Deadline Delivers   作:銀匙

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第3話

 

ナタリアは真っ直ぐ紳士を見ながら訊ねた。

「どうしてそこまで急ぐの?」

紳士は眉間にシワを寄せながら答えた。

「中身は肝臓病の新薬だ。ロスに居るわしの娘の手術に必要なんだ」

「・・・」

「娘の容態は刻一刻と悪化している。3週間は手術出来るリミットなんだ」

「・・」

「頼む・・助けてくれ・・頼・・」

その時、紳士は後ろから蹴り上げられた。

「がはっ!」

「いーかげんにしろよジジイ!小切手だけ置いてさっさと町を出ていきな!」

「そーよ、お金はアタシ達が有意義に使ってあげるわよぅ」

「寝言は寝て言いなよ~?きゃはははっ」

ナタリアが見上げると、制服を着崩した艦娘が3人。

身なりにしろ言葉の荒さにしろ、人間を足蹴にした事にしろ。

到底鎮守府に所属してるとは思えない。

ナタリアは目を細めた。堕ちた逃亡兵か。

 

スッ。

 

ナタリアの脇にフィーナ、反対側にミレーナが立つ。

二人とも怒気を孕む気配を漂わせている。

ナタリアはそっと紳士を自分達の後ろに導き、カバンを受け取ると立ち上がった。

そのまま艦娘達の方を向く。

「この件はうちが引き受けるの。邪魔しないでくれる?」

「ハン!出来る筈無いわよ。どうせ小切手持ってドロンでしょ?引っ込んでろオバサン!」

ナタリアの頬がピクリと動く。

「・・分際をわきまえろ、駆逐艦」

「ハー?!あんた何様だっていうのよ!ただの人間だったら殺すわよ!」

そう言いながら艤装を、そして兵装を展開したのである。

 

パシャッ・・

 

フローラがグラスに汲んできた海水を、そっとナタリアの足元にかける。

そして、自分達にも。

通りを行く人が散り散りに逃げる中、艦娘達は4人がレ級の姿に戻る様を呆然と見ていたが、

「ちょっ!あ、あぁ、相手悪過ぎ!」

「行こ?ねぇ行こうよ!早く!」

後ろの二人はそう言ったが、紳士を蹴った艦娘はナタリアに中指を立てた。

「こんな街中で撃てる筈無いわ!やれるもんならやってみなさいよ!」

ナタリアはニイと笑った。

「殺ッテアゲルワヨ」

ミレーナとフローラが素早く紳士の盾となり、フィーナが紳士の耳を塞いだ瞬間。

ナタリアの主砲が火を噴き、艦娘達は消し飛び、通りを挟んだ向かいのビルは崩れ去った。

砲撃の衝撃波は周囲の家や店のガラスを粉々に砕いたという。

轟音が止んだ後、フィーナはそっと耳から手を離し、紳士に尋ねた。

「配達先ノ詳細ト、引キ渡シ方法ヲ伺ッテ良イカシラ?」

紳士は呆然とした様子だった。

「き、君達は・・深海棲艦だったのか」

人の姿に戻ったナタリアは肩をすくめた。

「お気に召さなければ返しますよ?」

紳士は首を振った。

「君達には今も助けてもらったばかりだ。認識を改める必要があると思っただけだよ」

そして紙を1枚取り出し、頭を深々と下げながら言った。

「届け先の住所、相手の名前、そして最後が私の連絡先だ。よろしく頼む」

ナタリアはメモを見て頷いた後、

「ミレーナ、私達が帰ってくるまでホテルでこの人の身辺を警護。やれるわね?」

「はい」

紳士は首を振った。

「いや、車で来てるから自分で帰れる。家で吉報を待ってるよ」

「それなら車まで送りますわ」

「・・ありがとう。頼めるかな?少し・・怖い」

頷くナタリアの横顔をみて、フィーナはふふっと笑った。

無頼者として放浪するより、仕事してる方がナタリアには似合ってる。

難を逃れた町の人々は噂を交えつつ賭けをした。

だが、どんな最期を遂げるかという話題ばかり。

期限内に荷物を届けるという選択肢に賭ける者は誰も居なかったという。

 

 

そして。

 

「フィーナ、進路ト速度ハ間違イナイ?」

「エエ、ボス。コノママ45ノットヲ維持!」

「ミレーナ、氷山ハ?」

「航路1海里以内ニ脅威トナル塊ハアリマセン」

「フローラ、敵ハ居ナイ?」

「航空機、艦娘、深海棲艦、イズレモ反応ナシ」

「ヨシ。警戒怠ルンジャナイヨ」

「ハイ!」

 

ナタリア達が取った航路。

それは日本から北上し、アリューシャン列島沿いにベーリング海とアラスカ湾を超高速で突破するものだった。

全員で海図を睨みながら丸1日検討して導いた結論だった。

太平洋航路の最短に比べればだいぶ航路は伸びるのに、どうしてこの航路を選んだのか。

消去法で行くとこれしか無かったのである。

まず、最短の太平洋航路は海底国軍海域のど真ん中であり、見つかれば数十万体に死ぬまで追い回されるので論外。

次に、地球を西に回るルートや南極海経由の迂回ルートは期限の関係上不可能だった。

シベリアとアラスカを経由する陸路主体のルートはパスポートより真ん中に横たわるベーリング海が問題だ。

極低温での艤装運用ノウハウは、それこそ北極圏軍閥のような特殊な深海棲艦しか身に着けていない。

レ級といえど艤装の生命維持装置が停止すれば氷のオブジェになるしかない。

よって却下とした。

通常の選択肢はここまでであり、ゆえに誰一人引き受けなかった。

ナタリア達が見つけ出したアリューシャン列島は、海底国軍と北極圏軍閥が睨みあう海境が続いている。

戦略上の重要な海境ゆえ、互いに選りすぐりの海峡警備部隊を隙間無く展開している。

これが街で、互いに銃を構え引き金に指をかけているギャング同士なら、その銃と銃の間を通るのは愚か者である。

だが、アリューシャン列島を挟んで引き金に指をかけているのは世界屈指の大軍閥同士。

下手に砲撃すれば取り返しのつかない大戦争に発展するリスクを理解し、引き止めるインテリジェンスも有している。

その証拠として互いに「無駄な間違い」を避ける為、その空白海域は類を見ないほど幅広く取られている。

ナタリア達が通ろうとしているのはまさにそこだった。

ただ、その空白海域は曲者でもあった。

特にこの時期は誰が好き好んでこんな所へ行くかという程、荒れた海の様相を呈するらしい。

元々変則的な浅瀬が多数あり、それがもたらす不規則な潮流に氷の塊が彷徨う極めて危険な海域。

空白海域に選ばれるのも納得だが、その油断を逆手に取れば突破出来るとナタリア達は読んだのである。

 

 

 


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