ルフィアはそのままの姿勢で、過去の記憶の掘り起しから今の気持ちの整理に移っていた。
・・そうだ。
ほんの2ブロックだけ、たった数年だけ、離れて住んで解った事がある。
私はおじさまと居たいんだって。
だって、離れていた時も、おじさまの店に行く理由が出来たらとても嬉しかった。
いつもおじさまの店に行ってたら、きっと寂しくて帰れなくなる。
だからいつもは他の店に行って、食べ損ねたらおじさまの店に行こうって自分へのルールを作った。
だから、だから、事務処理が大変でも、伝票が多くても平気だった。
夢中で仕事しても、食べ損ねたらおじさまの店に行けるって、無意識のうちに思ってたんだ。
でも、おじさまには何一つ言えない。
おじさまは間違いなく、私を見てもルフィアじゃなくて姪御さんだと思って見てる。
それで良いと、納得、した、筈。
私はどのようにでも化けられて、たまたま今の姿が姪御さんそっくりで。
それでおじさまが喜んでくれるなら、それで・・・
それで、良いって・・思っ・・
「ねぇ!どうしたのルフィア?大丈夫!?」
声に気づいて目を開け、焦点を合わせると、いつになく真剣な顔で肩を揺さぶるクーの姿があった。
「・・えっ?えっ?何?」
「良かった、気がついた?さっきからお昼ごはんだよって何度呼んでも来ないんだもん」
「あ、あー・・」
「それはそれとして、ルフィア」
「なによ」
「何でそんなに泣いてるの?」
「えっ?」
ルフィアは自分の頬に手をやった。
そこには幾つもの涙の跡があった。
クーがぐいと顔を近づけた。
「ルフィア」
「う・・うん」
「僕は、どんな事があっても、ルフィアの傍にいるよ」
「・・うん」
「食べたくないかもしれないけど、おっちゃんが待ってるから下に行こう?ちょっとだけでも食べよ?」
「・・・うん、ええと」
「?」
「ありがと、クー」
「へへっ」
1時間後。
「・・だから、姪御さんの代わりで良いって・・思ってた・・筈なのに・・」
昼食を取り、店の片づけを手伝った後、自分の部屋でルフィアはクーにぽつりぽつりと話していた。
ルフィアは思った。
なんだろう。
どうしておじさまの事を話すと涙が止まらないんだろう。
おじさまと居ると楽しいのに、どうしよう、これじゃクーが誤解する。
「うーん・・」
クーは腕組みをして考えていたが、やがてルフィアに向き直ると言った。
「まとまってないから、ごちゃごちゃになるけどさ」
「良いよ」
「まず、えっと、おっちゃんに金を返せなくなっちゃったのは、僕のせいだから、ごめん」
「二人で決めた事でしょ。ナタリアの提案に乗って、古巣の軍閥を助けるって」
「そうだけど、ルフィアの言うとおり、輸送を断って伝言だけする手もあったし、そしたら今頃目標額だったじゃん」
「・・まぁ、ね」
「だから、万一の事とかあれこれ言って強行したのは僕だから、謝る」
「・・」
「で、もう1つの件だけど、ルフィア」
「うん」
「僕が今のルフィアの姿になろっか?」
「えっ?」
「それでさ、ルフィアはもっと年上のお姉さんに化けたらどうかな」
「どういう・・こと?」
「僕はおっちゃんに恩義は感じてるけど、友達以上の気持ちは無いよ」
「・・」
「だから姪っこちゃんの代わりに可愛がられても平気なんだ」
「・・」
「でもルフィアはさ、自分を、えっと、ルフィアとして見て欲しいんでしょ?」
「!」
クーが言葉を選びに選び、そっと放った一言はルフィアの心の深い所にある何かに直撃した。
ふるふると震えだしたルフィアを見ながら、クーはそっと続けていく。
「だったら、ルフィアはさ、えっと、おっちゃんとつりあいの取れる年に化けたら良いんじゃないかな」
「・・」
「地上組では年の取り方も教えてくれるんでしょ?」
「・・」
「その辺りを習ってさ、おっちゃんが死ぬまで人間のように振舞ってみたら?」
「・・」
「今から人間になるより、折角好きな年齢に化けられるんだから、それを生かしたらどうかなって」
「・・」
「ダメ、かな・・」
ルフィアはしばらく沈黙していたが、やがて絞り出すような声で言った。
「も、もし、私が今の姿じゃない姿に化けて、おじさまが、い、嫌だって、言ったら・・」
「・・」
「私・・もう・・生きていけない・・そんな冒険をするの・・こ、こわい・・よ・・」
クーは溜息をついた。
ルフィアは本気も本気、命を賭した恋愛をしている。
だめだ。
恋愛なんてした事が無い僕じゃどうしてあげたら良いか解んない。
誰なら・・この問題を解決出来る?
答えは出ていなかったが、クーはカタカタと震えているルフィアの手を取った。
「行こう」
「・・えっ?」
「とにかく行こう!さぁ!道を開こう!」
店の扉を開けながら、クーは言った。
「おっちゃんごめん!今晩は二人で外で食べてくる!」
ライネスは頷いた。
「あんまり夜に出歩くなよ。泊まって来ても良いから連絡を入れなさい」
「はーい!じゃあね、おっちゃん!」
出て行った二人を見送りながら、ライネスは考え込んだ。
いつも手を引くのはルフィアなのに、今は逆だった。
そしてルフィアはこちらを見ようともしなかった。
昼食の時から様子がおかしかったが、一体どうしたのだろう?
一緒の物を食べてるから、食当たりなんて事は無いはずだ。
やはり昨日の事だろうか?
確かにどっちを選んでも手放しで喜べる未来にはならない。
ルフィアは賢い分、ずっと先を見てしまうのだろう。
ライネスはふと、ポケットから象牙と金で出来たタンパーを取り出し、きゅっと握った。
神様。どうかあの子達に幸せを、御導きください。
私はその為にいかなる助力も惜しみません。