Deadline Delivers   作:銀匙

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第17話

コツ、コツ、コツ。

しゃきっと背筋を伸ばして歩くルフィアの背中は、すっかり元気を取り戻していた。

だが、ついていくクーは眉をひそめたままだった。

 

「私、一人でおじさまと話をつけてくる。貴方は外で時間を潰してきて」

「えっ?」

「日が暮れたら帰ってきて。大丈夫。絶対しくじらないわ」

 

いつものルフィアのようで、ルフィアじゃない。

クーはそう思った。

ナタリアの事務所で、ルフィアは何かを吹っ切ってしまった。

でもそれは、本当に吹っ切って良いものだったのだろうか?

今のルフィアをおっちゃんと会わせる前に、僕が確かめておかねばならない。

・・・いや。

止めなきゃいけない。

今のまま行かせたらおっちゃんとルフィアの関係が決定的に壊れてしまう。そんな気がする。

 

 「ルフィアアッ!」

 

クーは海沿いの空き地で、そういってルフィアを呼び止めた。

その声はもはや絶叫に近かった。

しかし、それにしゃなりと振り返ったルフィアは、クーの知るルフィアではなかった。

「なぁに?」

クーは奥歯を食いしばった。

これで生涯の友を失う事になったとしても、僕は、やらなきゃいけない。

それが、今まで何度も窮地を救ってくれた友達への恩返しだから。

成功率は絹糸の上を綱渡りするくらい、か細い確率だけど。

 

「ルフィア、聞いて」

「えぇ。どうしたのよ?」

 

 自分を見下すような目つき。

 違うよね、ルフィア。君はそんな子じゃない。

 

「僕は、ルフィアをずっと、ずっと間近で見てきた」

「・・」

「ルフィア。今ルフィアは、その仮面を被る事で全部解決しようとしていないかい?」

「・・えっ?」

「ナタリアが言った事は、ナタリアにとっての答えだと思う」

「・・」

「でもそれは、それだけが世の中全てに通じる答えじゃない」

「・・」

「僕は、ルフィアにとって、そしておっちゃんにとって、幸せな未来こそが答えだと思う」

「・・」

 

 あの日。僕が見たもの。

 おっちゃんに見せたルフィアの最高の笑顔は

 そんな俗物に塗れた物じゃなかった。

 だからこそ、あんなにも輝いていたんだ。

 

「それは、体を求める事で満たされるの?」

「全部ではないけれど・・」

ルフィアは目を細め、続けた。

「少なくとも私は1つ、大きな嘘を自分についてたの」

「嘘?」

「ええ。おじさまに対して、いやらしい事なんて微塵も考えてないってね」

「・・」

「でも、私達30年も生きてきたのよ?元の司令官と体の関係を結んだ子だって居たじゃない」

「居たよ。居たけど・・」

「私達はそういう事を知らないわけじゃない。でもあまり、良い印象はなかった」

「うん。その子は最後に元司令官を殺しちゃったしね」

「だからと言って私とおじさまが男女の関係になっちゃいけないなんて事は無いはずよ」

「誤魔化さないで。僕が聞いてるのは、それだけで良いのって事だよ?」

「・・」

「今、ルフィアがおっちゃんと会ったら、間違いなく体だけの関係になっちゃうよ?」

「っ・・それは・・」

「こんな僕でも解る。それ位今のルフィアはおかしい。まるで獣だよ?」

「・・言ってくれるわね」

 

よし、ルフィアが怒った。

少なくともあの見下した醜い笑顔は剥がせた。

 

「僕はルフィアを!自分の命と同じく大切に思ってる!だから本当に幸せになって欲しいんだ!」

「・・」

 

 このまま行く。

 僕の身と引き換えにしてでも。

 

「この前北欧から帰ってきた時、おっちゃんと手をつないで帰るルフィアは心底幸せそうだった!」

「・・・」

 

 もうちょっと。もうちょっとだけ。

 

「でも!今のルフィアは!おっちゃんとどうやって体の関係になるかしか考えてない!」

「・・・くっ」

「それは篭絡のテクニックであって相手を思う心じゃない!そんなの愛じゃない!」

「・・だって・・うっ・・」

 

 お願い、届いて。

 

「それだけで幸せなの?あの日バス停でおっちゃんに見せた晴れやかな笑顔を作れるの?!」

「・・う・・るさい。うるさい!アンタに!私の何が解るのよ!」

 

 僕は嫌われても良い。

 だから神様、お願いです。

 

「解るさ!散々悩んで自分の心を蝕んで!疲れ果てて!ナタリアの言う事に全部任せたんだ!違う?」

「・・・」

 

 ルフィアをそっちへ堕とさないでください。

 

「ルフィアは自分の幸せの答えを追うのを諦めたんだ!だから獣に落ちたんだよっ!」

「やめ・・てよ・・」

 

 僕の大事な、大事な友達なんです。

 だから、お願い。お願いお願いお願い!

 

「都合良く与えられた答えで!仮面を被って自分を誤魔化して!それで良いって無理矢理納得しようとしてるんだ!」

ルフィアがついに泣き崩れた。

「やめてぇっ!・・やめ・・て・・お願い・・・」

 

クーは肩で息を切らしていた。

間に合った・・・の?

これ以上ルフィアの心をえぐるような事は言いたくなかった。

まだ必要なのか、もう充分なのか。

もうどこに答えを求めたら良いのか解らない。

クーはぐっと奥歯を噛み締めた。

 

 僕はルフィアを救い出す為なら、悪魔にでもなる。

 僕がナタリアの事務所に連れて行った事が過ちだったのなら、僕が責任を取る。

 僕が導いてしまったのだから、僕が連れ出す。

 

1分足らずの間だったが、クーは超高速で考えた。

しかし、考えに考えたプランは全てネガティブな結末しかなかった。

 

 それなら、シンプルに考えよう。

 

「ルフィア・・ねぇ、ルフィア。聞いて」

「・・うっ・・もう、もう、私、どうすれば良いか解らない。解らないよ・・・」

「うん。だからルフィア、一緒に聞きにいこうよ」

「・・へっ?」

「おっちゃんに、二人で一緒に行って、全部話して、答えを聞きに行こう?」

「・・・」

「もしおっちゃんが嫌だって言ったら、この町を出て行こうよ」

「・・・」

「僕は絶対、ルフィアの傍にいる。おっちゃんにはお金を返すし、またいつか時間を空けて会おうよ」

「・・・」

「どう転んだとしても絶対一人にしない。約束する。だからルフィア、結果を知る事を怖がらないで」

「・・・」

「僕と一緒に行こうよ。ねっ?」

 

ルフィアはしばらく放心したように涙を流していたが、のろのろと視線を上げた。

クーが差し出した手を、ルフィアは握った。

 

 

 


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