Deadline Delivers   作:銀匙

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第12話

 

「まもなく山甲町、山甲町です。お降りの方は忘れ物の無いようご準備ください」

 

・・キキーッ・・・プシュッ!

 

バスが信号待ちで止まり、ブレーキのエアが抜ける音がする。

ルフィアは窓と背もたれに頭を預け、口をうっすら開けたまま、ぼうっと電線を見ていた。

 

 ・・疲れた・・・今回は・・ほんとに・・

 

隣で爆睡するクーは大いびきをかいてるが、今回だけは大目に見よう。

ベーリング海峡での不愉快な出来事といい、北欧での誤認逮捕といい、今回はなんなんだ。

毎回何かしらトラブルはあるけれど、つり銭を誤魔化されたり予定と荷物が違うとかそんな程度だ。

こんなに命の危機に続けて遭遇し、膝が震えるのを隠しながらハッタリをかまし続けるなんて事は無かった。

 

 ・・・ブルルルーン

 

バスが再び走り出したので、ルフィアは電線を追う視線を下へと移した。

角を曲がった。そろそろクーを起こさないといけない。

ルフィアはゆさゆさとクーの肩を揺さぶった。

もう見慣れた景色だ。

あと500mも走れば私達が降りるバス停・・・あっ!

 

その人影を認めた時、ルフィアの表情に生気が戻り、ぱあっと笑顔になる。

「ねぇ!ねぇ!クーちゃん!起きて!」

「うー、なーにー?」

「おじさまが!おじさまが迎えに来てくれてるわ!」

「・・んじゃ降りるバス停だねー、用意するー」

「何をそんなしょぼくれてるの!早く!」

クーは欠伸をしながら思った。

あれだけ大変な旅路をこなして帰ってきたのに、ライネスのおっちゃんを見ただけで・・・

「よくそんな元気残ってるよねぇ・・僕は無理だよぅ」

「しゃきっとする!おじさまに心配かけちゃだめ!」

 

プシューッ!ガチャッ!

 

バスの自動ドアが開くと同時に、ルフィアは荷物をクーに押し付けながらライネスの胸に飛び込んだ。

「おじさまぁ!」

慌ててルフィアを抱きとめたライネスはにこにこと微笑んだ。

「おおっとっと・・お帰り、ルフィア、クーちゃん。怪我とかしてないか?」

「平気!おじさまに北欧でお土産を買ってきましたの!お気に召すと良いのですけど」

ルフィアの後ろで、バスの運転手が貨物室から二人のスーツケースを下ろしたのを見たライネスは言った。

「まぁまぁ、とりあえず家に帰ろう。長旅で疲れただろう?二人の荷物を持ってあげよう」

クーは目を輝かせたが、ルフィアはパッとライネスから離れてクーの足に着地すると、

「大丈夫です!さぁおじさま、早く帰りましょ!」

「じゃあ帰るとしよう。今日は少し冷えるから子牛のシチューだ。二人が好きなパンも焼いておいたよ」

「嬉しいっ!あのっ、チョコミントアイスは・・」

「勿論あるよ」

「わーい!おじさま大好きー!」

 

「くお・・おお・・本気で踏むし・・僕何も言ってないのに・・ルフィアの馬鹿ぁ・・」

踏まれた足をさすりつつ、二人の背中を見ながらクーは思った。

ほんとにもう・・もう結婚しちゃえば良いんだよぅ・・

 

 

数日後。

 

「・・・」

北欧ルートの件も落ち着き、今日はC&L商会の数少ない休業日である。

ただしキッチン「トラファルガー」は営業日なので、ライネスにあわせてクー達は起きる。

正確に言えば、起きないクーをルフィアが文字通り叩き起こす。

そして朝食の片付けや店の開店準備を手伝い、今に至る。

ライネスは店に出ているが、ルフィア達はそれぞれの部屋に戻っていた。

時折、微かに聞こえる音から察するに、クーは再び眠りについたようである。

窓の外は穏やかな晴れの天気で、真っ白な雲がゆっくりと空を泳いでいる。

 

「・・・」

 

ルフィアは窓の外を眺めていたが、その瞳に景色は写っていなかった。

どうしよう・・

 

話は昨晩に戻る。

「えっ!?ベレーちゃん艦娘に戻れたの!?」

「おう。すげーだろ!今や立派な潜水艦だぜ!」

「あ、あの、ミストレルさん。立派だなんて恥ずかしいです・・」

「良いだろ、本当の事だし」

「はううぅぅぅう・・」

 

キッチン「トラファルガー」にファッゾ達が顔を出す事は珍しい。

そして丁度その時間にルフィア達が店に居合わせる事はもっと珍しい。

ゆえにベレーが艦娘に戻っていたと知ったのはその日から随分時間が経った今夜だった、という訳である。

だが、仔細を聞いたクーは肩をすくめながら言った。

「ベレーちゃんが戻れたのは喜ばしい事だけどさ、その方法じゃ僕達は無理だねぇ」

ファッゾがクーを見ながら言った。

「・・ん?、クーちゃんは戻りたいのか?」

「まぁ・・うーん・・今となってはどうなんだろ?」

「艦娘にって事か?それとも人間にか?」

「悩ましい所だけど・・ルフィアはどう思う?」

一心に自分にも使えないかと考えていたルフィアは慌てて聞き返した。

「えっ?ごめん。何?」

「戻るなら艦娘か、人間かって話」

「・・クーちゃんはどっちにする?」

「あちゃ。返ってきちゃったか・・うーん」

クーは少しの間悩むと、続けた。

「公安とかの目が怖い、という意味では艦娘でも鎮守府に所属しなければ一緒だしさぁ」

「そうね」

「かといって人間になるとあっという間に死んじゃうでしょ」

その言葉にルフィアは俯いた。

大好きなライネスが「たった10年で」あっという間に年老いてしまった。

ライネスの頭に白い物が増え、皺が増える速度と同じく、ライネスとの別れが超高速で近づいて来る。

それはルフィアにとって、最も気づきたくない、考えたくない事だった。

ファッゾが渋い顔をした。

「俺はあまり長生きしたくないが・・ライネスはどう思う?」

グラスを拭く手を止めたライネスは少し考えるそぶりを見せた後、

「姪っ子達が死んだ後しばらくは、正直いつ死のうがどうでも良いと思ってたんだが・・」

ルフィアはライネスの死角となる位置から、じっとライネスを見ていた。

「んーまぁ、今は健康なうちは長生きしたいな。ファッゾも似たようなもんじゃないか?」

ファッゾは肩をすくめた。

「俺は・・ミストレルやベレーの足手まといになる前まで、だな」

ミストレルがギッとファッゾを見た。

「ファッゾ・・アタシがファッゾが怪我したり病気になったからって見捨てるとでも言うのかよ?」

「そうじゃない」

「だったら!」

「俺が60だの70だのになって、今と同じように頭が回るわけ無いだろ」

「・・」

「体だってそうだ。無理が利かなくなり、目も耳も思考速度も衰えていく、それが老いってもんだ」

「・・」

「寝たきりも嫌だが痴呆症にでもなりゃ、俺が覚えてない所で俺がお前達を殴ったり手を焼かせる事になる」

「・・」

「俺は、二人にそんな迷惑というか、悲しい思いをさせたくない」

「・・」

「まぁ、よほど運が悪くない限り、少なくともあと20年は気にしなくて良い話題だと思うがな」

そう言ってファッゾが笑い飛ばそうとした時、ベレーが目を見開いて言った。

「たった・・20年、なんですか?」

 

 

 


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