Deadline Delivers   作:銀匙

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第7話

話は現在に戻る。

ルフィアはそっと、ライネスに包みを差し出した。

「うん?なんだ?」

「おじさまの好みに合うと良いのですけど」

ライネスが包みを開けると、小さなマホガニーの木箱が出てきた。

箱の中には象牙と金で出来たタンパー、リーマー、ミニナイフが入っていた。

いずれもパイプで使う道具である。

ライネスは肩をすくめた。

「またこんな高い物を・・」

「おじさまに差し上げるのに粗悪な物なんて選びません」

「箱から出すのさえ恐れ多いよ」

「そう仰らず、ぜひ普段からお使いください」

「うーん」

「おじさまのポケットに入れて頂ければ、一緒に居られるようで嬉しいですし」

ふと、思い出したようにライネスは訊ねた。

「そういえば、どうして家を出たんだい?」

ルフィアは苦笑した。

「クーは騒がしいだけじゃなくて、しょっちゅう食器とか家具とか壊してましたし」

「まぁ・・否定しがたいなぁ」

「ご負担に・・なってしまうじゃないですか」

ライネスはこつんと、ルフィアの頭に軽く拳を置いた。

「あいたっ」

「子供がそこまで気を配らなくて良いんだよルフィア。私は君達と暮らせてとても楽しかったんだよ?」

ルフィアは寂しそうに笑った。

「おじさま、私達は今年で生まれてから30年を数えました」

ライネスがぽかんとしたのを見つめながら、ルフィアは続けた。

「私達は艦娘として数日、その後を深海棲艦として生きてきました」

「・・」

「鎮守府で生まれ、幾つもの軍閥の間を渡り歩き、この町にたどり着きました」

「・・」

「おじさまと出会ってから10年になりますが、私達は化けているだけなので姿形は変わりません」

「そうか・・人間が10年前にあの背格好だったら、今頃成人式とか、そんな感じか」

「はい。そしておじさまは、この10年で随分変わられました」

「老けた、か。まぁ自覚してるよ」

「・・私達は老いませんし、寿命もずっと長いです。でもおじさまの人生は、私達よりずっと短い」

「・・」

「艦娘にせよ深海棲艦にせよ、良い人との出会いはとても嬉しいのですけど・・」

「けど?」

「あっという間に亡くなられてしまうので、お別れが本当に辛いんです」

「・・」

「そしておじさまには、自由に生きる術を教えて頂いたご恩があります」

「・・」

「だから・・おじさまがご存命の間は、少しでも好きな事が出来て、幸せであって欲しいんです」

「・・」

「地上で好きな事をする為には、お金はとても大事です。だから・・私は・・私達のせいで・・」

ライネスはにこにこ笑いながら、目に涙を貯めたルフィアの頭をぐしぐしと撫でた。

「一緒に暮らすと、一人で生きるよりかはお金はかかるよ」

「・・」

「でも、空気を前に一人で飯を食うより、あれやこれや話しながら食う方が旨い」

「・・」

「俺が好きな事は、店を続けてる理由でもあるけど、人と関わり、話をすることだ」

「・・」

「時に洗い物の最中に遅刻魔が店を訪ねて来たりもするけど・・」

「お、主に私達ですよね・・」

「それだって1日中誰も来ないよりずっと楽しいんだよ」

「おじさま・・」

「私の幸せをというのなら、また一緒に3人で暮らさないかい?」

「・・良いんですか?」

「その方が楽しいからね」

「じゃ、じゃあ、今の仕事辞めて、お店を手伝います」

「折角軌道に乗せたんだから辞める事は無いよ。やりたかった事なんだろう?」

「でも、それだと私達は何日も家を空ける事もありますよ?」

「構わないよ。それでも今よりずっと長く一緒に居られるじゃないか」

「あ・・あの・・」

「うん?」

「おじさまは・・いつもそうして、私達を認めてくださいます」

「・・」

「私達は艦娘の時、生きる事そのものを認めてもらえませんでした」

「・・」

「何の為に生まれてきたんだろうってクーと泣きながら冷たくて暗い海に沈んで、深海棲艦になりました」

「・・」

「海の底では皆、悲しみを復讐という暴力で解決する事しか考えていなかった」

「・・」

「そんな悲痛な雰囲気が嫌になって逃げ出したんですけど」

「・・」

「おじさまが私達にくださったチョコミントのアイスは、私達が初めて知った愛でした」

「愛?」

「はい。他にも無償の愛、慈しみの愛、優しさの愛、おじさまは沢山の愛をくださいました」

「い、いや、俺は」

「おじさまが愛をくださったから、私達は愛というものを知りました」

「・・」

「その後も今日に至るまで、おじさまはずっと愛を与え続けてくださいました」

「・・」

「だから私は、おじさまの事が大好きです」

ライネスはまっすぐ自分を見てにこりと笑ったルフィアに、姪の姿が重なった。

 

 「ライネスおじさま、だぁい好き!」

 

ルフィアはライネスが自分を強く抱きしめて泣いている事に驚いた。

あの時から今に至るまで、これだけ声をあげて泣くライネスを見た事が無かったからだ。

だが、すぐに理由が解った。

きっと、あの写真に写る姪御さんの面影を私に重ねて見ているのだろう。

それなら、それで良い。

そうする事でおじさまが少しでも心の傷を癒せるのなら。

おじさま、私はずっと傍にいます。

おじさまが亡くなるまで、この家で、この姿で。

私には、それが出来るから。

 

「というわけでさ、おっちゃん、また来たよ?」

「お・じ・さ・まと!言えと!あれほど!」

「うごごごご!」

「まぁまぁまぁ、ルフィア、その辺で・・・ええっと・・おっほん」

咳払いをするライネスを、きょとんとした顔で見るクーとルフィアだったが、

「・・おかえり。クーちゃん、ルフィア」

そう言って穏やかに微笑むライネスを見て、

「ただいまっ!」

「たっ、ただいま戻りました、おじさま」

ニカッと笑うクーと頬を染めながらもじもじと言うルフィア。

ライネスは思った。

この二人はちっとも変わってないが、それで良いんだ、と。

 

 

 


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