Deadline Delivers   作:銀匙

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第8話

「それでは、行ってきます」

「お土産買ってくるね~」

「事故にはくれぐれも気をつけてな」

ライネスが見送る中、クーとルフィアを乗せた長距離バスは町の喧騒へと姿を消した。

今日から始まる北欧ルートは、長距離かつ荷物が多いので二人で対応する航路の一つである。

南下して喜望峰を回り込むよりサハリンから北極海を行く方が早い。

そして国内は北海道の北端までは高速バスと列車を乗り継ぐ方が圧倒的に早い。

(かつて最速を誇った旅客機は撃墜事件が頻発した為、今はほとんど軍用機しか飛んでいない)

ゆえに二人は人間の姿のまま、バスに乗って出発したのである。

そしてこのルートはもう1つ、その陸路でも重要な役割があった。

 

「クーちゃん久しぶり!元気してた?」

「ひ~ちゃんやっほ~♪」

ゴン!

思い切り砕けた返事をするクーの頭にルフィアの拳が着弾した。

「う、うぐおおお・・・」

両手で頭を抱えてしゃがみこむクーを横に、涼しい顔でルフィアが言った。

「飛龍部長、ご無沙汰しています。この度もご用命頂き、ありがとうございます」

「あ、うん。ルフィアちゃんこんにちは。二人とも相変わらずだね・・」

「すみません。きっちり言い聞かせておきますので」

ルフィアは飛龍と呼んだが、正確には「元」飛龍であり、現在は深海棲艦のヲ級である。

同じくヲ級となった元蒼龍と二人で暮らし、地上組の北陸地域部長として活躍している。

※本作中では呼称として飛龍のままとする。

「じゃあ早速だけど、倉庫まで行こっか。お昼食べたのかな?」

「まだなんです。乗り継ぎでどっかの誰かさんが全然違う路線バスに案内してくれやがりまして」

そういってルフィアはクーの頭頂部に拳を押し付け、ぐいとひねった。

「いたたたたた!わざとじゃないんだよぅ・・」

「わざとだったらこんなもんじゃ済まないわよ!」

「うえーん、暴力女がいじめるぅ」

「なんですってー!」

「ま、まぁまぁ、じゃあどっか食堂寄って行きましょ」

飛龍は二人をなだめつつ、乗ってきた車のキーを取り出しながら思った。

うん、いつも通り騒がしい。

 

「おいっし~!」

「シロエビのかき揚げは美味しいですね~」

「でっしょでっしょ?お刺身もあるよ」

「んー甘ぁい!」

飛龍が立ち寄ったのは大きな駅の中にあるチェーン店系の食堂だった。

飾らず気取らず、客の出入りが激しい。食券方式なので店員も客をほとんど見ていない。客層も様々だ。

そういう店である方が、深海棲艦の自分達が人の間で紛れるには都合が良い。

刺身を嬉しそうに頬張るルフィアの隣で、クーは店内をさりげなく見ていた。

「・・・」

「どうしたの、クーちゃん?」

飛龍の呼びかけに軽く首を振りつつ、

「ううん。僕の町で過ごす方がのんびり出来るなぁって・・」

飛龍は頷いた。やはりクーはそういう所に敏感だ。

深海棲艦が住み辛い1位は地方の農村、次いで地方都市で、逆に大都会は楽だというのが共通した意見である。

それは人間同士の横のつながりの濃さと言い換えても良い。

勿論一番住みやすいのは人が居ないか、深海棲艦であると知った上でも捕まえる人が居ない地域。

例えばライネスの待つ港町とか。

戦時中であり、巡回中の公安とすれ違ったり、駅や県境で検問を通過する等、ヒヤリとする場面にも割と遭遇する。

その度にライネスがチョコミントアイスを持って笑顔で頷く姿が脳裏をよぎる。

クーはそれほどライネスに思いを寄せているわけではない。

だが、あんなに無条件で優しくしてくれるのは世界でライネスだけであり、早く帰りたいとは思う。

クーはちらりとルフィアを見た。

ルフィアはホームシックにかかってないだろうか?

だが、クーはもう1度首を振った。

仮になっていたとしても仕事は始まったばかりだ。

ならば下手に郷愁を刺激するより、明るく振舞って励まそう、と。

 

「満腹満腹~♪」

「ご馳走様でした。本当に奢って頂いて良かったんですか?」

「あれくらい大丈夫!私に任せなさい!」

「いよっ!太っ腹ぁ!」

ニッと笑うクーの肩を、一気に真顔になった飛龍が揺さぶった。

「・・えっ?私太った?そう見える?ねぇクーちゃんマジ?!」

「ちっ・・違・・うぐぐぐ」

「あっ、あのっ、今のは言葉のあやだと思います!いつもスマートで素敵です!」

ルフィアの言葉に飛龍はクーの肩をパッと離して答えた。

「そ~かなぁ・・いやぁ参ったなぁ」

「あ、あは、あははは・・」

深海棲艦は老いる事はないし、海底で生命維持装置を使って生活する分には体重の増減は無い。

しかし、地上でご飯を食べて生きていくと、体重は見事に増減する。

正確に言えば、痩せるより太る方が圧倒的だ。

生命維持装置は食という楽しみにはならないが、ご飯は美味しいので食べ過ぎてしまうからである。

一方で重量超過で浮上出来なくなったという洒落にならない実例もあるので切実な問題である。

 

とはいえ。

 

「食べる楽しみこそ地上生活の特権だもんね~」

 

車に戻った3人が声を合わせて言ったこの一言に集約される。

なかなかに複雑な乙女心というわけである。

 

飛龍の運転する車は郊外の倉庫へと入って行った。

ここは幾つかのダミー会社を経由して地上組が借りている物流拠点の1つである。

 

「えっと、まずは受け取っちゃう方が良いよね?」

「はい。お願い出来ますか?こちらがリストになります」

「私は書類確認してくるから荷下ろしお願いね。あ、海水はそこに引いてあるから」

「はーい」

クーとルフィアは海水に軽く足を浸すと、ワ級の姿へと戻った。

そして荷受と書かれた白い枠の中に、預かってきた荷物を置き始めたのである。

 

しばらくして。

 

「・・・ねーねールフィアちゃーん」

「ハイ?」

「受ける方は合ってたんだけどさ、預かって貰う方の単位が違ってるよ~?」

「エッ!?ドコデスカ!?」

「ここ。サバ味噌煮缶詰は12トンじゃなくて12ケースだよ~?」

「・・・クー、ソコニ正座」

「ボッ、僕!?」

「コンナ間違イ、アンタシカ考エラレナイデショウガ!」

しかし。

「あ、ごめん!うちが頼んだ発注票自体が間違ってた」

という飛龍の一声が飛んできたおかげで、クーはルフィアの拳骨榴弾を免れたのである。

 

 

 


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