第十一話:されど、学園生活部は日常を続ける
――ふと、目が覚める。
心地良い陽射しがカーテンの隙間から差し込んでくる。そのまま暫くぼーっとしていると徐々に意識が鮮明になり、私――若狭悠里は大きくあくびをした。
皆が起きてくる頃には朝食を作り終えてなくてはいけないため、少し早めに起床するのが日課だった。新しく新入部員も増えたのでいつもより一つ数を多く作ることになっていたから、朝食のメニューを考えながら身体を起こそうとして――そこで腰をガッシリと掴まれホールドされていることに気づく。そっと布団を捲ってみると、昨晩のうちに入り込んだのか《学園生活部》の部員である恵飛須沢胡桃がぬくぬくと布団の中で私に抱きついたまま微睡んでいた。こうしてしばしば人の布団に潜り込んで――専ら私かめぐねえだけれど――眠ることが多い胡桃だが眠りの浅いうちに引っペがしてしまうと後が大変なので、しっかり眠っていることを確認してゆっくりと抱きついている彼女を剥がしていく。元運動部の彼女は身体能力が高く力も強いため、こうして眠りに入っている時でも持ち前の筋力で力強く抱きつかれているので剥がすのにも一苦労だった。彼女に両腕をしっかりとホールドされて抜け出せず、そのまま皆が起きるまで身動きが取れなかったのは記憶に新しい出来事だ。
起き上がった私は自分のロッカーをなるべく音を立てないよう静かに開けて制服へ着替える。着替え終えると寝癖で乱れた髪を梳かして左側の髪の毛を巻いて耳の上にお気に入りのバレッタでパチンと止めて出来上がり。
身支度を終えてシンと静まり返った廊下へ出ると隣の部室へ向かう。元々は生徒会室だったのだけれど、ある日めぐねえと一緒に「落ち込んだゆきちゃんをどうにか元気づけてあげられないか」と考案した際に、学園で寝泊まりする合宿を行う部活動を作ることになったので《学園生活部》の部室として使い始めたのだ。それから部として活動し始めてから数日間で瞬く間にゆきちゃんは元気になって、今では私たちにとって欠かせない存在。当初の目的であるゆきちゃんを元気づけることは出来たのだけど、だからと言ってすぐに廃部にしてしまうというわけにもいかない。この《学園生活部》が終わりを迎えるときはきっとこの学校を去らなければならない状態になったとき、或いは皆が――。ネガティブな思考になりかけたので慌ててその先をイメージしないようにストップをかける。折角、皆が頑張ってこの事態でも楽しく在ろうとしているのだ、私も朝から縁起でもないことを考えている場合じゃない。
部室の中に入るといつもの見慣れた光景が目に入る。ふと窓ガラスを一瞥すると、外には雲ひとつない晴天の空が暖かな陽の光を降り注いでくれていた。ここ最近は天気の良い日が続いていて屋上の太陽光パネルが十分な量の電気を確保できている。このままずっと晴れていてくれるといいけれど……。そう思いつつエプロンを羽織り冷蔵庫の中身を確認する。一昨日、食料調達のためにショッピングモールまで遠出――ゆきちゃん曰く遠足だそうだ――をして物資を持ち帰ってきたので、一応簡単な料理が出来るくらいには材料は揃っている。流石に魚や野菜といったものは腐って全滅していたそうで持ち帰れなかったのだが、その代わり缶詰やふりかけにレトルト食品、即席ラーメンといった長期間保存の効くものは詰めるだけ詰め込んで帰ってきた。お米もあるけれど貴重だからなるべく節約しておきたい。となるとご飯がないんじゃレトルト食品はダメ。あとは――
「――悠里先輩」
戸棚から材料を取り出そうとしたところ、入口から声をかけられた。少し驚きながらも視線を横に向けると、部室の扉を開けて一人の少女が様子を伺っていた。パールホワイトのショートヘアーが特徴の彼女はショッピングモールに立て篭っていた生存者であり、私達の在学する巡ヶ丘学院高校の生徒だった。
「あら、美紀さん。どうかしたの?」
直樹美紀。それが彼女の名前だった。彼女と出会ったのはショッピングモールから出た直後、ゆきちゃんが異変に気がついてモール内へ戻ったため慌てて胡桃とその後を追いかけてみれば、イベントで設置されていたグランドピアノの上でゾンビに囲まれている美紀さんが居た。必死に彼女を助けようと武器もなしにゾンビの群れへ突っ込もうとするゆきちゃんに、私は咄嗟にゆきちゃんの背負って居たリュックサックに付けられた防犯ブザーを一気に引き抜いて、大音響による反響でゾンビ達を行動不能にさせた。それから胡桃とめぐねえが突破口を切り開いて命からがら美紀さんを救出した、というのが事の顛末だ。あの時ばかりは肝を冷やしたものだ。
「いえ……たまたま部屋を出るのが見えたので……その、気になって」
「そういえば美紀さんには伝え忘れていたけれど、いつもこの時間帯になると私は皆の朝食を作るために起きるのよ」
「そういうことだったんですか。てっきりバリケードの様子を見に行くのかと……」
「そうねぇ、確かに私は部長だからそういったこともやるべきなのかもしれないけど、そっち方面は胡桃やめぐねえの方が適任だから二人に任せてるのよ」
「……佐倉先生が、ですか?」
美紀さんはそういって訝しげに眉をひそめた。確かに、いくら教師とは言え華奢なあの人がバリケードの点検に向かうのは些か不思議にも思うだろう。まぁ、それ言ってしまえば同じく華奢な胡桃もそれに当てはまってしまうのだけれど。
ともかく、同じ学園生活部の部員である彼女には隠す必要もないし知っておいて欲しいことだ。めぐねえもれっきとした戦力だということを知るには良い機会だろう。
「あの時美紀さんは気を失っていたから見てなかったわね。私達も初めて知ったときは驚いたのよ? ああ見えてめぐねえって――」
「りーさんおっはよー! 今日のご飯なに!?」
「わっ!?」
ぴょんっと扉の隙間から猫を模した帽子を被った少女、丈槍由紀ことゆきちゃんが顔を覗かせた。こちらの話に集中していたのか美紀さんが突然のことに驚いて僅かばかりに飛び上がる。ふと壁に掛けてある時計を見やると、時刻は七時に差し掛かろうとしていた。もう皆が起きてきても何らおかしくはない時間帯だった。気づかないうちにだいぶ時間が経っていたらしい。とりあえず、話を切り上げてすぐにでも朝食の準備にとりかかってしまおう。
「ごめんなさいね美紀さん。悪いのだけど朝食の準備を手伝ってもらってもいい? ゆきちゃんももう少し待っててね」
「す、すみません。なんか邪魔しちゃったみたいで」
「いいのよ。気にしないで大丈夫」
私は美紀さんにそう言って朗らかに微笑んで見せると、早速材料をあらかた取り出して調理に取り掛かった。
暫くすると、めぐねえが胡桃を連れてやって来た。その頃にはなんとか調理を終えており料理を並べ終えたところだった。
「おはよーっす」
「おはよう、みんなー」
二人して寝ぼけ眼を擦すっていたので、それがなんだか微笑ましくてついつい笑んでしまう。胡桃が愛用しているシャベルをテーブルの横に立て掛けると美紀さんが小さく「何故シャベルを……」と呟いたのが聞こえた。由紀ちゃんにも聞こえたみたいで、お互い顔を見合わせると一緒に微笑み合った。
ずっと、こんな日々が続けばいいのに……なんて私は心の奥底で思ってみる。外は酷い有様だけれど、私達はこんなにも賑やかで楽しい日常が過ごせている。きっとそれは凄いことなんだろう。だから、もしいつかこの日常すら壊れてしまったとしても、それまでこの時を大切に生きていこう――。