人は時として、狂気に染まる。
優しい人ほど、純粋な人ほど。人は狂気に染まりやすい。
狂気は凶器以上に人を傷つける。他人も、そして自分自身も。
ならば、狂気に染まった人はどうすれば止められるのだろうか。言葉だけで止まってくれるのだろうか。
いや、半ば狂気に染まっているあの人は、きっと言葉だけではもう止まらないだろう。
だから、私のすべきことはたった一つだ……。
転移魔法を使い、私は時の庭園へと辿りついた。
相変わらずここは空気が重く淀んでいる。妙に不気味な雰囲気も滲み出ている気がする。昔は綺麗に花も咲いていただろう庭園も、今では荒れ放題の枯れ放題。
少なくても子供の教育に良い環境とは、とても思える場所ではなかった。
「高町 なのは、先行します」
誰かと通信をしているわけでもないのに、私はそう呟く。
別に深い意味はない。ただ管理局員の時の癖のようなものだ。
習慣っていうのは本当に怖い。そんな無駄なことを考えつつ、セットアップを終えた私はゆっくりと魔女の館へと歩き始めた。
無論、今回も大人モードだ。
ただ、身に纏うバリアジャケットの形は少しだけ違っている。
長く伸びた栗色の髪を白のリボンでサイドポニーに纏め、胸には赤いリボンではなく金属の留め具。袖の部分にも青い装甲がつき、スカートもこの前のようなミニではなくて、膝まで隠れるロング。魔力効率を良さを度外視した純戦闘仕様だ。
“マスター、多数の魔力反応が接近してきます”
「そう、みたいだね」
レイジングハートの言葉を聞き、私は足を止める。
確かに此方に向かってくる複数の魔力反応と機械の駆動音を感じた。
……どうやら招かれざる客が現れたみたいだ。
「いや、この場合は私の方がお客様なのかな?」
薄く笑みを浮かべてそう呟くと、現れたのは予想通り侵入者迎撃用の傀儡兵。
それぞれ手に得物を持ち、重厚感のある甲冑のような姿はまさに城を守る騎士のようだ。
それにしても、何かこれでは完全に私が悪者みたいだよね。
内心で暢気にそう言いつつも、一応、敵を前にしているので油断はしていない。
けれど、焦りといったものも私は全く感じていなかった。
「――――まぁ、別に悪者でもいいんだけどね」
だが、わらわらと虫のように湧いてくるその存在は今の私にとって邪魔者以外の何ものでもない。
数はおよそ二十。保有魔力はそれぞれBランク相当。だけど所詮はAI操作の鉄くずだ。
私は緩やかに右腕を上げ、冷めた目で目標の傀儡兵を睨み見る。すると、私の背後に綺麗に整列した三十個ほどの桃色のシューターが浮遊した。
そして、
「ごめんね。貴方達には何も恨みはないけれど、用事もないんだよ」
そう言い残し、私は腕を前方へと振り降ろした。
それを合図に数十個もの桃色の弾丸が一斉に敵へと襲いかかる。
彼らも手に持つ剣や槍など迎撃しようとしているが、その動きは余りにお粗末なものだった。
次々と桃色の弾幕に破壊され、スクラップになっていく傀儡兵達。
その様は戦闘と言うよりも、最早蹂躙に近い。
「………………」
しかし、私はそんな光景を気にも留めず、後方にいた無傷の大型へと狙いをつけた。
バリアも固く、背中に大きな砲台を抱えていることから後ろから砲撃をするタイプ。別に撃たれても痛くはないけど、時間を考えればさっさと倒した方が賢明だ。
既に相手は射程内。大きさ故に動きも緩やかで、隙だらけ。正直、敵じゃなくて的だった。
チャージが完了次第、迷うことなく私はトリガーを引く。
「さようなら」
“Divine buster”
砲撃が胸にある動力源を容易く撃ち抜いた。数瞬後、大型の傀儡兵が爆発。爆発の轟音が響き、爆風で栗色の髪が揺れる。
僅かな時間で、庭園の入口は無残なスクラップ廃棄所になってしまった。私はそんな様子をちらりと一瞬だけ眺めると、またゆっくりと歩き始める。
……僅かに腹部に走った痛みは気合いで乗り切ればいい。
こうして、玄関で出迎えてくれた傀儡兵達は全機、その機能を停止した。
私の名前は高町 なのは。
身体は子供、頭脳は大人を地で行く小学3年生。
まぁ、そうは言っても今は大人の姿だから小学生には見えないんだけどね。
しかし、気がつけば、何か随分と遠い所に来てしまったと思う。
魔法に触れ、海外にも行った事がなかった私が異世界に行き、更には過去の世界にまで来てしまった。うん。こうして考えてみると、我ながら中々に刺激的な人生を送ってるね、私。
意図せず始まったこの二度目の人生。はっきり言って上手く行っているとは言い難い。正直、これから先も上手くやっていける自信は全くなかった。
何も考えなくて良かった分、昔の方が良かった気もする。少なくても今より気が楽だったと思う。
だけどね、それでも私は一つ決めていることがあるんだ。
私は私らしく“高町 なのは”らしく、生きていこう。
勿論、義務感も責任感もある。
今にして思えば、PT事件も闇の書事件も本当にギリギリの綱渡りで解決している。何処かで一歩でも間違えれば、私の故郷は無くなっていてもおかしくなかったはずだ。
かと言って、同じ動きをしていれば同じ結果になるとは限らない。はぁ、そう考えると色々と面倒臭い。本気で神様に凄い力を貰った人とか現れたりしないのかなぁなんて考えたりもしちゃう。
もしそんな人がいてくれたら、私は喜んで花嫁修業にだけ専念するっていうのに……なんてね、どうせ私はそんな人任せみたいなことは出来ないんだろうなぁ。まぁいいや、無いモノ強請りをしてても仕方ないもんね。
その場の成り行きの行き当たりばったりでもいいじゃない。
何をやるにも私は私の全力を尽くすだけだ。
「レイジングハート、次はどっち?」
“この大きな通路を抜けて左です。恐らく其処にジュエルシードと……”
「あの人がいる、ってことだね」
レイジングハートと話をしつつ、また何処からともなく現れた傀儡兵を砲撃で纏めて吹き飛ばす。未だ次元震は起こっていないし、ジュエルシードも発動した様子すらない。何かの準備でもしているのか、私一人の襲撃者なんて鼻にも掛けていないのか。それはわからないけど、まだ時間はあるってことは私にとっては好都合だ。
まぁその内、クロノ君達も来るだろうから二人だけで話が出来る時間はあまりないだろうけど。
初めは完全にカチコミに来たつもりだったけど、傀儡兵を倒しているうちに少しだけ落ち着くことが出来て良かったと思う。
私の方が熱くなってちゃ、何も解決にはならないもんね。とはいえ……。
「ムカついてないかって言えば、それは嘘になるよね……ショートカットするよ、レイジングハート」
“了解です”
愛機に声を掛け、私は傀儡兵ごと壁をぶち抜いて最短コースを作る。
するとあら不思議、まだまだ距離があったはずの部屋がこんなに近くになりました、なんてね。
そんなことを内心で呟きつつ、私は新しく出来た直通コースを真っ直ぐ進んだ。
そして、遂に玉座に座っている人に対面することとなる。
よくよく考えてみれば、この人と直接対面するのは初めてのことだった。
前の時は画面越しで見ただったし、最終的に言葉を交わしたことはない。
「いきなり不躾な登場でごめんなさい。プレシアさん、ご機嫌はいかが?」
「……貴女の顔を見たら、最悪になったわ」
「ふふっ、気が合うね。私も貴女の顔を見たら最悪な気分になっちゃった」
笑顔の私を見て、不機嫌そうに鼻を鳴らした女の人。
フェイトちゃんのお母さん。大魔道師、プレシア・テスタロッサ。
その姿は悪い魔女さんっていうイメージを体現したような感じで、口紅の紫がとっても不健康そうだ。はっきり言っていまうと、プレシアさんを初めて見た小さな子は泣いてしまうと思う。
あと無駄に大きな胸を強調してたり、ヘソ出ししてたりしてて、まず間違いなく未来のフェイトちゃんに悪影響を与えたのもこの人だ。そして、またその過剰な露出が普通に似合ってるから腹が立つ。
……おばさん、少しは自重しろ。
「知っているかもしれないけど、一応、自己紹介しておくね。私は高町 なのは。今はちょっと大きくなってるけど、フェイトちゃんのお友達候補です」
「へぇ、モノ好きなのね。貴女、あの子に刺されてたでしょう?」
「あはは、そうかも。でも、アレってどうせ貴女の指示でしょ? あのフェイトちゃんがそんなことを自分からするとは到底思えないもん」
私は笑みを浮かべながらも鋭い目でプレシアさんを睨む。
猫に攻撃するだけでも、謝ってしまうようなフェイトちゃんが自らあんなことをするわけがない。
大体、私はあの子が泣きながら謝ってるのを見たんだ。進んでやったのならあんな顔をするもんか。
「さぁ、どうだったかしら? まぁ、貴女が目障りだったことは確かね」
返って来たのは、ほぼ肯定と取れる言葉。
まぁ、彼女にとって私はジュエルシード集めを邪魔する奴だったわけだから、目障りに思っても不思議ではない。それを排除しようとするのもわからないではない。
でも、気に入らない。
自分ではなくフェイトちゃんの手で汚させようしたのが、心底気に入らない。
「まぁいいわ、私もあまり暇ではないの。要件は何かしら? もしかして、私を逮捕しにでも来た?」
私は見下したように、そう言って嗤うプレシアさん。
その言葉からは自分の力へと自負がひしひしと伝わってくる。
実際にプレシアさんの戦闘力は未知数な部分が多い。けど、この様子だと相当な自信があるみたい。しかし、私は別に逮捕しに来たわけではない。元々、そんな権限も持ってないしね。
「違うよ。私は貴女と少しお話をしようと思って来たんだ」
「話? 私は貴女と話すことなんて何もないわ」
瞬間、プレシアさんの持つ杖先から光弾が飛んできた。
凄まじいスピードの魔力弾は私の頬を掠め、後ろの壁に衝突する。焼けたような熱を感じる頬からは、少しずつ赤色の雫が滲んできた。
これはきっと最終警告。帰れっていう意思表示なのだろう。
けど私は顔色一つ変えないし、動揺もしない。
こんな脅し程度で屈する様な神経なんて、当の昔に捨てて来ている。
全く動じない私を見て、プレシアさんが僅かに眉をひそめた。だけど、私は気にせず口を開く。
「ねぇ、プレシアさん。母親って一体何だと思う?」
何の脈略もなく、突拍子のない質問。
当然、その言葉にプレシアさんは怪訝そうな表情を見せる。
まぁ、いきなりこんな質問されても意味はわからないよね。私だって困惑すると思うし。けれどそんな彼女の様子は一切無視して、私は話を続ける。
「私はね、母親って愚かものだと思うんだ。いや、母親は少しくらい愚かの方がいいんだって思う」
学校や病院の先生に言われることに一喜一憂して、 子供の些細なトラブルにオロオロして。自分のことは何でも整然と解決できて楽観もできるのに、子供のことになると不安で一杯になって心配でたまらなくなる。母親なんて所詮そんなものだ。
少なくても私は10年間ヴィヴィオを育ててきて、それが母親の役割なんだって理解した。だから、母親はカッコ悪くて、無様で、後から見れば恥ずかしい行動をしてもいいと思うんだ。
「たった一つ、“子供への愛情”が確かならば、母親は愚かでいい。きっとそれは母の正しい姿。だから、貴女のことを応援したいって気持ちも実は私は少しだけある……」
もし私が幼いヴィヴィオを失って、それを何とか出来る可能性があるのなら、何としてでもそれに縋っていただろう。何も後先のことを考えずに突き進んでいたかもしれない。
きっと母親ってそういうものだと思うもん。だから、もう一度娘をってプレシアさんの気持ちがわからないでもない。けどまぁ、もし実際に私がそうなったら周りの皆が止めるだろうけどね。
そして、そういう人達が周りにいてくれる私はきっと凄く恵まれているんだと思う。
「プレシアさんのアリシアちゃんへの愛情は本物だ。それだけを見るなら貴女は母親の鏡なのかもしれないね。うん、それは多分誰にも否定できないと思う」
だからこそ、余計に悲しいんだ。
娘を捨てる母親、娘を虐待する母親。娘に愛情を持てない母親。
そんな最低の母親と同じ行動を娘に愛情を持てるこの人がしていることが、我慢ならないんだ。
そりゃあ確かにお腹を痛めて産んだ子じゃないよ。
試験管ベイビーだし、血も繋がってないし、初めから成長もしてたよ。
だけどさ、親子ってそうじゃなくてもなれると私は思うんだ。
上手くは言えないんだけど、親子は……家族は……理屈じゃないって思うんだ。
「でもね、自分を慕ってくれる子を泣かせるのは違うと思う!」
自分の娘が一番可愛い、それは親として当然の感情だと思う。
私だって、ヴィヴィオと同年代の他の子だったらヴィヴィオが断然可愛い。
でも、だからって他の子を全部否定するのは絶対におかしい。
ましてや、フェイトちゃんは貴女を誰よりも慕ってる……母さんって呼んで、ずっと求めてるんだっ。
「自分のことを母さんって呼んでくれる子をどん底に突き落として、泣かせるような奴に、誰かの母を名乗る資格なんてないよっ!」
私は、今の貴女をアリシアちゃんが見たらどう思うのかな? なんて絶対に言わない。そんなのは他でもない、プレシアさんが一番わかっていることだから。
全く彼女の事を知らない私よりも、深く愛情を持っているプレシアさんの方がわかっているに決まっているから。
それでも敢えて言おう、今の貴女は母親失格だ。
「……随分と偉そうなことを言うじゃない」
「偉そう? 偉そうなのは、貴女じゃない! 自分の勝手な都合で生み出したくせに、失敗作? 出来損ない? 貴女こそ一体何様のつもりなのっ!」
苛立ちの声と共に飛んでくる紫色の雷撃。
それを今度は手で軽く払って消し飛ばし、熱の宿った言葉に乗せて魔力弾を撃ち返した。
しかし、それをプレシアさんはなんなく防ぐ。
何の動作もなく、桃色の魔力弾は彼女の前に音もなく消え去った。
でも、私はそんなことは気にも留めず言葉を口にする。話をしていて少しだけ熱くなっていた。
「今、あの子は泣いてるんだよ! 大好きな貴女に否定されて、今までの自分がわからなくなって、身体もボロボロで、心も壊れて。今でもずっと心の奥に閉じこもって泣いているんだよ! それでも……それでも貴女はっ!」
「私は何とも思わないわ。だって――――」
其処から先は言わせちゃいけないと思った。
いや、聞きたくないって強く思った。
だけど、そんな私の願いは叶わず、吐き捨てるようにその言葉は紡がれる。
「アレが泣いていても、気持ちが悪いだけだもの」
その言葉を聞いた瞬間、本当に小さな音が鳴った。
私にしか気が付けないような小さな音で、それは何かが切れる音だった。
その音を聞いたと同時に私の目は色と温度を失い、頭の中もどんどん凍えるように冷たくなっていく。
「あんな人形のことなんてどうでもいいのよ! さぁ、持っているジュエルシードを全て渡しなさい。貴女が残りを持っているのはお見通しなのよ」
「………………」
プレシアさんが杖で床を叩くと、何十もの紫色のスフィアが私の周囲を取り囲んだ。私はただその光景とプレシアさんを冷たい眼差しで見つめる。
確かに残りのジュエルシードを私は持っていた。元々はフェイトちゃんを釣るためのものだ。時の庭園は移動できるから、逃げてきたアルフさんに座標を聞いてもあまり意味はないし。昔と同じで苦肉の策だけど、私が囮になってフェイトちゃんと戦い、プレシアさんの介入を待つって感じの作戦だった。
「まさかこの場に及んで持っていないなんて戯言を言わないわよね? そのためにわざわざ貴女を招待して、茶番に付き合ってあげたのだから」
「……招待?」
「ええ。貴女、アレに随分とお熱みたいだったからね。ボロ雑巾のように捨てれば、すぐに一人で乗り込んでくると思ったわ」
そして予想通りになったと言い、優越そうな笑みを見せるプレシアさん。
そんな彼女を見て私の中の一番大きな感情は、怒りではなく失望になった。
でも、何処かでやっぱりかという想いもある。言われてみれば、可笑しな所も多かった。
幾ら過半数以上手に入れたとは言え、残りのジュエルシードを彼女が欲しがらないわけがない。そのためにフェイトちゃんを彼女が使わないわけがない。言い方は悪いけど、あんな無駄に捨てるようなことをするはずがない。
要するに今と昔との大きな違いは、プレシアさんがフェイトちゃんじゃ私に勝てないって考えたことだった。
だから、フェイトちゃんを私を釣るための餌にしたってわけだ…………っ。
「さぁ、痛い目に遭いたくなかったら、さっさとジュエル――――」
「もう黙ってよ、糞ババア」
プレシアさんの言葉を遮って、発した声はいつもよりも数段冷たい。
腕を振るい、周囲にあるうざったいものを掻き消した。
それを見て、少しプレシアさんが驚いたような顔になったが、知ったことか。
愛機を構え、その先端をプレシアさんへと向ける。
「――いいよ、貴女が私に勝てたらジュエルシードは全部あげる。だけど、覚悟しておいてね……」
元々、私はプレシアさんのことが好きではなかった。
だって、当然だよね。私の中のこの人のイメージはフェイトちゃんを泣かせる酷い人って固定されていたんだもん。
でもね、それでも私は少しだけ信じてみたかったんだ。
何よりも私の親友が大好きだったこの人を。
何年経っても捨てられなかった親友の想いを。
泣き笑いで本当は優しい人なんだよって言ってた親友の言葉を。
私は信じていたかった。だけど、もうこの人は変わってしまったんだね。
……私の言葉だけじゃ、どうにもならないんだよね。だから、もういいや。
「その腐った頭、私が少し冷やしてあげるから」
最早、問答は不要だ。
取りあえず、一度この人をぶっ飛ばそう。
「ディバイン、バスター!」
開幕の一発と言わんばかりに、初っ端から私は全力で砲撃を放った。
そこに一切の躊躇は存在しない。もうこの人は私の敵なのだ。
しかし、それはプレシアさんには届かなかった。障壁で容易く防がれたのだ。流石に腐っても大魔道師、凄く障壁が固い。最早、鉄壁と言っても過言ではないかもしれない。
でも、それが私にはあの人が閉じこもっている心の壁のように思えた。
この人もフェイトちゃんとは別の意味で、生きていない。
過去に必死にしがみ付いて、今を生きていない。
未来なんて、ちっとも見てない。その姿が私は心底気に入らなかった。
――今、ここでその腐った性根を叩き直す。
「大切な人を失くして、哀しんでる人が貴女だけだとでも思ってるの? そんな人、世界には腐るほど沢山いるよ! でも皆、そんな辛い現実から逃げずに戦ってる! 貴女みたいに大勢の人に迷惑を掛けて、逃避しようとなんてしていない!」
周囲に幾つかの魔力弾を形成。
間合いを取り、移動をしながらそれを全弾発射する。
直接のダメージは全く期待していない。ただの牽制目的だ
「貴女はただ嫌な現実から逃げてるだけだよ! いつまでそうやっているつもりなの!」
「……子娘がわかったような口を利くな!」
予想通りすぐに魔力弾は無効化され、お返しと言わんばかりの怒りの雷撃が私を囲むように放たれた。それを飛びながらかわし、私は愛機をプレシアさんに向ける。
そして、少し宙に浮いた位置から、得意の砲撃をお見舞いした。
「私みたいな子娘にだってわかるんだっ! なのに、どうして貴女にはわからないのっ!」
“Divine buster”
「ふん。一つ覚えの砲撃なんて、私には通らないわよ!」
私を嗤いながら、障壁を張っていとも簡単に防ぐプレシアさん。
その顔には焦燥の色はなく、まだまだかなり余裕があるように見えた。
なら、その余裕の顔を一回吹っ飛ばしてやるまでだっ。
「通してみせる! わからず屋のおばさんの障壁なんて、私とレイジングハートが貫けないはずがないっ!」
“その通りです”
飛んでくる雷槍を高速でかわし、湾曲を描きながらプレシアさんの右側面に躍り出る。突撃という一見、無謀にも見える私の行動にプレシアさんが少しだけ怯んだ。
無論、幾つかの攻撃を私は食らい、ダメージもゼロじゃない。でも、だからこそのチャンスだ。
“Flash Impact”
加速したスピードをそのまま活かし、右手に圧縮した魔力を込めて障壁へと叩きつける。私とプレシアさんの視界がぶつかって発生した閃光で一瞬、真っ白に染まった。
しかし、これだけではまだ障壁の完全破壊まではいかない。
だけど、確かに障壁は揺らぎ、削ることは出来た。そう、これは次への布石なんだっ。
「――から、のっ!」
“Divine buster”
私の狙いは始めからゼロ距離からの砲撃。
先の攻撃でバリアも抜ければ尚良かったけど、そこまでの高望みはしていない。
砲撃では通らないと言われるなら、砲撃で通す。それが私とレイジングハートの意地だ。
勿論、砲撃の反動で私も少し吹き飛ばされた。……絶対に教導の時には教えられないような力技である。でも、攻撃は確かに通った。それは少しだけダメージを負ったプレシアさんを見れば明らかだ。
「っ、どうだっ!」
「……やって、くれるじゃないっ!」
少し胸を張って声を出すと、プレシアさんが怒りの表情になった。
そこにはさっきまでの余裕の顔はない。言っちゃあ悪いけど、ちょっとだけ胸がスカッとした。しかし、ここで気を抜くわけにはいかない。これからあの人は本気になるはずだから。
プレシアさんのデバイスが形状を変える。
シンプルな杖だったものが長く伸びた鞭へと変わり、私へと襲いかかってきた。しかもその動きはとても不規則で、予測しずらい。私がいくつかの誘導弾で牽制するも、あまり効果は無かった。ならば、ここは回避に専念する。
「っっ!?」
幾度も鞭をかわし、反撃の機会を探っていると、鞭が砕いた床の破片が飛んできた。それを思わず障壁で防いだが、私の足は完全に止まってしまう。
そして、それは私の大きな隙となった。
「なっ!?」
プレシアさんの足元が突然、爆ぜる。
今まで殆ど待ちの体勢だったから、いきなりなこの行動は予想外だった。瞬時に私の視界から消えたプレシアさんは、唐突に私の右側に現れた。
良く見ればまた杖の形が変わり、今度は戦斧のようになっている。それを見た私は咄嗟に左手から右手に愛機を持ちかえ、振り下ろされた一撃を防ぐ。
「ぐっっ……!」
予想以上に重い一撃に思わず、顔を顰めた。
しかし、フッとその重圧が消えたと同時にまた彼女の姿が視界から消える。
――――っっ、本当に速いっ!?
“Protection”
移動したプレシアさんがいたのは、私の背後。
防御も固いくせに、信じられないスピードだ。どう見てもフェイトちゃんよりも上。レイジングハートが防いでくれたけど、何か対策を取らないとすぐに追いつめられるっ。
「遅いわよ!」
しかし、私に考えてる暇はなかった。
すぐに姿を消したプレシアさんはまた私の背後に回り、蹴りを放ったのだ。
当然、一方向に障壁を展開中の私にそれを防ぐ手段はない。
「っ……ぐっ!」
蹴りが脇腹に食い込み、ボールのように吹き飛ばされる。
そして、そのままの勢いで私は部屋の壁へと叩きつけられた。
蹴られた腹部の痛みと叩きつけられた衝撃で呼吸が一瞬止まり、思考までも停止する。だけど、経験でわかる。これでは駄目だ、すぐに追撃が来るっ。
「っっ、レイジングハート!」
“Protection”
半ば無意識で相棒に声をかけ、障壁を張ったのと数多の雷撃が飛来してきたのはほぼ同時だった。痛みを堪えながら、幾度となく襲う衝撃に歯を噛みしめて耐える。
傍から見れば僅かな時間でしかない。だが私にとっては永遠と続く拷問のように感じた。しかし、その長い時間にも終わりはある。何とか破られずに堪え切れたようで、ほっと息を吐いた。
でも、ちょっとだけマズイ。蹴られた所為で刺された時のお腹の傷が痛み出してしまった。
「はぁはぁ、女の子のお腹を足蹴にするのは、どうかと思うよ」
「ふん。さっきのお返しよ」
痛みを誤魔化すように軽口を言いながら、私は考える。
――――完全にプレシアさんのタイプを読み間違えていた。
てっきり私と似たタイプなのかと思ってたら、完全にフェイトちゃんの上位置換型。超スピードで、高火力。しかも障壁まで固い上にさっきの感じだと体術までできるっぽい。
しかも、本職は研究って、なにこの完全超人。でもまぁ……。
「だからって負けるわけにはいかないよね、レイジングハートっ!」
“はい、私達に敗北はありません”
レイジグハートの先端から桃色の魔力刃が生成され、鋭い槍となる。
とは言っても、本来のストライクフレームの簡易版しかないけれど。でも、クロスレンジでの攻防を考えたらこっちの形状の方がいい。
確かに広いとは言ってもここは室内だ。何とか距離を取ろうにも中々難しい。
「………………」
「………………」
お互いに睨み合い、じりじりと間合いを探り合う。
途端に玉座の間に静寂が訪れた。しかし、その空気はどこか重い圧力がかかったものだった。
どちらも一挙一動も見逃がさないとばかりに、相手の挙動に注視している。
『――――っ!!』
そんな静寂を破り、私達の動き出したタイミングは同じだった。
手に握られた二つの愛機同士がぶつかり、鍔迫り合いが起こる。魔力刃がぶつかり合い、激しい火花が周囲に舞い散った。そして、それと同時に衝撃に耐えられなくなった床が僅かに陥没を起こす。
振るわれる光刃を弾き、強く踏み込むと私は刺殺する勢いでプレシアさんの胸部へ光槍を突き出した。しかし、それは軽く弾かれて光槍は脇へと逸れ、逆に返し刃で頭部を狙われる。
だが、その光刃は咄嗟に張った障壁で弾かれ、狙いが外れたっ。
「っ、今っ!」
その一瞬の隙を見て取った私は、プレシアさんを連続で突く。
それにプレシアさんは小さく舌を打つと迫りくる光槍を全て捌き、片手でフォトンバレットを発射した。初級の射撃魔法はその分、発射速度が速い。撃つのが熟練者であるのでその威力もかなりのものだ。
当然、こんな近距離でかわせるわけもなく全弾被弾。私の身体に痛みが走る。けど、私もやられっ放しというわけではない。術後の僅かな膠着の隙をついて愛機の背の部分を叩き込み、プレシアさんを吹き飛ばした。
「っ、このっ!」
しかし、プレシアさんもただでは吹き飛んでくれない。
なんとプレシアさんは飛ばされながらも、私に向かって連続で射撃魔法を叩き込んだのだ。
これで戦闘が本職ではないなんて……本当、冗談がキツイ。
“Flash Move”
私はそれを見て、瞬時に移動魔法を展開する。
両足の外側に二枚の羽を生やして急加速し、飛んでくる高速の魔力弾から音速を超える速度で逃げ切った。
別に防御魔法で防ぐことも出来ただろう。だけど、プレシアさんの攻撃をまともに受けていると後手に回る所か、大きく魔力を消費してしまう。これからまだ続くだろう激戦を予測すれば、ここで無駄な魔力の消費は避けるべきだ。
私から逸れた魔力弾は後ろにあった壁に当たり、ガラガラと音を立てて瓦礫へと変える。……本当、自分の家を何だと思っているのだ、この人は。
「ショートバスター!」
そんなことを思いつつ、チャージタイムの少ない砲撃魔法を三連射する。
それを見たプレシアさんは追撃することを断念し、回避運動を取った。外れた三条の砲撃が玉座の間を爆音と共に破壊していく。あはは、私も人の事は言えないかも。しかし、冷や汗を掻いている暇など私にはなかった。
すぐに反撃の雷槍が私に向かって山というほど飛んできたのだ。
「ディバインシューター、シュートッ!」
それに対抗するように誘導弾をぶつけ、相殺させ――――っ。いや、正確には僅かに撃ち漏らしがあった。
その分を回避しつつ、暫し撃ち合いを続ける。あっちは誘導性がないものの、速射性と展開速度が速い分、私が押され気味だ。
正直、やっていられない位にプレシアさんは強い。
「ディバイン、バスター!」
「……サンダースマッシャー!」
一旦、後方に距離を取って砲撃をかましても同じく撃ち返してくる。
火力はほぼ互角。中間でぶつかりあって相殺された。空戦ならもう少しやりようもあるんだけど狭い室内の状態じゃ無理だ。あとカートリッジが猛烈に欲しいっ。
というか、あの人地味に外部魔力使って出力あげてるよね、ずっこいよ!
「はぁはぁ、はぁはぁ」
「はぁ、はぁ……」
両者とも砲撃の反動で少し飛ばされ、荒く息を吐く。
まだ共に大きな傷はない。敢えて言うなら、私はお腹がズキズキ痛むくらいだけど、戦闘の続行は可能。それにしても、本当に大魔道師の名は伊達ではなかったみたい。
強いし、速いし、上手い。プレシアさんはその三拍子が揃ってるまさに強敵だ。今がこれなら、最盛期は一体どれだけ強かったのだろうか。ちょっとだけそれを見てみたかった気もする。
私が息を整えながらそんなことを考えていると、プレシアさんにぎろりと睨みつけられた。ただ、その目からは怒りというより焦りの方を強く感じられる。
「はぁ、はぁ……。私は、私はアリシアを蘇らせるの」
そのうわ言のような言葉は、私にというよりも自分に言い聞かせている意味合いが強かった。わかってはいたことだけど、彼女の想いはもう半ば執念染みている。いや、もう狂気と言っても良い位だ。
「あの子が待ってるの。約束があるのよ。あの時に果たせなくなった約束が……私にはあるのよっ!!」
叫びと共に身体中から紫電を放出するプレシアさん。
そんな彼女を見ていたら、少しだけ胸が苦しくなった。きっとそれは、今の言葉が初めて顔を見せた彼女の本心だったからだと思う。そして、だからだろうか。
「――――そんなにまで誰かを愛せるのになんで貴女は誰かを泣かせるの? 本当に貴女はそれで幸せになれるの?」
「貴女に何がわかるっていうのよ!?」
「……わからないよ。だって、貴女は何も話してくれないじゃない」
私の心境に確かな変化が訪れたのは。
怒りとか失望とかそんなの全部吹っ飛んで、この人の力になりたいって強く思ったのは。
勿論、それはアルハザードに行くために手を貸すって意味じゃない。
でも、私はこの人も助けたいって心から思ったんだ。
「知りたいと思っても、聞きたいと思っても。貴女は自分の本心を語らないじゃない! それで誰が貴女の心を理解できるの? そんな人間なんて何処にもいるはずないよ!」
私には掛け替えのない人達が周りに大勢いた。
私が苦しい時や辛い時、泣きそうな時に胸を貸してくれる人達がいた。
けど、この人にはそんな人がいない。アリシアちゃんが亡くなってから、この人は一人ぼっちだ。一人が寂しいって気持ちは私にもよくわかるもん。だから、私は貴女に手を差し伸ばしたいっ。
「辛いのなら、辛いって言ってよ! 苦しいのなら、苦しいって教えてよ! 確かに私は何も出来ないかもしれない。ううん、きっと貴女の望みは叶えられないと思う! だけど、一緒に悩む事は出来る! きっと一緒に泣くことだって出来るよ!」
全く同情がないかって言われれば嘘になる。
完全にプレシアさんを許したのかって言われれば嘘になる。
けれど、この人の力になりたいって気持ちに嘘はない。
「……涙なんてもうとっくに枯れ果ててるわ。大体、今更泣いてどうしろっていうのよ。私にはあの子しかいないの! あの子が私の全てだったのよ!」
「っ、それは違うよ!」
私の大声にプレシアさんが驚きの表情を見せた。
やっぱり気付いてない。そもそもプレシアさんに何も残っていないっていうのが間違いなんだ。まだこの人の手の届く所には、あの子がいるっ。
「それは絶対に違う! まだ貴女にはもう一人の娘が……フェイトちゃんがいるじゃない!」
「っ、あの子がアリシアと似ているのは見た目だけだった! 利き腕も違う! 魔力資質も違う! 人格さえ違うっ! あれは失敗作の出来損ないなのよ!」
「それの何がいけないの!」
「っ!?」
何でフェイトちゃんをフェイトちゃんとして見れないの。
ちょっと視点を変えれば、絶対に気が付けるはずなのにっ。
「確かに貴女の思うようにはいかなかったのかもしれない! あの子はアリシアちゃんには成れなかったかもしれない! でも、それの何がいけないの!」
元から、誰かが誰かの代わりに成るなんて無理なんだ。
一卵性双生児の双子だってDNA的には全く同じなのに、色んな所が違ってるんだ。
幾らフェイトちゃんがアリシアちゃんのクローンでも、違いが出て来て当たり前。同じ境遇のエリオやヴィヴィオだって、元になった人物とは絶対に違ってる。
だから、ほんの少しだけ視点を変えればいいんだ。
「フェイトちゃんはフェイトちゃん。アリシアちゃんの次に生まれたのなら、アリシアちゃんの“妹”でしょう! 産み方は少し違っても、貴女の血を引いたもう一人の娘じゃない!」
「っ、何を言って……!」
私の言葉にプレシアさんが僅かに動揺した。
もしかしなくても、何かプレシアさんの琴線に触れるものだったのかもしれない。フェイトちゃんからアリシアちゃんっていうフィルターを除きさえすれば、きっと違うものに見えてくるはずなんだ。
「あの子はいつでも手を伸ばしてる! 貴女のことをずっとずっと待ってる! あんなに慕われて、あんなに想われて! 貴女は本当に何も感じなかった? アリシアちゃんのことをそんなに愛せる貴女は、本当にフェイトちゃんを見て、何も感じなかったのっ!?」
「……黙りなさい」
「黙らない! 貴女にはもう何も残ってない? 違うでしょ! まだ残ってるものがあるでしょ! なら、目の前にあるものを大事にしてよ! 目を背けないでよ! 手放さないでよ!」
「……もう黙りなさいっ!」
重みのある声と共に周囲に放たれる雷撃。
それを防ぐことと引き換えに、私の言葉は止められてしまう。
プレシアさんはそんな私を血走った眼で睨み、声を荒げた。
「私はただ、あの子にもう一度会いたいだけなの! この腕で抱きしめたいだけなのよ!」
「……その想いは痛い位に伝わってきてるよ! でも、ほんの少しだけで良いの。フェイトちゃんへの見方を変えてみて! そうすれば、きっと新しく見えてくるものがあるはずだから!」
そう、本当に少しだけでいいんだ。
ほんの少しだけ視点を変えれば、どんなに大事なのかに気が付けるはずだから。
私の親友が大好きなお母さんの貴女なら、絶対にわかるはずだからっ。
「私は……私は、新しいものなんて何も要らない! 私にはアリシアだけが全てなの!」
しかし、そんな私の願いは届かなかった。
プレシアさんの感情と同調したかのように、巨大な紫色の雷が私と彼女の間に落ちる。いや、それだけじゃない。デバイスに内包していたジュエルシードを彼女は全部取り出した。……って、まさか!?
“マスターッ!!”
レイジングハートの焦った掛け声と同時に突然生じた衝撃波で、私は吹き飛ばされる。それでも何とか体勢を整えるも、既に時の庭園自体が激しく揺れ始めていた。
もう何度も体験しているからわかる、これは次元震だ。
あの人はもう手持ちの分だけで、旅立つつもりなんだ。
「プレシアさんっ!」
「私は行く! あの子にまた出会うために!」
私は周囲に激しく鳴り響く轟音の中、プレシアさんに声を掛けた。
しかし、返って来たのはそんな言葉だけ。最早私の声は彼女に届かないのだろう。思わず、唇を噛む。僅かにでも説得出来そうだっただけに、凄く悔しかった。
「――――いや、まだだ。まだ終わってないっ」
でも、これで終わりになんて絶対にさせない。
諦めの悪さなら、私は誰にも負けないんだ。
そう心に誓い、愛機を強く握り締めた私は、荒れ狂う突風の中に迷わず飛び込んだ。