Deadline Delivers   作:銀匙

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S.09話

 

「・・・既ニソコマデ話ガ進ンデルノカ?」

ドアが開いたのを見て浮砲台組長はビスマルクが伝えた事を知らせに戻ってきたのだと思った。

だがビスマルクに続いて提督や龍田、文月、そして白雪まで入ってきたのでのけぞった。

更に白雪から全体の提案を受け、龍田から契約書まで手渡されたのである。

提督が続けた。

「双方血を流さずに希望を叶えてあげられる。こんなに嬉しい事はありません。我々も就職斡旋先は是非とも欲しい」

「・・」

「この形なら大本営や他鎮守府に漏れる心配もなく、合意頂ければ後は我々の内部手続きを進めるだけです」

「・・」

「我々ソロル鎮守府は本件を是非、一刻も早く合意したい。確かに、ご提案より少し幅広い契約ではあります」

「・・」

「ただ、これまでも白星食品や山田シュークリームの皆を護って頂いてます。信じて良かったと思っています」

提督はすっと頭を下げ、続けた。

「今後ともますます、幅広く手を携えていきたい。何卒よろしくお願いいたします」

「エ・・エエト、マズハ契約内容ヲ確認サセテ頂キタイノダガ」

 

 なんて速さだ。

 

浮砲台組長はそう思い、心の内で深々と溜息をついた。

今日内々に打診し、ビスマルクが折を見て相談し、蒼龍達が補足し、内部で紆余曲折があって、回答がある。

長ければ年内は無理かもしれない。そう浮砲台組長は予想していた。

だが現実は、自分が話してから30分も経たずにここまで仕上がってしまった。

確かにこちらの提案より遥かに大規模な契約だが、我々の方にもメリットがたっぷりついた。

我々は今後、艦娘化出来るルートを持つ軍閥だと名乗るだけで敵対軍閥の構成員を寝返らせる事が出来る。

なにせ多くの深海棲艦にとって艦娘化は悲願であり、詐欺も横行している。

つまり、我々が労せずして軍閥間抗争を制する事が出来る打ち出の小槌をタダでくれるというのだ。

しかも人間ではあるが、構成組織の労働力まで維持出来る。多く受け入れれば増やす事さえ出来る。

浮砲台組長はごくりと唾を飲んだ。

普通に考えれば・・相当不利益のある条項が盛り込まれていても仕方ない。

それでも譲歩する価値がある。

だが、読み進めてもそういう条項は無い。

契約文はとてもシンプルで読みやすいから言い回しの誤訳も無いだろう。

必死に読む浮砲台組長はじとりと汗をかいていた。

持ち帰って検討とも言いづらいほど内容はシンプルだ。裏の意味を作りようが無い程に。

・・・困った。とても断りにくい。保留すらしづらい。

私が書類を持ち帰り、防空棲姫に説明すれば恐らくサインされるだろう。

・・それは契約の締結という事じゃないか。

小1時間でそんな段階だと?

本当にソロルは恐ろしい鎮守府だ。

打ち出の小槌は喉から手が出るほど欲しいが、必要以上にくっついて飲み込まれないようにせねば・・

だが、そんな芸当が出来るのだろうか・・

それを差し置いてもこれは実に美味しい契約だ。

待て。欲に目が眩んではいけない。落ち着いてもう1度読もう・・何か裏が無いか・・

浮砲台組長が再び契約書を1ページ目に戻した時。

 

 ガチャリ!

 

「提督、今朝、基地から鎮守府に向かう往復船に空席があった」

「おぉ、往復船の手があったか。一番簡単だね」

「日向と北方棲姫が来てくれるそうだ」

「今日の基地の運営は?」

「伊勢と侍従長でやってくれる」

「それなら大丈夫だね。頼んでくれたかい?」

「無論だ。出航まで15分しか無かったのでな」

「助かる。お手柄だ長門」

「ふふ。というわけで、1020時には二人がこちらに来る」

「説明は龍田達で頼む。私も説得するから」

「まぁ彼女は断らないと思いますけどねぇ」

浮砲台組長は提督達を眺めていた。

完全に前向き、いやむしろやる気満々だ。

我々の頼みをクリアした上で、更に良い話にしようと自ら動いてくれている。

それは我々に対する誠意と言い換えても良い。

海軍という立場で考えれば本来なら一蹴しても良い筈の話なのだから。

しかし、あまり多くの借りを契約締結前に作るのは良くないかもしれない。

だが我々が今出せるカードといえば・・もうあの二人しか居ないか。

浮砲台組長はふむと頷くと、言った。

「デハ我々モ、信頼ノ証ヲ用意シヨウ」

「証、ですか?」

「一旦戻ル。0950時ニハ戻ル。契約書ヲ預カリタイ」

「ええ、もちろんです。そちらも色々事情はおありでしょうからね」

「ソノ通リダ」

長門が頷いた。

「船が着き、二人が来られるのは1030時位だ。その時に合わせても良いのではないか?」

「イヤ、先ニ済マセテオキタイノダ。デハ0950時ニ、マタ」

浮砲台組長はそう言って提督に頷いた。

 

 

「そーりゅうううぅうぅぅぅ!」

「すみません、あまり艦を揺らされますと、発着艦訓練に支障が・・」

ゆさゆさと蒼龍の肩を掴んで揺さぶる提督に、思わず懐かしい台詞を口走った後、

「あ、あの、提督。本当に、すみませんでした」

蒼龍はそう言って、深々と頭を下げたのである。

提督は首を振った。

「何を言ってる。私こそ・・」

そう言ってストンとカーペットの上に正座すると、

「ダメコンの搭載ミス、そして進撃命令を下した事で轟沈させてしまった事を、心からお詫びする」

「・・へっ?えええっ!?」

蒼龍は僅かに顔を上げ、目の前に土下座している提督を認めたとき、その隣に座り、

「あ、あの、お願いですから頭上げてください提督・・・って、ひーちゃん!何棒立ちしてんの!」

蒼龍が怒鳴ったので、飛龍ははっと我に返った。

「え、ええ?あ、ああ、提督、もう良いですから、あれは提督のせいじゃなかったんで!無理だったんで!」

そう言うと、蒼龍と二人がかりで提督の肩を押し戻したのである。

浮砲台組長とビスマルクは寂しそうな目をしていた。

自分達も轟沈しているが、それを指示した元の司令官は今どんな思いなのだろう。

だが、提督のように現在進行形で気にし続けてくれてるとは思えなかった。

「良い指導者の元に着任出来るというのは幸せな事ね」

「ソウダナ。ビスマルク殿ハ今ハソウダカラ良イジャナイカ」

「・・そうね。私にとってアトミラールと言えば・・もう提督の事かもしれないわね」

 

「艦娘化?勿論出来るとも」

ひとしきりやり取りがあって、ソファに腰を落ち着けた後、蒼龍はおずおずと質問した。

提督が当然と言う顔で頷いたので、二人はほっと胸をなでおろした。

「あ、そうか。今の姿は化けてるんだっけ」

「はい。元の姿はFlagship級のヲ級なんです」

「長門、東雲組はもう診療所を開けたかな?」

「1000時を過ぎているから開いているだろう」

「睦月に連絡して、可能ならやってもらいなさい」

「うむ」

蒼龍が怪訝な顔をした。

「処置前検査とかですか?」

「まぁそれもあるし、艦娘化処置もね」

「えっ?」

「えっ?」

「え、あの、艦娘化処置って大変なんじゃ・・」

「まぁ工廠長いわく、普通の妖精達だと総出で丸1日くらいかかるらしいけど」

「たった1日で出来ちゃうんですか?」

「でも睦月達だと大体10分かからないからね」

「えっ?」

「えっ?」

「そ、そんなに、早いんですか?」

蒼龍の問いを聞き、長門が答えた。

「診療所にはまだ誰も来てないそうだ。急ごう。蒼龍、自分の目で確かめると良い」

飛龍はやり取りを聞いていたが、ハッとして浮砲台組長の方を振り返った。

だが浮砲台組長は、契約書を目を皿のようにして睨みながら答えた。

「私ハ契約書ヲ確認シタイノデ、ココニ残ル。スマナイ、コノ意味ヲ教エテ欲シイノダガ・・」

「そこは文月と龍田で頼むよ。私が飛龍達に付き添うからさ」

「はぁい、いってらっしゃーい」

首を傾げる飛龍の肩に、提督はポンと手をおいた。

「よし、じゃあちょっと行ってこようか」

 

なんだろう、この、風邪引いた患者に総合感冒薬を処方する医者のような軽さ・・・

す、凄い処置受けるんじゃ、ない、のかなあ・・あれぇ?

 

そして10分後。

 

「・・・ただいま~」

「うん、やっぱり変わんないね。服が見慣れた制服になったくらいか」

「デスヨネー」

蒼龍が先に診察室に呼ばれ、本当に10分で戻ってきた。

提督は自然に話しているが、飛龍は本当に戻ったのか信じられなかった。

「ね、ねぇ蒼ちゃん」

「なぁに?」

「そ、その、艤装とか、ちゃんと出せる?」

「忘れてないわよぅ」

そう言うと蒼龍はちゃきちゃきと無駄の無い動作で艤装を展開して見せた。

そして、

「航空甲板が長いからちょっと邪魔っけだよねー」

と、ペロッと舌を出した。

「やっぱりそうだよね」

「まぁヲ級の装備は首が凝るから一長一短だけどねー」

「だねー」

会話を聞いていた提督はふむふむと頷いた。

「艤装全ての機能が頭の上にあるって感じだよね」

「航空機を飛ばした後の制御は杖を使ってやるみたいだけどね」

「着陸ってどうやるの?」

「航空機がその場で垂直離着陸出来るから」

「あーいいねー、甲板要らないんだ」

「そうなんですよね。でも・・」

「でも?」

「私達、飛ばした事無いんで」

「なんで?」

「だって、ヲ級になった後、ずっとスーパーで働い・・あっ!」

蒼龍が慌てて口を両手で塞いだが、既に提督はジト目だった。

「・・そーりゅーさーん」

「あ、は、はい」

「やっぱりあの時のレジの子は君だったんでしょー」

「・・・誠に申し訳ありません」

提督は溜息をついたが、長門は肩をすくめた。

「ま、艦娘化出来るようになったのも、戦闘をほとんどしなくなったのも二人が去った後だ」

「・・」

「それまでの普通の鎮守府であった時代しか知らなければ、名乗り出難いのも当然だろう。な、提督」

「・・そういう事なの?」

上目遣いで見る提督に蒼龍は答えようとしたが、

「あのー、飛龍さん来て貰って良いかにゃーん?」

と、カーテンの隙間から睦月が顔を覗かせたので

「ああごめんなさい!すぐ行きます!」

と言いながら、飛龍は小走りに診察室へと入っていった。

 

 

 


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