Deadline Delivers   作:銀匙

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第6話

ミストレルが町の流儀に慣れた頃。

ファッゾは何でも屋から「Deadline Delivers」へと鞍替えした。

店の名前も「ブラウン・ダイアモンド・リミテッド」と改めた。

とはいえ、ファッゾはこの話に乗り気ではなかった。

鞍替えするほうが多額の収入を得られるものの、危険を引き受けるのは海原に立つミストレルだ。

だからファッゾはミストレルに何度も確認したが、

「海は好きだし、無差別に撃ちまくる為じゃねーし、元々アタシは船魂だからな!」

といってニッと笑い返すのみであった。

初日の朝、ファッゾはミストレルに言い聞かせた。

「危険を感じたらいつでも遠慮なく言え。すぐ廃業する。元の商売だって生きていける。いいな」

ミストレルはこくんと頷き、開店準備に戻ったファッゾの後姿に向かって

「アタシは借りっぱなしは好かねぇんだよ、司令官」

そう、呟いた。

 

ミストレルが重巡の艦娘だった事は、割と都合の良いポジションだった。

この港町には多くの「Deadline Delivers」が居る。

かつては依頼を誰が引き受けるかを巡り、「Deadline Delivers」同士での揉め事も多かった。

無理に依頼を引き受け、輸送を完遂するどころか轟沈してしまう連中も多かった。

そして争いに巻き込まれた依頼人が死亡する事件が起きた後、協定が結ばれる事になった。

 

 ・仕事を依頼をする場合は、仲介屋のテッドに連絡する事。

 ・テッドは依頼内容に対し、適切な特性を持つ「Deadline Delivers」に仕事を割り振る事。

 ・「Deadline Delivers」が直接依頼を受けた場合はテッドに連絡して断りを入れる事。

 

仲介屋が出来た事で依頼人は「Deadline Delivers」に仕事を頼みやすくなった。

内輪揉めが減り、「Deadline Delivers」の成功率が上がり、次第に世間に認知されていった。

 

とはいえ、テッドは慈善事業ではないので信用出来る「Deadline Delivers」を優遇する。

町を代表する「Deadline Delivers」を紹介してみよう。

 

スピードを求められる時には「アエロマイクロ」が定番である。

妖精2人と元司令官のトリオで、彼らの手段は航空便である。

ただし艦載機ではなく改造したセスナなので、戦闘の激しい海域へは近づけない。

また、大きさや重さなどの制限が多い。

 

極めて大量の物資を運ぶなら「C&L商会」である。

非武装の輸送ワ級二人組ゆえ、普段は深海棲艦の地上組から直接オーダーを受けている。

大量かつ定期的な契約を好み、戦域や鎮守府への輸送は断っている。

 

一方、砲弾飛び交う戦域のど真ん中に届けるなら「ワルキューレ」である。

レ級4人組の火力は中規模鎮守府でさえ火の海に出来るほどで、深海棲艦達も絶対に手出ししてこない。

ただしレ級そのものであるがゆえに艦娘や鎮守府への配達は断り、報酬は最も高額である。

 

コスト面を優先するなら「スターペンデュラム」である。

軽巡1人と駆逐艦3人による4人組で、実は遠征部隊が丸ごと逃亡してきたのである。

ゆえに資源調達や低コストでの輸送を得意とするし、鎮守府や艦娘の「お約束」に明るい。

ただし所持兵装は少ない(ほぼ輸送用ドラム缶しか持ってない)ので、戦域への強行輸送は不得手である。

 

そんな競合ひしめく中で開業する「ブラウン・ダイアモンド・リミテッド」は残るニーズを研究した。

結果、

「1回だけ多めの荷を運んで欲しい」

「長距離航路など、戦闘が予想される海域への強行輸送をして欲しい」

という分野を引き受けたのである。

 

ファッゾは当初、後者の依頼を全く引き受けなかった。

臨時のチャーター便だけで十分食っていける、リスクが高い事はしないと。

だが、開業半年後にミストレルが自ら後者の依頼を引き受けてきたのである。

 

「何でこんな依頼受けたんだ!インドまで輸送なんて正気の沙汰じゃないだろ!」

「一番危ねぇのは太平洋航路のハワイの辺りだ。インド行きなら関係ねぇって」

「これだけ長距離の航路を1度も戦闘に遭遇せず往復出来る訳ないだろ」

「だから武器弾薬を前払い全額支給って条件にしたんだって。ギャラだって桁違いなんだぜ?」

ファッゾはぐいっとミストレルの両肩を掴んだ。

「・・いいか、ミストレル」

「おっ、おう」

「お前がどこで大破しようとな、俺は全財産を投げ打って助けに行く」

「・・」

「だが、この町の小規模なドックじゃ軍の工廠に比べれば出来る事は限られる」

「・・・」

「お前が後遺症で苦しむような目に遭わせたくないんだよ」

ミストレルはその時、ファッゾが司令官の真っ白な制服を着てるかのように見えた。

きっとこいつは愛される司令官だったんだろうな。

・・だからこそ。

ミストレルはファッゾの手をそっと払うと、優しい目で笑った。

「アタシはアンタに救われた。恩は返す。出来る事はやる」

「それはお互い様だ。俺だってミストレルがいなきゃこんな商売は出来なかった」

ミストレルは一呼吸おくと、まっすぐファッゾを見ながら言った。

「信じてくれよ。パートナーだろ?」

ファッゾはしばらく沈黙した後、渋々と言った様子で口を開いた。

「今度から依頼を受ける時は必ず俺と一緒に行く事。それがパートナーの条件だ」

「!」

「俺達は一蓮托生だ。身の危険を感じたら荷を捨てて帰って来い。良いな」

「・・あぁ」

こうして、ミストレルはインドに向けて出航したのである。

 

数日後。

 

「気色悪いなあ・・」

荷を届けた後、台湾沖を北上しながらミストレルは呟いた。

 

ここまで一切戦闘に遭遇していない。

 

遠方で砲火の1つくらい常にあるだろうと想像してたのに、気がつけば航海は終盤。

ファッゾの居る港町はまだ遠いので通信は出来ないが、何事も無く至極順調だ。

順調過ぎて気色悪いというわけである。

 

その予感は程なく現実となった。

 

 




二箇所表現を直しました。

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