Deadline Delivers   作:銀匙

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第18話

カロン♪

 

キッチン「トラファルガー」のドアベルが鳴り響いた。

「いらっしゃ・・おや、二人とも・・早かったな」

ルフィアはライネスの方を向き、口を少し開いた。

だが、震えて声が出なかった。

ちらとその様子を見たクーが、すっと顔を上げて言った。

「ライネスさん」

ライネスはクーを凝視した。クーがそんな呼び方をするのは初めてだったから。

「・・・なんだい?」

「営業時間中にごめんなさい。でもどうしても、今、お聞きしたい事があるんです」

ライネスは奥のテーブルを指差すと、キッチンから出てきた。

そして入口に鍵をかけ、「closed」の札を下げると、二人に続いた。

 

「ルフィアの様子がおかしい事に、関係するんだな?」

ライネスの問いに、クーは頷いた。

そのままライネスはルフィアに視線を移したが、ルフィアは口を開けては閉じるばかり。

しばらく二人の様子を黙ってみていたが、ライネスはがたりと席を立った。

「ラ、ライネスさん、待ってください。ルフィアはちゃんと」

「大丈夫だよ。店を開けるわけじゃない」

 

「ほら」

コトリと二人の前に置かれたのは、あの日と同じ器に入ったチョコミントのアイス。

今日はウエハースも添えられていた。

「溶けないうちに食べると良い。甘い物は落ち着くよ」

 

しばらく、本当に長い間、ルフィアはチョコミントアイスを凝視していた。

ルフィアにとってのチョコミントアイスは、単なる甘味ではないからだ。

さらさらと涙が頬を伝い、ぽたぽたと床に滴り落ちていく。

震える手でスプーンを取ると、そっと、そっとすくい、口に入れた。

 

「・・・」

 

スプーンを口に咥えたまま、ルフィアはしゃくりあげた。

止めよう。止めないと。

ルフィアはそう思ったが、ミントの香りが、チョコの優しい甘さが、沁みた。

結局、嗚咽も、涙も、何一つ止まらなくて。止められなくて。

ついにわんわんと、大声をあげて泣き出してしまった。

クーはルフィアと、ルフィアをじっと見続けるライネスを交互に見ていた。

僕はどうしたら良いんだろう。

 

「ひっ・・ぐすっ・・ううっ」

 

20分ほど経っただろうか。

目をウサギのように真っ赤にしつつも、しゃっくりでむせながらも、ルフィアは落ち着き始めた。

すると、ライネスが微笑んだ。

「やれやれ。よっぽど思い詰めてたんだな?」

「う、うう・・ひくっ・・うう・・」

「・・なぁ、クーちゃん」

呼ばれると思わなかったクーは、驚きながらも答えた。

「はっ、はい!」

ライネスはルフィアを指差しながら言った。

「お姫様は何をそんなに溜め込んで、爆発しちゃったんだ?」

クーは言いよどんだ。それを自分が言って良いのだろうか、と。

ライネスは肩をすくめた。

「クーちゃんがルフィアにとって単なる同僚なら、こんな事は決して聞かない」

「・・」

「でも、クーちゃんはずっと、ずっと一緒だったんだろ?」

「・・うん」

「なら、ルフィアが言いにくい所をカバーして、説明してくれないかな?」

「・・」

「クーちゃんはそれくらいの段階だと、私は思うんだよ」

「・・段階?」

「見ず知らずの人でも出来る段階、親友なら出来る段階、親なら出来る段階」

「・・」

「クーちゃんはきっと、ルフィアにとって母親代わりだから」

クーは少し俯いた。

本当にそうだろうか。

僕はさっき、あんなにもルフィアを惑わせてしまったのに。

その時。

すすり泣くルフィアが、その右手でそっとクーの左手を握った。

 

 助けて

 

手から伝わる思いを、クーは理解した。

クーは顔を上げた。

僕が母親代わりなら、僕がすべき事は1つだ。

「ライネスさん」

「うん」

「ルフィアをお嫁さんとして貰ってください」

 

ライネスの動きが見事に固まった。

だがクーにとって予想外だったのは、しゃくりあげていたルフィアまで固まった事だった。

 

2分間。

 

ルフィアが恥ずかしさで真っ赤になり、卒倒寸前からどうにか意識を回復するまでの時間。

そして、ライネスが何を言われたのか理解するのにかかった時間。

 

クーは言い方がまずかった事をさすがに察したが、どうフォローして良いか解らなかった。

言ってる事は真実だし・・・

「え、えっと、あの」

 

ゴッチン!

 

クーは薄れゆく意識の中で思った。

やっぱり僕はルフィアに殺されて終わるんだね・・・短い一生だったなぁ・・・

がばりとルフィアはライネスに向かって頭を下げた。

「ごっ、ごめんなさい!この馬鹿が変な事言って!」

だがライネスは、まだカクカクとしていたが、真剣な表情で答えた。

「でも、クーちゃんはそういう事を冗談では言わないと思うんだけど?」

「うぐうっ」

「聞かせて・・くれないかな?」

「な、長く、なりますよ?」

ライネスはにっこり笑った。

「私の話だって聞いてくれただろう?おあいこだ」

ルフィアは笑いかけて、再び涙がこぼれた。

いつだってライネスはこうやって優しくしてくれた。

失いたくない。もし失ったら正気でいられる自信が無い。

でも、もうここまで来たら、言うしかない。

全てを失ってしまう原因になるかもしれない、私の願いを。

 

本当に、本当に、そっと、ゆっくりと。

 

ルフィアは気を失っているクーの隣で、自分の思いをライネスに伝えていった。

姪と重ねて見られている事を嬉しくもあり、思い出を汚してはならないと強く戒めてきた事。

だから幼子の好きだという表現しか出来なかったけれど、ずっと違和感を感じていた事。

強くなる違和感と姪との大切な思い出を守りたいという心に挟まれて苦しかった事。

その違和感が強烈な恋愛感情である事に、ようやく今日気づけた事。

 

「・・自覚したのは今日、ナタリアに指摘された時でした」

 

その後クーに言われた事が、あまりにも自分の内側を正しく言い当てていた事も打ち明けた。

もうここまで来たら言い残すほうが後悔すると思ったから。

ルフィアは思った。

おじさまはじっと私を見て、ずっと口を挟まず、耳を傾けてくれている。

時折小さく頷く事以外、本当に何もせずに。

だから、囁くようにか細い声だけど、ようやく自分の気持ちを言葉に出来た。

恥ずかしくて恥ずかしくてたまらない、自分の本当の気持ち。

 

「・・だから私、もう、本当に、どうして良いか、解らなくなってしまいました」

 

ルフィアは目を伏せた。

やっと言えた。言い切った。

おじさまに、全部自分をぶちまけてしまった。

怖くてたまらない。

目を開けられない。

今、おじさまはどんな顔をしているのだろう。

姪御さんを汚したと怒ってるだろうか?

はしたない娘だと軽蔑されただろうか?

でも、もう今更引き返せない。

私の心は、そういう物だったのだから。

 

 

 


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