フィーナは自分の仮説をそっと呟いた。
「貴方がたは大本営直属の粛清部隊、ここはその補給基地・・そういうことですか?」
龍田は微笑みつつも首を振った。
「そんな堅苦しいものじゃないんですけどね~」
「・・堅苦しい?」
「私達は腐敗鎮守府も潰しますし、必要な活動資金も自ら調達しますが、普段は鎮守府勤めです」
「・・」
「ちなみにこの町には主に、お金を消す仕事をしてもらってます」
「・・えっ?」
龍田は右手を握ったり開いたりしながら言った。
「握っていたお金が手を開くとアラ不思議、消えちゃいました~ってね」
ナタリアはふっと笑った。
「ロンダリングね」
「ご名答です~」
なるほどとナタリアは思った。
要は目の前にいる3人は海軍の裏の、それも相当マズい部分を司る連中だ。
粛清以外にも幅広く公に出来ない事をやっているのだろう。
確かに清濁併せ呑む事に慣れていれば、必要なら敵方を護る事も躊躇しないだろう。
CIAやGRUがよくやる手だ。
あの町長がそんな連中と手を組んでいたのは意外だったが、それにしても。
ナタリアは静かな声を発した。
「質問良いかしら?」
「どうぞ~」
「で、町長の相談に、貴方達はどう答えたのかしら?」
龍田はナタリアににこりと微笑んだ。
「脱線しすぎましたねぇ。えっと、こちらも相談があって、取引する事にしたんです」
「・・そちらの相談って?」
「ある人間の隠匿です」
「それは海軍内のって事ね」
「お察しの通りです~」
「裁判の証人か何か?」
「いいえ。上官を思い切りぶん殴ってクビにされかけてる人です~」
「・・匿う理由は?」
「私達の恩人のお友達なのと~」
「・・」
「世間に知られてはいけない事に気づいてしまったからです~」
「・・特別機密事項ね?」
後ろに控える文月は眉一つ動かさなかったが、隣の不知火はピクリと頬が動いた。
龍田は笑みを消し、わずかに目を開いた。
「・・どこでその単語を~?」
ナタリアは肩をすくめた。
「信じてくれなくても良いけど、私達4人は元艦娘でMADFに所属していたの」
文月が呟いた。
「ずっと昔に1度だけ編成された、専用の鎮守府で陸海空全ての特別訓練を受けた非正規戦部隊ですね」
フィーナが頷いた。
「ご存知でしたか。私達はそこで最後まで戦った4人でした」
「確か・・深海棲艦の猛攻に遭って全滅したんですよね」
「ええ。真夜中に数万の勢力に囲まれ、鎮守府の置かれていた島ごと沈められました」
事実と符合する事で文月が頷いたので、龍田は顎に手を当てた。
「確かにMADFの訓練要綱には一部掲載されてましたねぇ」
ナタリアは頷いた。
「深海棲艦が元艦娘だとか書いてあったけど、自分達が体現してるから今更よね」
「まぁそれも公式には完全否定してることなので~」
「で、そんな事に気づいちゃったと」
「気づくのは勝手なんですけど、クビになったら自棄を起こしかねませんし~」
「世間に暴露されては面倒」
「しかも元総合戦略部長なんて肩書きがつくと信頼度は抜群ですし~」
「本人は辞めたがってるの?」
「色々あって、現職に留まる気は無いそうです~」
「それとこの町の事のつながりは?」
「その人が仮に、皆様と依頼人の間で仲介役になったとしたらどうですか?」
ナタリアはその一言で全て理解した。
そして龍田がキレ者である事も理解した。
艦娘連中は大本営の総合戦略部長を勤めた人間ともなれば無碍には出来ない。
逃亡兵と解ったうえで手を貸してくれるなら海軍に見つかった時の盾としても使えるからだ。
問題は深海棲艦勢だが・・
龍田はナタリアをじっと見た。
「元MADFの皆様なら、いきなり撃ったりはしないですよねぇ?」
フィーナが渋い顔で言った。
「お手並み拝見位はするわ。そうする事で海軍は攻めてこないんでしょ?」
「その通りです~」
「でも、その人が私達深海棲艦をどう扱うかによるわ」
「上官をぶん殴っちゃった理由なんですけど~」
「ええ」
「深海棲艦の討伐作戦を編成しろって上官は命じたんですけど~」
「ええ」
「その前に海軍内を消毒して、原因を潰せって大喧嘩したからなんです~」
4人は呆気に取られ、フィーナは質問とも独り言ともつかない言葉を漏らした。
「え、ええと・・それ・・」
「更に悪い事に、上官さんは海軍内に腐敗なんて存在しないと固く信じてる人で~」
「い?!」
「特別機密事項もご存じない方でしたから、深海棲艦は生まれた時から敵だって信じてて~」
「・・」
「壮絶な口論なのに論点どころか1ミリも前提が噛み合わなくて~」
「・・」
「上官に胸倉を捕まれた時、能無しのバカヤロウってぶん殴っちゃったんですよ~」
「あー・・」
その上官は立場的にいささか無知といえば無知だし、純粋過ぎたといえばその通りだ。
だが海軍内では極めて普通の人の一人である。
一方で、総合戦略部長はよく実情を把握していて、その対策も至極真っ当だ。
ただし真っ当すぎる。
腐敗司令官の粛清なんて泥臭い事の始末はもう少し搦め手を使わないと進めるのは無理だ。
そんな事が公になったら海軍は崩壊の危機を迎えてしまう。
少なくとも公式にやる事ではない。
だが・・
仲間にするなら圧倒的に総合戦略部長の方だ。
リアリストであり、推察能力に長けており、そして・・
ナタリアは口角を上げて笑った。
「そういうアツい奴、嫌いじゃないわね」
龍田はにこりと微笑んだ。
「お気に召して良かったです。町内の仕組みは町長さんとナタリアさんにお任せします」
「えっ?」
「艦娘側は代表としての適任者が居なかったので~」
まぁそうかとナタリアは思った。
艦娘の最大勢力とそれに協力した連中は昨晩一掃してしまった。
あとは真面目で他所とつるまない艦娘達が少数居るだけだ。
真面目な決定なら、それをひっくり返すような邪さも無いだろう。
悪意を持って町長に刃向かうなら我々が始末すればいい。