Deadline Delivers   作:銀匙

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では、第3章の始まりです。

3章はオリキャラと言いますか、深海棲艦がメインとなります。
お騒がせの二人組、登場です。



3章:「C&L商会」編
第1話


「ねールフィアぁ」

「なによ」

「今月ちょっと多くない?」

「荷が多いのはいつもの事でしょ」

「配達先だってば」

「んー・・」

ルフィアは伝票の台帳をめくり始めたが、その中身は既に十分把握している。

パートナーであるクーの言うとおり、今月は荷の量は変わらないが細々と配達先が多い。

それはつまり大変手間がかかるという事である。

ただ、荷には1件受けるごとに基本料金というものがある。

よって1箇所に大量に届けるより、細々と沢山の配達先に届ける方が売り上げは多い。

ただ、配達先同士が離れていると燃料代がかかり、売上の割に利益が上がらなくなる。

この辺の按配を勘でやる経営者は多い。

だがルフィアは過去の荷を元に統計を取り、配達先が近くて沢山あるタイミングを上手く掴む事に成功していた。

そのタイミングの1つが今回というわけである。

問題はそれによって戸配担当であるクーの負担が激増するのだが、説明し忘れていた事に今気がついた。

さて、これをどう処理しましょうか。

パタン。

台帳を閉じると、ルフィアはクーににこりと笑いかけた。

途端にクーの目が警戒モードに入る。

嫌な予感しかしない、と言う奴である。

ルフィアは言った。

「ごめんなさい、言い忘れてたわ」

「えー・・全体でどれくらい増えてるのさー」

「まぁいつもよりは多いわねぇ」

「どれくらいなのさー?」

クーもルフィアも輸送ワ級であり、深海棲艦としては珍しく武装を持っていない。

基本能力は同じだが、金融機関との調整や経営、事務処理といった業務はルフィアの方が長けていた。

一方でクーは対外的な交渉や戸配など、他人と顔を合わせる仕事が好きだった。

勿論荷が多過ぎる場合はルフィアも運ぶし、クーだって事務処理がからっきしと言うわけではない。

ただ、普段は得意な事を自然とやっている。そういう状態だった。

ルフィアは肩を押さえ、大きな溜息を吐きながら言った。

「あぁ、言われて気づいたんだけど、配達件数が多いから事務処理も増えちゃって大変なのよねぇ」

「えっ・・」

「そうだわ。ねぇクーちゃん、伝票処理手伝ってくれないかしら?今日の戸配終わったんでしょ?」

 

 藪蛇

 

クーの頭の中に真っ先に浮かんだ単語である。

そこらに居るDeadline Delivers、例えばミストレル辺りなら軽く丸め込んでしまうクーである。

だが、ナタリアやテッド、そして目の前にいるルフィアにはあまり勝率は良くない。

今だって明日の配達を手伝ってもらおうと思ったのに、いつの間にか伝票処理を手伝えと言われている。

ルフィアには正攻法も搦め手も通じない。あらゆる意味で1枚上手。

ならば。

「ぼっ、僕!明日の配達分を準備してくる!細々してるから間違えないようにしないとねっ!」

 

 三十六計逃げるに如かず

 

クーは大慌てで荷物が置かれた倉庫めがけて事務所を飛び出した。

ルフィアはひらひらと手を振り、頷いた。

作業分担に合意を得た事に変わりは無い。

ルフィアはタタタとキーを叩き、財務諸表を画面に呼び出した。

バランスシートは改善に向かっているが・・

「やっぱりモンスター前輸送作戦は痛かったなぁ・・」

そう。

町を揺るがす一大騒動となった、モンスターが接近する地点への輸送作戦。

テッドがトトカルチョで賄ってくれて約3割の負担で済んだとはいえ、4千万コインも支払う事になった。

クーには黙っていたが、バランスシートはオールグリーンから債務超過寸前まで追い込まれたのである。

 

 

事案が解決した翌日。

 

興奮と熱気が冷めやらぬ町の中を、ルフィアは無表情のまま原付で走りぬけた。

目的地に着くと深呼吸を1つ。

「・・よし」

ルフィアは荷台からバッグを取り出し、建物の中へと入って行った。その看板には

 「山甲信用金庫」

と記されていた。

 

「こちらでお待ちください。コーヒーでいいですか?」

「・・はい」

 

顔馴染みの職員にいつもの応接間に通されたルフィアの表情は既に冴えなかった。

4千万コインもの支出はC&L商会にとってディープインパクトだ。

本来、財務諸表に重大な影響を与える決定をするならば、事前に主要金融機関と相談するのがマナーである。

しかし、今回の件は最後まで必要額が見えなかった上に支払いまでの猶予がなさすぎた。

だが、テッドがあれだけ手を貸してくれているのに支払いを待ってもらうわけにも行かなかった。

それでは自分達が支払えると信じ、自腹で立て替えてくれたテッドに筋が通せない。

かといって私費で払える額でもない。

 

是が非でも5日後に迫った返済分を低金利で借り換えるか、支払いを待ってもらわねばならない。

それが今回の任務だ。

 

ガチャ。

「お待たせしました、ルフィアさん」

担当職員がドアを開けた途端、ルフィアは両手を祈るように組みながら立ち上がった。

「南城さん、すみません。あの」

南城は苦笑していた。

「モンスター前輸送作戦の件ですね?概要は存じてます。うちも朝から大騒ぎで」

「はい。支出の前にご相談する事が出来なくて・・」

ルフィアはうるると目に涙を貯めて続けた。

「南城さんと築いてきた信頼関係にヒビが入ってしまわないかと・・心配で・・」

「いえいえ、そんな事はありませんから、どうか落ち着いて。現状と今後について相談しましょう」

「す、すみません・・うぅ」

こうしてルフィアはいつもの通り、借り換えや延滞交渉を目標通りに進めていった。

信用金庫を出たルフィアは入る前と変わらぬ無表情だった。

涙の1つや2つで交渉が円滑に進むなら安いものだ。

経営者を取り巻く世の中は甘くない。

 

パパン!パルパルパル・・

 

日頃からルフィアが良く手入れしている原付は、主を乗せて軽快に走り出した。

ルフィアがこの原付を大事にしているのは、勿論長持ちさせてコスト削減を図るという意味もある。

だが、ルフィアはそれ以上にこの原付をとても気に入っていた。

クーが使い捨ての勢いで2~3年毎に買い換えているのとは対照的であった。

キキッ。

ルフィアは赤信号で止まった。

事務所に向かうにはウインカーを出して左折だが、ルフィアは指を伸ばしかけて止めた。

「・・・」

少し考えたルフィアは頷くと、青信号と共に直進した。

 

 パルパルパル・・パパパパパ・・・

 

坂道を登る時でもエンジン音は控えめで可愛いし、乗り心地も穏やかだ。

高級バイクではないけれど、なんだか品の良い感じがする。

 

 パルパル・・パル・・パル・・

 

坂を上り終えると、そこにはかつて高速バスの停車場があった。

パークアンドライド用に一般車用の駐車場も併設されており、ルフィアはそこに原付を進めていった。

 

・・・キキッ。

 

ルフィアは原付から降りると愛おしそうに軽くハンドルを撫でた。

そしてヘルメットを脱ぎ、顎紐でハンドルにぶらさげると、顔を上げた。

 

 ざあっ・・

 

ルフィアの長い髪が丘を登ってくる風に舞い、ルフィアは目を瞑って深呼吸をした。

やっぱり町の中より、ここの方が空気が良い。

「夕方の風も・・いいわね・・」

ぎゅっと腕を伸ばしきると、手すりにもたれかかる。

手すりの先は果てしない海原であり、丘から見下ろす海はほぼ西の方角へと開けている。

ルフィアは左手首に嵌めた時計を見た。

あと20分もすれば水平線に沈む夕日が美しく海原を彩るであろう。

「ちょっとだけ・・サボっちゃお・・」

資金繰りに目処はついた。

一切贅沢出来る状態ではないし、明日からまた山ほど事務処理がある。

だから、今だけは。

お気に入りの場所で一番好きな景色を見ていたい。

深海棲艦になってたった一つだけ良い事があったとすれば、自分で選択する自由がある事。

どんな移動手段を選ぶかも、ウィンカーを出すのを止める事も、仕事を明日に延ばす事も。

生きる事も、死ぬ事も。

みんな、自分で決められる。

・・その代わりに全て自分で責任を負うし、決して世の中は甘くないけれど。

ルフィアはじっと、ゆっくり沈んでいく夕日を眺めていた。

 

 

 


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