Deadline Delivers   作:銀匙

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今日から特別章の開始です。
「艦娘の思い・艦娘の願い」と「DeadlineDelivers」それぞれの風味を大切にしてみました。
また、予告通り、特別章に限っては1日数回、更新していきたいと思います。
いや、前作のように1日5話とか無理ですけどね。
あと、公開まで短い分、今作より削りたての粗さも残ると思いますが、それも前作っぽくなるかなと。

それでは、お楽しみください。




特別編-蒼龍と飛龍の場合
S.01話


 

「・・違いますよ」

「な、何を言ってるんだ蒼龍。忘れたのか?私は・・」

「私は、蒼龍なんて名前じゃないですよ。ほら、二村って言います」

 

二村は困ったように微笑みながら、胸元の名札を指し示した。

「435コインになります。あの、後ろにお待ちのお客様が居ますので」

「あ、ああ、すまない・・これで」

「500コインお預かりしましたので、65コインのお釣りになります」

「・・蒼龍、私は君に・・」

「ですから、人違いですよ。毎度ありがとうございました」

「そ・・あっ・・す、すいません」

提督はそこで、列に並ぶ人々がじとりと寄せる視線に気がつき、頭を下げると立ち去った。

二村は目の前に来た次の客に微笑んだ。

「お待たせ致しました。ポイントカードはお持ちですか?」

 

ピッピッとPOSに商品を当てつつ、ちらりと店の出口を見た。

「っ!」

そこには自動ドアを開けたまま、悲しげな目でじっとこちらを見る提督の姿があった。

慌てて視線を戻すと、目の前にいた女性客が囁いた。

「困ってるなら店長さんに言ってきてあげようか?遠慮するんじゃないよ?」

「あ、い、いえ、大丈夫です」

「ほんとかい?アンタ可愛いからあのオッサンに付きまとわれたりしてるんじゃないのかい?」

「ちっ、違います!提督はそっ・・・!!」

二村は慌てて口をつぐみ、再び出口を見たが、そこには誰の姿も無かった。

「・・・」

「アンタ顔色悪いよ?本当に大丈夫かい?」

「だ、大丈夫・・大丈夫です。全部で1698コインになります」

 

 

「なんだ提督。どうかしたのか?」

「・・・・」

駐車場で姿を見つけた長門は提督に近寄ったが、分かれる前と明らかに異なる様子に首を傾げた。

黙ったままの提督の視線を追うと、「スーパーいろはにほへと」の入口が見えた。

提督の手にはその店のロゴが入った買い物袋が1つ。

「あのスーパーで釣りでも間違えられたのか?」

「・・長門」

「あぁ」

「北方海域で沈んだ、蒼龍と飛龍の足取りは掴めて無かったよな」

長門は少し俯くと、ややあってから頷いた。

「・・そうだな」

「あのスーパーのレジに居る子が、蒼龍そっくり、いや、本人にしか見えなかったんだ・・」

「だが、蒼龍が轟沈したのは私がこの目で見ている。飛龍もな」

「そうだよな・・轟沈した艦娘がスーパーでレジ打ってる筈は・・無い・・か・・」

長門はふと、地面に黒く丸い点が描かれていくのに気づいた。

「提督。雨だ。11月の雨は冷たい。濡れれば風邪を引くぞ。車に戻ろう」

「・・あぁ」

「気になるようなら、私も見てこようか?」

「一応、頼めないか?」

「任せろ。提督は車に戻っていてくれ。レジは一人だったか?」

「一人だった」

「解った」

提督は駐車場に止めた車に戻ったが、途中何度もスーパーの方を振り向いた。

しばらくして戻ってきた長門はそれらしき者は居なかったと首を傾げたので、

「そうか・・解った。時間も迫ってる。出発しよう」

提督はそう答えたが、その横顔は、悲しみに満ちていた。

 

 

「・・元居た鎮守府の提督がスーパーに来たのかい?」

「はい」

「見間違いじゃないんだね?」

「軍服姿でしたし、その、記憶より年を取ってましたけど、間違いないと・・思うんです」

二村は女性客への対応後、すぐにレジを代わってもらうと、足早に事務所へと戻った。

そして店長に状況を打ち明けた所、店長は坂之上のおばちゃんに電話した。

すぐさま飛んできたおばちゃんに、二村は全てを打ち明けたのである。

店長は二村に訊ねた。

「えっと、立ち入った事を聞きますが、二村さんは提督や元居た鎮守府に、悪い思い出がありますか?」

そう。

二村とは蒼龍の偽名であり、提督は一目で蒼龍だと見抜いていたのである。

二村は首を振った。

「提督は・・とても優しい人でした。私達が沈んだのも、提督のせいではありません」

おばちゃんは腕を組みながら言った。

「どうして、名乗り出なかったんだい?」

二村はおばちゃんになんとも言えない表情をしながら答えた。

「だって・・私は、どんなにこの化けた姿が元の姿に近かろうと、ヲ級になっちゃったんですよ?」

「・・」

「提督は軍服を着てた。つまりまだ海軍にいらっしゃる。それはつまり、私達の、敵、じゃないですか・・」

「・・そう、さね」

「今更名乗り出る資格があるのか、深海棲艦と気づかれた瞬間に殺されるんじゃないか」

「・・」

「このお店にまで迷惑をかけるんじゃないか、でもこんな年月が経ってるのに気づいてくれたのが凄く嬉しくて」

「・・」

「そんな、何をどうして良いか、わっ、解らなく、なっちゃって・・・」

ぽろぽろと涙をこぼし始めた二村の隣に、おばちゃんは席を移すと、

「まぁそうさね・・よく冷静に対処したね・・よしよし、良い子だ・・良い子だよ・・」

そういうと優しく頭を撫でたのである。

 

その晩。

「ねぇ、ひーちゃん。大事な話があるんだけど」

「どったの?そんなマジな顔しちゃって。このクーバリブレは私のだよ?」

「違うの」

風呂から上がり、首にかけたタオルで髪をごしごしと拭きながら、下着一枚で冷蔵庫の前に立つ飛龍に、蒼龍は話しかけた。

飛龍はきょとんとした顔で蒼龍を見返したのだが、普段と様子が違う事に気づいた。

肩をすくめ、冷蔵庫から取り出したクーバリブレの入った缶をテーブルにコトリと置き、

「上着てくるから待っててー」

そう言うと、寝間着代わりのフード付きトレーナーをがばりと被り、蒼龍の前の席に腰を下ろしたのである。

「ほいお待たせっと」

「下も着てきてよ」

「パンツはいてるよ?」

「良いから。長くなるし」

「へーいへい」

飛龍は再び立つと衣装ケースを開け、フリースのズボンを手に取ったのである。

 

 

 


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