Deadline Delivers   作:銀匙

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S.06話

 

首を傾げた浮砲台組長に向かって、おばちゃんは右手の人差し指を立てながら話し始めた。

「いいかい、その鎮守府の主目的は、深海棲艦を艦娘または人間に戻す事さね」

「・・」

「ただし大本営がくれるのは戦闘用資材と少量の食料だけ。だから労働力と莫大な運営資金を自力調達する必要がある」

「・・」

「そこでまず、食事を供して近海の深海棲艦達を抱きこんだ」

「・・」

「深海棲艦を協力的にしてしまえば巡視等に割く艦娘達が不用になり、手が余る」

「・・」

「更に深海棲艦から戻した艦娘達も総出で働かせて外貨を稼ぎ、必要な資金を得る」

「・・」

「・・今も所属艦娘達の戦力は下がってないんだろう?」

「それが、年々凶悪なレベルに達しておりまして。特に戦術の構成力がすさまじいのです」

「一体どうやってるか知らないけど、その提督は全く抜かりなくやってるさね」

「ですから、油断も隙も無いのです」

「・・戦闘ではなく、双方納得ずくで深海棲艦を呼び戻してるって戦略である点が救いさね」

「では、共存政策を放棄し、壊滅工作に入りますか?しかしあれだけ高練度の艦娘を相手にするとなると・・」

「放っといて良いさね」

「何故です?」

おばちゃんはちらと蒼龍達を見て、澄ました顔で口を開いた。

「そのやり方は多くの軍閥には有力な解決策の1つとなるさね」

「・・」

「ただ、それを絶対に良しとしない阿呆な連中が居るじゃないさ」

「・・海底国軍、ですな」

「そうさね。間違いなく連中は疎ましく感じる筈だ。連中にとって影響が無視出来なくなれば・・」

「・・」

「総力を挙げて仕留めに入るだろう。幾らなんでも1鎮守府で勝てる相手じゃないさね」

蒼龍が俯いた。

「提督のしてる事は、間違っているのでしょうか・・」

おばちゃんは苦笑した。

「言えるのは人類が深海棲艦に勝つ為の唯一の手段って事さね。それを誰がどこから見るかで答えは変わる」

「・・」

「だからこそ、大本営を、いや人類を屈服させたい海底国軍にとっちゃ厄介者以外の何者でもないんさね」

「・・それなら」

「うん?」

「私、戻ります。そして提督の元で、皆を戻してあげて、海底国軍と戦います」

「・・本気で狙われれば、勝ち目は無いよ?」

「それならそうなる前に、一人でも多く、深海棲艦の皆を艦娘や人間に戻してあげたい」

「・・」

「大多数の子達は、深海棲艦で居続けたいなんて本気で思ってるわけじゃないと思うから」

「・・なら、行くと良いさね」

日本エリア長と浮砲台組長は、おやっという顔でおばちゃんを見た。

「止めないんですか?」

「・・アンタは道を決めたんだろう?」

蒼龍が頷いた。

「はい」

おばちゃんは飛龍の方を向いた。

「あんたはどうしたいさね?こっちに残って蒼龍ちゃんとの窓口って手もあるさね」

浮砲台組長がポンと手を叩いた。

「そうですな。真の意味で信用出来る窓口が1つあるのも良い」

だが飛龍は、困った顔で微笑んだ。

「私も、提督の元に帰りたいなあって」

浮砲台組長達の顔色が変わった。

「えっ?そっ、それは・・困るんだが」

「そうさねぇ・・一般会員なら別に構わないんだけど」

「あなたは元老院のメンバーとか、兵站維持方法とか、年間スケジュールまで知ってますものね・・」

「でも、行きます」

「えっ?」

「だって蒼龍ちゃんが行くから。私達はいつも一緒でしたから」

「あー・・」

飛龍はにこりと笑った。

「そうするには、どうしたら良いでしょうか?」

 

「確かに、我々の調査でもソロル鎮守府は平和主義であるという結論ではありますが・・」

 

事情を聞かされた防空棲姫は、頭が痛いとばかりに片手で額を押さえながら言った。

「それこそ、ソロル鎮守府の全火力をもってここを襲撃されれば太刀打ち出来ません」

「そ、そんな。提督はそういう事は」

「やりそうに無い方だとは思いますが、上位組織である大本営が命じればやるでしょう。組織なのですから」

「それでも、私達は帰りたい。常日頃から私達を慈しんでくれた提督の悲しみを、1つでも減らせるのなら」

「蒼龍さんがお戻りになるのは一向に構いません」

「飛龍が嫌がっているなら無理に連れて行く気はありません。でも願っているなら、連れて行きます」

「・・・私は、組織を危険に晒す要素から、組織を守る義務があります」

蒼龍はごくりと唾を飲んだ。見る間に防空棲姫が殺意を纏い始めたからだ。

「ならば、危険じゃないと解れば良いんですね?」

「・・どう証明するというのです?」

「同盟を結んでしまいませんか?」

「・・・は?」

「ですから、ソロル鎮守府と、地上組が手を結んでしまえば良いのです」

部屋に不気味な沈黙が訪れた。

 

「・・・んー」

 

防空棲姫は両手で左右のこめかみを押さえていた。

問題にもならない提案の筈なのに、どうしてこんなに引っかかるのだろう。

浮砲台組長が呟いた。

「まあ、我々も、レ級組も、対等な契約を結んでおりますからなぁ」

おばちゃんが溜息混じりに言った。

「普通の鎮守府なら到底不可能だけど、ソロルの変態ぶりを思うと乗って来そうな気がするんさね」

「そう!それです!」

防空棲姫はおばちゃんをズビシと指差しながら何度も頷いた。

普通の鎮守府相手なら絶対にありえない事であり、一蹴すれば良い話なのだ。

ここに本部があると知った瞬間、ここに向かって大軍勢を送ってくるのが海軍として当然の動きなのだ。

そういう相手だからこそ我々は錯覚を利用して敵の懐である地上に飛び込み戦闘を極力回避しているのだ。

だがソロルの場合、本当に提督がとことこやってきて契約の話を始めようとか言いそうな気がする。

その異常さに自分が付いていけてないのだ。

防空棲姫は溜息をついた。

確かに恩師は、いつか人間と和平協定を結ぶ糸口を先手を打って探しておけと繰り返し言っていた。

戦争を続けるほど有限の資源が減り、全員が貧しくなっていく。

我々の権利を認め、共存の道を提示してくれるなら協定に応じよと。

だが、よく考えればソロル鎮守府は和平どころか共に働く事も既に現在進行形で行っている。

既にその先、艦娘化や人間としての社会復帰まで実現させている。

だから地上組の子達の権利を保障してくれるなら、相互不可侵協定を結んでも・・・

・・・いやいやいやいや待て私。

防空棲姫は頭をふるふると振った。

相互不可侵協定はあくまで深海棲艦の軍閥同士を前提とした協定だ。

艦娘や海軍という共通の敵が居るからこそ、余計な戦力を割かない為に成り立つのだ。

・・いや、海軍だって無駄な血を流す事を避けたいという意志があるなら同じなのか?

ソロルの提督はそこまで柔軟に考えるだろうか?

海軍には、確かにファッゾ様のようなステキな神様も混じってはいる。

だが、大多数が慈悲も無い冷酷な連中だ。

そんな大胆な策に応じるだろうか?

・・・でも、考えれば考えるほど、ソロルの提督ならなんとなく乗ってくれそうな気がする。

なにせあの変態鎮守府のボスなのだから。

 

 


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