Deadline Delivers   作:銀匙

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第10話

 

怒りの目で睨みつけるナタリアに、フィーナはいかにも不思議だという顔で首を傾げた。

「さっき、気にしないで食べろって仰ったじゃないですか」

「そ、それは言ったけど、でも」

「私が絶食した所で誰かあの世から帰ってくるんですか?」

「帰ってこないわ、帰ってこないわよ、けど!」

「私は、艦娘共を手助けするつもりなんてありません」

「えっ・・」

「あいつらは私達が消した3人のチンピラとつるんでた連中です」

「・・ええ」

「私達は昨晩、連中を殲滅させた事で報復を完了しました」

「・・」

「現時点で、連中が勝つとすれば私達が連中の悪意に飲み込まれて自暴自棄になるか、意気消沈するかです」

「・・」

「つまり、我々さえ屈しなければ良い」

「・・」

「それに、ボス」

「・・なによ」

「最近ご無沙汰でしたけど、瓦礫や死体の山なんて今更何か思う事があるんですか?」

「・・」

「一体幾つの鎮守府を粛清しました?幾つの軍閥を消しました?」

「・・」

「死んだ敵も味方ももう数えられる数じゃないですよ」

「・・」

「サウスウェストストリートもそのうちの一つになった。それだけです」

ミレーナは伏目がちに呟いた。

「まぁ、私達は艦娘の頃から非正規戦部隊だったしね・・」

フローラは肩をすくめた。

「正直、深海棲艦になってからの方が楽よね・・昨晩を含めても」

フィーナは苦笑した。

「レ級の艤装はどれだけ訓練しても飼い慣らした気がしないけどね」

 

ナタリアが何も答えないので、フィーナは再び箸を取り、味噌汁を啜りながら言った。

 

「だから私は、食べて、体力を付けて、町を再建します」

「・・えっ?」

「別にここに海軍が来るなら他所でもいい」

「・・」

「深海棲艦が笑ってやっていける町を作って、その中に居ます」

「・・」

「美味しいご飯を食べて美味しいといい、良い景色を見て素敵だと言い」

「・・」

「そうして私達が高らかに笑っていれば、奴等はずっと負け犬です」

「・・」

「連中の勝利に協力するなんて私は絶対にしない・・してやるもんか!」

 

パキッ

 

フィーナの持つ汁椀にヒビが入った時、ナタリアは溜息をついた。

「その汁椀、螺鈿細工入ってるから高いわよ?」

「うっ・・」

「はぁーあ。ま、持つべきものは賢い部下よね。教官の言う通りだわ」

3人がナタリアを見た。

「確かに連中は私を凹ませてから殺したくてウズウズしてたし、その為にド派手な花火を打ち上げた」

「・・」

「でも私達は生き延び、連中は残らず塵にしてやった」

「・・」

「私達が凹まなきゃ、大花火やった割には狙いは達成されず仕舞い」

「・・」

「ただね」

ナタリアが顔を上げて真っ直ぐ見たので、フィーナは首を傾げた。

「アタシはアタシが楽しいから笑うし、アタシが美味しいと思うから美味しいという」

「・・」

「連中は今まで始末した有象無象の1匹に過ぎない」

「・・」

「だからこの先、連中を思い出してやる事もない」

「・・」

「連中の影を意識しながら生きてくなんてマッピラよ」

「・・」

「でも、私達の巻き添えになった子達は、供養してあげたいわね」

「・・ええ」

「問題は海軍が攻め込んでくるのか、来ないのか、なんだけどね・・」

「それは・・」

 

トン・トン・トン

 

襖が軽く叩かれたので、フィーナは眉を顰めた。

仲居は食事が済んだら呼んでくれと言ったはずだ。

だがここは町長が手配し、人間が営む旅館。

海水は持ってるが、深海棲艦に戻って戦闘を始めるには場所が悪い。

戸惑いながら、探るような声が出てしまった。

「・・はい」

「その海軍なんですけど、ちょっとご相談しても良いかなぁ?」

「・・はい?」

4人が顔を見合わせたとき、音も無く襖が開いた。

そこには龍田と文月、そして不知火がいた。

 

「・・」

 

ナタリアは真正面で微笑み、きちんと正座する龍田達とどう向き合って良いか迷っていた。

まず、龍田達が尋常では無い気配を纏っている事には気がついていた。

そして折り目正しき振る舞いや服装に、現役の海軍である事は真実だろうとも思っていた。

だが、海軍ならばなぜ「相談」に来たのかがさっぱり解らなかった。

自分達は完全に虚を衝かれる格好だったから、総攻撃すれば討ち取れたはずだ。

海軍はそれが民間人の所有建物だろうと深海棲艦討伐の為なら容赦しない。

この3人に少しでも脳味噌があるのなら自分達を上回る勢力で取り囲んでいる筈だ。

だが相談に行くなどというやり方はどの艦娘向けマニュアルにも無い。

それこそ非合法な解決を図る為の非常に高度な作戦マニュアルにさえも。

ゆえに正座で応じたものの、出すべき言葉が見つからなかったのである。

 

龍田が静かに話し始めた。

「昨晩、町長さんからご相談があったんです」

「・・」

「町の治安が悪化していて、あなた達を護りたい。だから手を貸して欲しいと」

「いや待ってください」

ナタリアより先に音速で口を挟んだのはフィーナだった。

目を白黒させながらフィーナは続けた。

「前提がおかしいです。わ、我々は深海棲艦なんですよ?」

「存じてますよ~」

「か、海軍の方が、どうして?」

「んー」

龍田は少し思案顔になったが、こくりと頷いた。

「みかんの箱に腐ったみかんが1つあると、回りはドンドン腐っちゃいます」

「・・」

「とはいえ、腐る事そのものが世間的には絶対あってはならない事で~」

「・・」

「ゆえに、私達はあってはならない事が最初から無かった事にしなくてはならないんです」

「・・」

「その始末を表立ってする訳にはいかないので、手助けしてくれる方がどうしても必要です」

「・・」

「この町はそうした協力者の一つなんですよ~」

フィーナは意味を理解し、目を細めた。

かつての我々のお仲間、か。

 

 

 


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