Deadline Delivers   作:銀匙

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第2話

話は現在に戻る。

 

「さて、事務処理を始める前にっと・・いっ・・いた・・うー・・」

一人残った事務所でルフィアはぎゅっと背伸びをし、入念に自分の肩を揉んでいた。

これをしないと仕事が終わった後、肩や首が痛くて仕方ない。

小学生くらいの見た目であるルフィアがそんな事をしてても大人の真似事にしか見えないが、本人は真剣である。

実際、1度整体師に診てもらった時は

「こりゃ・・岩ですね・・酷いなぁ」

と眉を顰められた。

やってもらうと楽になるが1週間も経たずに凝ってしまうし、人気の整体師さんは予約しても軽く3年待ち。

かといって下手な人にやらせると却って酷くなってしまうから誰でも良い訳でもなく。

一方、クーも全く同じ時間を生きているし、同じくらいの見た目だが、こちらはそういう悩みを言わない。

以前、肩とか凝らないのと訊ねたら、

「あははっ、だってそんな事するとおばさん臭く見えるしー」

と、良い笑顔で言われたので力一杯アイアンクローしておいた。

そのクーは少し前、重さによろめきつつ戸配へと出て行った。

 

戸、といってもクーの配達先は地上の家ではない。

全て海中、正確には航路に設定してある海上受け渡しポイントである。

現在、制海権を握るのは深海棲艦である。

ただ、深海棲艦とひとくくりにするのは人間を人類とまとめるのと同じくらい大まか過ぎる。

深海棲艦の中にも多種多様な考え方があり、派閥があり、多数の軍閥がある。

例えば強硬派の最大派閥は海底国軍、穏健派のそれは地上組である。

そこまで行かなくても特定海域を支配下に置いている軍閥はそれなりの規模を誇る。

隣接軍閥と相互不可侵条約を結ぶには24時間体制での臨戦態勢が必要だ。

突然襲ってくる艦娘にも注意を払わねばならない。

兵站や恩賞が疎かになれば忠誠度が下がり、寝返りなどの政情不安にも繋がる。

なんだかんだ言って軍閥を率いる者はそれなりの人望(?)が必要で、しかも日々忙しい。

西へ東へと走り回る姿を「海中鎮守府の司令官」と揶揄する向きがあるが、割と的を射ているのである。

 

そんな中。

 

C&L商会の売りは、Deadline Deliversゆえの「無所属」という点だった。

軍閥に所属している補給部隊は、他軍閥への輸送はおろか、越境輸送もかなり敷居が高い。

それは輸送艦隊に見せかけて領海内で戦闘を開始されると軍閥の存続が危うくなるからである。

深海棲艦同士も実はあまり信じていないという事である。

 

両者の違いをもう少し詳しく見てみよう。

たとえば、ロシア極東のウラジオストクから、四国沖の軍閥まで届けたい荷物があるとする。

軍閥所属部隊であれば、協力関係にある他軍閥と航路調整を進めながらウラジオストクまでの往復路を決めていく。

実際の行動時も戦闘を避ける為に山のような手続きが必要だし、上陸なんて論外なので海を回りこむ事になる。

だが、C&L商会なら非武装である事が明白で、しかも当該海域を支配する軍閥の言う事を聞くので、

 「ヤァ、クーチャン・・エエト、アイツガ誘導スルカラツイテキナ」

その一言で済んでしまうし、北陸から四国まで陸路を使うので所要日数は圧倒的に短い。そして安い。

もちろん、C&L商会すら信じない軍閥もいるし、彼らが支配する海域はきちんと避けて航行する。

すると、その海域はC&L商会の航路から外れ、依頼する事も出来なくなるので実に不便である。

隣接軍閥が様々な品物を輸入して快適に過ごしていると、それを見た部下から突き上げを食らうので、

 「トッ・・通ッテ良イカラ、コッチニモ宅配頼ム!」

と、言ってくる。

こうしてC&L商会は今では世界の過半数の海域を自由に行き来出来るようになっていた。

なお、拒否している代表格は太平洋ハワイ沖を拠点とする海底国軍であり、その理由は

「敵対する地上組の荷を扱っているから」

である。

ただ、Deadline Deliversは全員地上組の荷を扱っているので、太平洋航路は事実上断絶されている。

C&L商会の定期航路はこれらを避けて設定しており、依頼側も事情を知っているので特に問題はない。

 

この、自由に通れる海域の広さがDeadline Deliversの実力であり、腕の見せ所でもある。

C&L商会はワルキューレに次ぐ航行可能域の広さを誇るが、その秘密は大量輸送能力である。

他の荷を運んでいる最中に頼んでも、荷室に空きがあれば二つ返事で引き受けてくれる。

そしてチャーターではなく定期航路なので船代が安い。

敵対するより取り込んでしまう方が軍閥達にとって利があるようにする。

それがルフィアの戦略であった。

火力に物を言わせ、誰が支配する海域だろうと構う事無く最短航路を突き進んでいくワルキューレ。

かたや自分達軍閥を尊重し、案内に従って航路を取り、頼みも聞いてくれるC&L商会。

Deadline Deliversの間ではお騒がせで知られるC&L商会だが、軍閥からの信頼は大変厚かった。

それは軍閥の頼みを出来るだけ融通するという点をどの立場で見るかという違いなのである。

 

ただ、いつでも無理をして無事でいられる訳ではない。

過去には無頼の深海棲艦達に食料を奪われた事もあった。

(治世者が居ない無頼者の吹き溜まりのような海域は治安も悪く、C&L商会の悩みのタネでもある)

頼まれ過ぎて過積載になり、荷崩れを起こした事もあった。

しかし、そういう事があっても、荷主達は

「まぁ、いつも無理聞いてくれるし、安く運んでくれるからね・・しょうがないね・・」

という感じで血相を変えて怒ったりはしない。

むしろ散らばった荷を一緒に拾ってくれたりする。

こちらも無理を言うから輸送事故にも文句は言わない。

そういう関係になっているのである。

 

昨日から、クーは先週末に遠路はるばる運んできた荷物を近くの海域へと配る仕事をしていた。

定期航路は数本持っているが、1本辺りは3ヶ月に1回の頻度である。

どうしてそうなるか。

例えば極東ロシアとこの町を結ぶ航路がある。

1日に出航し、向こうでの配達と引き受け作業を行い、10日に戻ってくる。

向こうで引き受けた荷を12日と13日で近海域へ、14日と15日で少々遠い海域へと配り、依頼も受け付ける。

事務処理作業も同時並行で行ったとしてもこの航路関係だけで月の半分を消費してしまう。

これを全ての定期航路で単純に累計しても一巡するのに2ヵ月半かかる。

そして税務や金融機関との調整もあり、休みを切り詰めて頑張っても3ヶ月毎にしか巡回出来ないのだ。

もっと来て欲しいと切望されているが、どの航路も人気なので統廃合する訳にもいかない。

時折チャーターの相談も受けるが、到底手が回らないのでテッドに頼んで他所の業者を紹介してもらっている。

ただ、普段C&L商会の輸送費に慣れている顧客なので、実際に契約が成立するケースはそう多くない。

 

「ふにゅー・・」

ルフィアは伝票の束の1つをやっつけると、机に突っ伏した。

書類で使われる言語は日本語、英語、ロシア語、イタリア語、中国語、タイ語と様々だ。

依頼票、受領票、荷受作業請求書、給油代金領収書、果ては食事のレシートと書類も多岐に渡り、精度も様々。

それらをきっちり集計していかないと最終的な財務諸表が作れない。

パソコンに打ち込んでしまえば後は自動計算だが、そこまでが大変なのである。

「ほんと、これで為替レートまであったら余裕で死ねるわね」

深海棲艦の通貨はコインで統一されている。

海軍が運用する擬似通貨を敵対する自分達が使うのもどうかと思うが、今や国際的に通じる通貨は他に無い。

独自通貨を発行する為には造幣局や中央銀行を運用し、通貨レート調整等も必要だが、それらが出来るほどの力は無い。

プラグマチズム的にその辺を割り切った初期の深海棲艦達の英断に拍手を送りたい。

ルフィアは突っ伏したまま顔だけ上げた。

目の前にある伝票は後2束。

ふと柱時計を見ると、まもなく1400時になろうとしていた。

「あー!ランチー!」

大慌てで財布とヘルメットを引っつかみ、事務所に施錠したルフィアは原付に飛び乗った。

 

「お、おばちゃん!生春巻ランチ・・・は・・・」

息を切らせて戸口で訊ねたルフィアに、食堂のおばちゃんは首を振った。

「ええとー・・確か12時半には売り切れたねぇ」

「・・あうー」

「あと・・」

「ふえ?」

「今日のランチは全部売り切れちゃったんだよ・・ごめんね、また来ておくれ」

ルフィアは硬直した。


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