Deadline Delivers   作:銀匙

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第6話

3人が出会ってから5年目のある日。

「・・ほう、起業する事にしたのか」

「はい。働き始めたら仕事場も別の所になっちゃいますから、あの・・」

「おっちゃん、今までありがとうね。それと、手伝えなくなっちゃってごめんね」

閉店後、二人は温めていた話をライネスに打ち明けた。

少し白髪の増えたライネスはいつものパイプをくゆらしながら頷き、少し遠い目をしながら言った。

「手伝いが居なくなるより、家が静かになるのが寂しいなぁ」

「・・・えっ?」

「兄貴達が居た頃は賑やかだったし、店も立ち上げたばかりでてんやわんやだった」

「・・」

「それから2年くらい物音一つしない家に住んだが、悲しい気持ちだったから丁度合っていたんだ」

「・・」

「それがクーちゃんとルフィアちゃんが来てくれて、一気に明るくなった。本当に楽しかった」

「・・」

「クーちゃんは特に人の気持ちに敏感で、私の事も明るく励ましてくれた」

「あえっ・・えっと・・」

「ルフィアちゃんは経営に必要な知識やノウハウを勉強していたし、手帳によくメモしていただろ」

「み、見てましたか・・」

ライネスは紫煙を吐き出すと、ふふっと笑った。

「まぁ、俺はまだ働けるし、ここを離れるつもりも無い」

「・・」

「もし事業が上手く行かなくなって困ったら、いつでもこの町に戻って来るといい」

「・・」

「やりたい事をやっといで。たまには手紙くらいくれよ?」

「あ、えっとね、おっちゃん・・」

「なんだ?」

「僕達の事務所、2ブロック先の倉庫だよ?」

ライネスがジト目になった。

「それじゃお別れでも何でもないじゃないか・・・たまにはメシぐらい食いに来るだろ?」

「でっ、でも、お家は離れちゃうので・・」

「そういや・・どこに住むんだ?この町には貸しアパートとかあまり無いだろ」

途端にクーとルフィアの顔が青褪めた。

 

「本当に本当にごめんなさい」

「気づいて良かったなぁ」

 

自分達の住まいを探していなかった二人は準備の合間に探したものの、結局見つけられなかった。

なので起業した後も、家が見つかるまではライネスの家から通う事にしたのである。

頭を下げる二人に、ライネスは笑った。

「いきなりふっつり居なくなるより、夜だけでも帰ってきてくれる期間がある方が俺は嬉しいかな」

「えっ?」

「ま、気長に探すといいさ」

 

こうして仕事を始めたのだが、出来たてで実績も無い運送会社に向こうから依頼が来る筈も無い。

二人は町を回ったものの、丁度多数の宅配業者が乱立したり、大騒動があった頃で、なかなか依頼を得られなかった。

あっという間に半年が過ぎ、9ヶ月が過ぎ、まもなく1年を迎えようという頃。

 

「見通しが・・甘かったですぅ」

「何があった?」

「信用金庫さんから事業戦略を出せなければ、追加融資は難しいって言われちゃいました・・」

「クーちゃんはどうした?」

「他の海運業者さんの所でアルバイトしてます・・利息だけでも払わないと・・」

 

ルフィアはしょんぼりとした顔でカウンターに座り、苦しい胸の内をライネスに打ち明けた。

ライネスはカシャカシャと食器を洗っていたが、洗い物に目を向けたまま言った。

「話が通じるってのは、仕事を頼みやすいもんだ」

「話?」

「常識と言い換えても良い。たとえばうちに来る何でも屋のファッゾには、ずっと買い物の代行を頼んでる」

「はい」

「最初は買い間違いや俺が銘柄を指定しなかったとかでトラブルも多かったんだ」

「はい」

「だが、お互いに常識がすり合わさってくると、「そろそろ要りませんか?」「あぁ買っといてくれ」で通じる」

「・・」

「便利屋は他にも居るが、今となってはファッゾ以外は面倒臭くて頼む気にならない。そういう事だ」

「なるほど・・」

 

ライネスの話をもとに、クーとルフィアは翌日から倉庫に篭って戦略を練った。

そして

・お客は深海棲艦に絞る

・定期航路で一定期間ごとに何度も顔を出す

・頼まれたら出来るだけ断らない

といった戦略を描き、ライネスに見せた。

「うん。良く書けてると思うよ。ここはこういう風に説明すると銀行が安心すると思う」

ライネスはクー達の話が曲解されないよう、幾つかのアドバイスをした。

運良く、顧客の一人から地上組を紹介してもらい、定期航路の話をすると1本の航路を任せてもらえる事になった。

さらに、古巣の軍閥を訪ねると、幾つか定期契約を結んでくれたのである。

 

「聞いてください!お仕事がもらえて、融資も認めてもらえたんです!」

ぴょんぴょん飛んで喜ぶルフィアに、ライネスは真面目な顔で言った。

「よし。じゃあたった今から、俺は君の事を「ちゃん」を抜いてルフィアと呼ぶよ」

「あっ、な、何か気に障りましたか?」

「違う違う。個人事業主は気を抜いているとな、順調だったものがあっという間にダメになるもんだ」

「・・」

「俺もそういう個人事業主だから、その厳しさは嫌というほど知ってる」

「・・」

「君達二人だと、きっと君が経営戦略を握る事になる。個人事業主としての顔が多くなると思う」

「・・」

「お金の事も、仕事の事も、油断しちゃダメだ。同じ事業主として忘れて欲しくない」

「・・」

「そういう意味で、だよ」

「じゃあ・・私は・・」

ルフィアはほうっと頬を染めると、

「ライネスおじさまと呼ばせて頂きます。今までの御恩に感謝と、敬意を込めて」

ライネスが困ったような笑顔をした。

「あー、姪っ子も俺の事をそう呼んでたな」

「ええっ!?あっ、あの、ごめんなさい!それじゃお嫌ですよね?」

「・・・いや、あの時俺は止めろと言ったが、本当は気恥ずかしくて、嬉しかったんだ」

「・・」

「・・・ん、よし。そう呼んでいいよ」

「良いんですか?あの、ありがとうございます」

「それとさ・・クーちゃんが俺の事をおっちゃんと言うのは何とか・・ならんかなぁ?」

「拳で理解させてきましょうか?」

「待て待て待て。結構ルフィアは手が早いな?」

「・・時折、クーの能天気さに殺意が沸く事は否定しません」

「折角一緒に働いてくれるパートナーなんだから、あんまり拳を使うなよ?」

「・・おじさまがそう仰るなら」

「ん」

 

二人はにこりと笑いあった。

この半年後、結局クー達は倉庫の小部屋を改装して居室とし、そこに今も住んでいる。

 

 

 


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