Deadline Delivers   作:銀匙

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S.10話

蒼龍はひらひらと飛龍に手を振った後、苦笑しながら答えた。

「提督は軍服を着てましたから、まだ海軍にいらっしゃるって事で」

「そうだね」

「それはつまり、普通に考えれば、私達の敵じゃないですか・・」

「んー・・まぁうちの鎮守府も昔はそうだったからなぁ」

「今更名乗り出る資格があるのかなって不安で」

「・・」

「深海棲艦と知られたら殺されるんじゃないかって怖くて」

「・・」

「長年働かせてくれた店に迷惑をかけるんじゃないかとか」

「・・」

「でも何年も経ってるのに、提督がすぐ気づいてくれたのはとっても嬉しかったんです」

「・・そうか」

「だから、すぐに判断出来なくて・・ごめんなさい」

「ん」

提督は蒼龍の背中をぎゅっと抱きしめると、掌でぽんぽんと叩いた。

「おかえり、蒼龍。今までずっと、良く頑張って、よく戻ってきてくれたね」

「うっ・・ぐすっ・・て、提督・・・提督ぅ・・うわーん」

「よしよし、よくやった、よくやったなぁ・・」

長門は二人の様子を、少し離れた所で腕組みをしながら見ていた。

これでようやく、元第1艦隊の揃い踏み、か。

 

「飛龍!只今戻りましたっ!」

「うんうん、可愛い可愛い」

「んっふ~♪」

元気良く戻ってきた飛龍の頭を提督が撫でていると、ふいに袖を摘まれた。

振り向くと蒼龍が真っ赤な顔をしている。

「・・どうした?具合悪いのか?」

提督が慌ててたずねると、

「私も・・ナデナデして欲しいんです・・けど」

と言ったので、提督は笑いながら沢山撫でてくれたという。

 

「じゃあえっと、二人はもう1度、うちに来てくれるのかな?」

「他に選択肢があるんですか?」

「LV1になって大本営経由で他の鎮守府に異動とか、解体で人間に戻る手もあるよ?」

「折角戻ってきたのにそんな事する訳無いじゃないですか」

「そっか・・いやその、君達を沈めてしまった私の元で働くのは嫌かな、と」

飛龍は強く首を振った後、正面から真っ直ぐ提督を見据えて言った。

「提督」

「うん」

「あの時我々が遭遇した敵は、ざっと見えただけで数千体は居ました」

「・・・なに?そんな、だ、大本営の資料には最大6隻だと・・・」

「その通りです。ですから北方海域の資料情報とはかけ離れていたんです」

「・・・」

「そして明らかに彼らの狙いは大鳳でした。我々は大鳳の轟沈のついでに沈められたんです」

その話を聞いた時、提督の隣に立っていた長門は僅かに顔をこわばらせた。

生涯最悪とも言える暗黒の日。

口にしたくとも出来なかった、何一つなす術が無かったあの出来事。

思い出したくない惨敗の記憶。

「・・・」

そんな長門の手を、提督は黙ってきゅっと握った。

長門は提督を、次に握られた手を見て、力を抜き、ほぅと息を吐いた。

そうだ。あれは過ぎ去った過去だ。

第1艦隊は復活した。二度と同じ轍を踏まなければ良いのだ。

感謝するぞ、提督よ。

長門は提督の手をきゅっと握り返した。

飛龍は説明を続けていた。

「奴らは目的を持って、私達の大鳳を狙ってた。そうとしか思えません」

「・・・」

「提督、あれだけの深海棲艦を動かせる軍閥はほとんど居ません」

「・・・数千ともなれば、そうだね。ビスマルクでさえ1000体前後だった筈だ」

「そして、心当たりのある軍閥が居ます」

「・・どこだね」

「海底国軍と言います」

「海底、国軍」

「非常に人間や艦娘に敵意が強く、その一切の殲滅を目的に戦う、極めて好戦的な軍閥です」

「・・・うーむ」

「彼らは地上組とも敵対しています」

「なるほど」

「ここが今の活動を続ければ、いつか海底国軍が襲ってきます」

「・・・」

「その時に備えておきましょう」

蒼龍が笑った。

「地上組北陸地域部長は伊達じゃないね」

「ちゃかさないで」

提督は腕組みしたまま答えた。

「なら、地上組とそういう有事に備えた相互保障条項を足しといた方が良いかなあ」

「えっ?どういう事です?」

「我々が狙われるなら、地上組も狙われるんじゃない?加勢しなくて良いのかな?」

「いえ、地上組は深海棲艦ですし、相互不可侵条約を結んでますんで」

「敵対してるのに良く結べたね」

「海底国軍が真に敵とするのは艦娘というか海軍だけです。余計な事に戦力を割きたくないんです」

「あぁ、そうか」

納得したという風に頷いた提督に、飛龍は続けた。

「あと、この話は浮砲台組長さんには内緒でお願いします」

「なんで?」

「地上組上層部だけが把握してる情報なんで」

「おー、おー、おー、そう言う事か。ビスマルクも他所で地上組って単語を言うなって言ってたしな」

「だと思います。地上組の存在を知った鎮守府は、基本的に消すのがルールなんで」

「・・・浮砲台組長さんは私が知った事を知ってるけど?」

「ええ。ソロルだけは友好的だから例外扱いされてるんです」

「ははーん、だからビスマルクはさっさと契約してしまえといったのか。なるほど、良く解った」

「よろしくお願いします」

「長門」

「解っている。私は何も聞かなかった」

「頼むよ」

蒼龍は提督と長門を交互に見た。

なんだか前に見た時より、一段と気持ちが通じ合ってる気がする。手つないでるし。いいなぁ・・

蒼龍は提督に声をかけた。

「ところで提督」

「んー?」

「最前線を去られるのはいつ頃なんですか?」

「今の所決まってないよ」

「いえあの、直近という話ではなくて、後何年くらいかなって」

「それがね・・辞めるに辞められなくなっちゃっててさ・・」

「いえ、でも、言いたくないですけど、その、お年の問題が・・」

「その事なんだけどね」

「はい」

「まぁその、君達と一緒ぐらい生きられるんだよ。私も」

「へ?」

長門がふふっと笑った。

「まぁ提督も変則的ではあるが、そうだな、いわば艦夫になったという事だ」

飛龍が目を剥いた。

「はー!?提督も海に出られるんですか?艦種何ですか?」

だが、

「あの、待合室で・・騒がないでください」

と、東雲がとことこと出てきたので、

「すいませんでした」

と、4人は頭を下げ、提督は間宮アイスのチケットを2枚東雲に手渡すと、診療所を辞したのである。

 

「それでそれで?提督は大型クレーン船ですか?海底ケーブル敷設船ですか?絶対マイナーな種類ですよね?」

「一体何が言いたいのかな飛龍さんや」

「提督が一般的な艦種なんて絶対信じられません」

「だからそれはどういう意味だ」

長門がくすくす笑いながら補足した。

「説明が悪かったな。提督は無線機だ。だから正確には艦ではない」

「「・・・あー」」

飛龍と蒼龍が同時にそう答えたので、

「だからどういう意味ですか、お二人さん」

「えーだって、なんかすごく納得出来ました」

「普通じゃないですもんねぇ。でもって無線機なのに自力で空飛んだりしそうですよね」

「むしろタイムスリップしそうじゃない?」

「あー解る。解るよひーちゃん」

提督はジト目で見た後、

「本当に君達は私の事誤解してるよね。こんなに真面目に普通の職務を遂行してるというのに・・」

と言ったのだが、それを聞いた長門が

「さっ、最高だ提督!今年最高のジョークだ!あはははっ!」

と、腹を抱えて笑い出したのである。

「・・もういいよ、皆の所に帰るよ。そろそろ北方棲姫と日向が来てる頃だろう」

提督はそういうと、首を振りながら白星食品に向かったのである。

 

 

後日。

 

蒼龍は個室で深海棲艦の相談に乗っていた。

「カ、艦娘ニ戻ッテ、具合悪クナッタリシマセンカ?」

「体調的な不良は無いし、艤装の扱いも特に問題無かったわ。なにより・・」

「ナニヨリ?」

蒼龍はタ級の耳元で囁いた。

「公安とか、検問とか、もう怖くないもの。とっても気が楽よ」

タ級は深く頷いた。

「ソッカ・・モウ警戒シナクテ良インデスネ・・予想以上ニ怖カッタシナァ・・」

蒼龍がにっこり笑ったので、タ級もにこりと笑ってペンを取った。

「解リマシタ。デハ、艦娘化ノ書類ニサインシマス」

「じゃあ書類をよく読んで記載していってね。解らない所は何でも聞いてね」

「ハイ」

タ級の様子を微笑んで見る蒼龍の左手には、提督が贈った指輪が輝いていた。

蒼龍は思った。

撤退すら出来ずに沈んだ私達は、深海棲艦のまま討伐されても何の不思議も無かった。

けれど提督は自らの非だと詫びて、艦娘に戻してくれて、ケッコンカッコカリまでしてくれた。

そのうえで現状や将来を説明され、どこで働きたいか希望を聞いてくれた。

昔から提督は自らの考えをきちんと示すよう艦娘達に言っていたが、今はより自由な気がする。

自由、か。

不思議な事に、世間に身一つで出てみると、却ってこの中の方が自由に感じられる。

それはひーちゃんも言ってたなぁ。自由って何なんだろう・・

「コレハドッチニ丸ヲツケタラ良イデスカ?」

「あ、ごめんね。えっと・・どこ?」

 

 

同じ頃。

 

コンコンコン。

「提督、お話して良いかしら?」

「ビスマルクか、どうした」

「今朝、浮砲台組長がこの書類を持ってきたわ。サインされた契約書よ」

「ん。見せて」

ビスマルクから封筒を受け取った提督は、さらさらと中身に目を通すと、

「ふむ、問題無いね。加賀、すまないが・・んーどっちかな」

「そうね。最終的には経理方ですが、先に事務方に渡す方が良いでしょう」

「だね。じゃあそうしてくれるかな」

「かしこまりました」

加賀が出て行った後、ビスマルクが訊ねた。

「ところで、あの二人は今どうしてるの?」

「ああ。日向達と一緒に基地の仕事をやってもらう事にしたよ」

「どうして?」

「艦娘と深海棲艦それぞれに精通しているから、身の振り方の相談を受けられるでしょ」

「そうね」

「それに自身が処置を受けてるから、戻る事に不安を感じる深海棲艦の相談にも乗ってるらしい」

「ふうん・・」

「あとは本人達の希望でね。一刻も早く、一体でも多く、艦娘や人間に戻したいと」

「・・そっか」

「希望する所で働くのが一番だからね。元々うちの第1艦隊に居たからLvも高い」

「伊勢や日向だって第1艦隊でしょ」

「そうだね。だから基地の安全確保がより楽になったという訳さ」

「・・誰か攻めて来るみたいな言い方ね。何か情報があるの?」

「全部が地上組のように穏健なら、我々海軍が戦う相手が居ないはずでしょ」

「そうね。まぁ・・そうよね」

ビスマルクは海底国軍とか居るしという一言を飲み込んだ。

提督と話す時はきちんと意識しないとうっかり話してしまいそうになる。

いけないいけない。

「ま、これで地上組のおかげで就職斡旋にほとんど心配もなくなったし」

「希望者は今まで以上に基地へ行きやすくなるわね」

「地上組が斡旋してくれるからね。全くありがたい契約だよ」

ビスマルクはふふっと笑った。

本当にこの鎮守府は、提督は、変わってる。

「じゃあ私の用事はこれだけだから帰るわね。また月例報告の時に会いましょ」

「そうだ忘れてた。ビスマルク」

「何かしら?」

「これを持っていきなさい」

「あら、鳳翔の4人用ディナー券じゃない。豪勢ね。でもなぜ?」

「決まってる。今回の話は君が浮砲台組長と信頼関係を結んでいたからこそ始まったんだ」

「・・」

「それで美味しい物を友達と食べてきなさい」

「ダンケシェーン・・あーでも・・連れて行きたい子が2人しか居ないわね」

「おや、そうか」

「提督に最後の一人をお願いするのはアリかしら?」

「構わないが、私が居ると気楽な会にならないんじゃないかい?」

「ううん、きっと素敵な夜になるから」

「まぁ良いよ。穴埋め要員、任されたよ」

「ダンケダンケ!直近で都合の悪い夜はある?」

「・・・出張や食事会は特に無いね。早くても2週間後だ」

「じゃ、日時を決めたら連絡するわね!」

「解った。頼むよ」

 

パタン。

 

ビスマルクは鼻歌を歌いながら白星食品への道を歩いていた。

メンバーは私、村雨、そして提督と浜風。

・・提督って単語を出すだけで頬を染める浜風にディナーデートを贈ってあげましょう。

それを私と村雨が間近で観察しながら極上の夕食を頂く!

2重の意味でメシウマよね!

「さ、浜風に気づかれないように計画を進めないと!腕が鳴るわね!」

ビスマルクはニヤリと笑うと、歩む速度を速めたのである。

 

 

 




おしまい、です。

実は今日の分は今朝分と今回分を合わせれば通常の3話分を越える量なので3つに分けても良かったのですが、まぁ勢い大事という事で。

特別章は前作のアンコールからもう少し時間が経った状況です。
アンコールまでの話は、海底国軍が大鳳暗殺の為に放った刺客に沈められた蒼龍と飛龍が、ヲ級となって砂浜に打ち上げられ、坂之上のおばちゃんに声をかけられた事で生活基盤を得た、という所まででした。

そして皆様から頂いたリクエストで多かったのがこの先、つまり二人をいつかソロル鎮守府に帰してやって欲しいというものでした。
しかし皆様もお気付きの通り、提督はこの二人の事をとても気にしていますので、何かのきっかけで二人が帰ればあっさり迎える訳で、話がすぐ終わってしまう。
会いました、迎えてくれました、おしまいの1話では面白くありません。
どの辺からつなげようかと考えた結果、地上組の上位組織、そして白星食品と浮砲台組の関わりを弄ってみようかと思ったわけです。

主人公の二人の流れを決定付けていく周りの揺れ動きも描いてみましたが、如何でしたでしょうか?
コメントを楽しみにお待ちしております。
この辺りが読みたいという話も・・・あ、なんかフラグ臭がする。
ショートストーリー!ショートストーリーですからね今回は!

さて、明日からは再び本編に戻り、次の章を始めたいと思います。
そろそろ大御所にご登場頂こうかと思います。
では、また午前6時にお会いしましょう。

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