーヒーが無ければ、ぽりぽりと食べ続けその数を減らしていたであろう。こればかりは八幡に感謝しないと――あれ、八幡……? あぁ、八幡。そう、八幡。あっ、八幡? うん、八幡。

 

恐る恐る、そっと、静かに、部室の扉へ視線を向けると――

 

「そりゃぼっちってのは大抵が好きで孤独であろうとしてるもんだけどな、ここまで綺麗にスルーされてると疎外感感じちゃうわけよ。状況だけ見ればリア充と距離を置いてるいつもの光景だ。しかし、女子だけの空間でぼっちというのはこれが中々にしんどい。いつ話のターゲットが自分に向けられるのかと内心ワクワクするも、結局その話題が振られることなく言葉のコミュニケーションは終わりを告げ、あえなくぼっちの儚き夢は霧散するってのはよくある話。まぁ、つまり何が言いたいかといえば――泣けるぜ」

 

「……今回は、お兄ちゃんに同意だね……」

 

案の定、兄妹揃って羨ましそうに室内の隅っこからこちらを見つめていた。

 

「ご、ごめっ、ごめん! い、いやわざとじゃないんだよ!? ただちょっと影が薄いといいますか空気と同化してたといいますかなんというか……」

 

「わざとだとしてもいいんだぜ? このくらい俺は慣れてるからな。俺が何回体育の授業で組まされる時余されたと思ってるんだ? 最終的には体育の教師も俺が余ることを予測して『比企谷は……今日は俺と組むか』なんて言うんだぜ? 『今日”も”』の間違いだろうが。ここで勘違いしてもらうと困るんだが、ぼっちってのはただ単に『組みたくない』から他の人間とつるまないんじゃない。他の人間が自分みたいなろくに交流のない余所者を愛想笑いを浮かべてまで受け入れる必要はないことを、暗に示してるんだよ。だから自分からは決して組もうとはしない。会話だってそうだ。日陰者のぼっちと天下のリア充様とじゃあ話のカテゴリーが違うし、なによりぼっち側がスクールカースト上位陣と相対して冷静でいられるわけがない。だから、無闇に言葉を投げかけないしそもそも接触しない。それでお互いの関係が拗れることも好感度を高めることもなく一日を終える。人間ってのは傷つくことを恐れる生き物だ。ぼっちはそれが顕著に出てるだけ。逆説的に、ぼっちは空気を読みつつもしっかりと自分の意見を相手に伝えることができる心優しき人々だということを肝に銘じておくように」

 

「最近小町も影が薄くなってきたとは感じてたけど、やっぱりお兄ちゃんの妹なんだね……ぼっちスキルでも覚醒したのかな……」

 

「わ、わかった。わかったから落ち着いて、ね? 小町ちゃんも元気出して! あ、ほらうまか棒あげるから!」

 

「施しは受けない、と生涯誓った身なのでな」

 

「なら元気出す!」

 

「省エネ体質なんすわ」

 

「流石お兄ちゃん。年がら年中無気力なだけあって言うことが違う」

 

「俺を誰だと思ってるんだ? 天下のステルスヒッキー様だぜ」

 

「やっぱり私のお兄ちゃんは世間一般的にはごみいちゃんだね!」

 

「やめてくれ小町、その言葉は俺に効く。やめてくれ」

 

「だめだこの兄妹は……」

 

はぁ、とため息を吐いて兄妹漫才を始めた比企谷家の二人を尻目にうまか棒の袋を開けてひとくちかぶりつく。久々に食べるコンポタージュ味に舌鼓を打ちそれを堪能する。駄菓子を食したのは八幡がいたコンビニで何個かグミやらクッキーだとかを食べたっきりだった。庶民の味、とでも言うべき懐かしい味に感慨深いものを覚える。いくら駄菓子とは言え貴重な食べ物。味わって食べるとしよう。

 

「ん……どうしたの、美紀?」

 

何とはなしに親友の方へ目を向ければ、彼女は肩を震わせ拳を膝の上で強く握ったままその表情を強ばらせていた。それからゆっくりと目を伏せ息を吐く。顔を上げた彼女は「なんでもない」と言う。少し言葉を詰まらせ、一瞬、視線が空中に泳いだ。焦りの色を含んだそれは、私と八幡たちと一瞥する。彼女の顔には確かな見え透いていて、露骨な――八幡が嫌う、欺瞞の表情が貼り付けられていた。




次回からは多少物語が進む……予定……です……多分、きっと、恐らく……。

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