明け方、第4219鎮守府。
「一体なんだ、うるさいな!」
普段の起床時間より遥かに早く秘書艦の不知火に起こされた司令官は、苦りきった顔で司令官室に顔を出した。
「申し訳ありません。ですが、武蔵が帰ってきましたので」
司令官は呆然とした表情で不知火を見返した。
「・・確かか?」
「艤装の刻印を確認致しました。間違いありません」
「・・他には?」
「山城も居ります。同じく確認済です」
「どこに居る」
「港に待機させております」
「・・連れて来い」
「かしこまりました」
不知火が去ると、司令官は所属艦娘帳簿を取り出した。
「・・神通、時雨、龍驤は逃亡中に沈んだか?まぁ最終段階だったからな」
パタンと帳簿を閉じた司令官はニッと笑った。
今なら充分クロージングに間に合う。
第1艦隊の全艦轟沈は実に良い手土産になる。
コンコンコン。
不知火のノック音に、司令官はどかりと席に腰を下ろしつつ声を張り上げた。
「おう!入れ!」
ガチャリ。
「お連れしました」
不知火は武蔵と山城を司令官の前に立たせると、自分は2人の少し後ろに控えた。
司令官は無言で武蔵と山城をじっと見ていたが、やがて薄笑いを浮かべた。
「・・お前達を逃亡兵として処分するのは簡単だ」
2人は真っ直ぐ見たまま無言を貫いていた。
「・・」
「だが、折角建造したのだから、その分働いてもらわねばならん」
「・・」
「海軍の為に働く気があるから帰ってきた、そういう事で良いんだな、武蔵?」
武蔵はゆっくりと頷いた。
「あぁ。海軍の為に、な」
司令官は上機嫌で立ち上がった。
「よーしよし、それなら良い。早速働いてもらうぞ」
司令官が差し出してきた手を武蔵はきゅっと握り返しつつ、口を開いた。
「ところで、司令官よ」
「なんだ?」
「神通から聞いたんだが」
「ん?」
「お前は海軍学校時代、みずすましと言われたそうだな」
途端に司令官の表情が曇った。
「・・・えっ?あっ・・ああ、そう・・だ。そうだったな。それがどうした?」
司令官が握手の手を離そうとしたが、武蔵は握ったままニッと笑った。
「なに、簡単な話だ。ちょっと泳ぎを教えてもらいたくてな」
そう言って司令官をやすやすと持ち上げると、窓に向けて振りかぶった。
「おい!何をする!うわああああっ!」
その時。
「司令を離しなさい!」
武蔵が不知火の方を振り向くと、不知火が真っ直ぐ武蔵に主砲を向けていた。
ガチン。
不知火の兵装から、砲弾を装填する音が響いた。
その音を聞き、山城が目を細めつつ不知火を見た。
「・・鎮守府内での兵装使用や実弾装填は厳禁の筈ですけど?不知火さん」
「今は非常事態ですから例外です」
「貴方が決めたルールですし、如何なる時にも例外は無い。そういったのは貴方ですよ?」
「・・」
「ご記憶にありませんか?それとも、ご本人では無い・・とか?」
山城がゆっくりと不知火に問いかけると、不知火はチッと舌打ちをした。
そして武蔵の手をふり解こうともがく司令官に向かい、不知火は今までとは明らかに異なるしゃがれ声で怒鳴った。
「おい、こいつらとっとと始末しようぜ。出撃時の轟沈に拘る必要はねぇだろうがよ」
司令官はぎょっとした顔で不知火に答えた。
「馬鹿!お前何言ってるんだ!」
山城は小さく頷くと続けた。
「やっぱりね」
武蔵は怪訝な顔をし、司令官を体ごとぶら下げたまま山城に尋ねた。
「どういう事だ?」
山城は不知火から目を離さずに言った。
「corrosionの意味、知ってる?」
その言葉に司令官と不知火がピタリと固まった。
武蔵は苦笑いを浮かべた。
「あー・・いや・・」
山城が続けた。
「corrosionには腐食の他、侵食という意味もあるの」
「侵食・・」
「そこにいる司令官が深海棲艦、それも立派な侵食だけど・・」
司令官がビクリとする。
「不知火も深海棲艦・・いいえ、不知火だけじゃなさそうね」
不知火が山城を睨みつけた。
「テメェら・・どこまで知ってる?」
山城はそれに答えず、懐からリモコンを取り出した。
怪訝そうな顔をする司令官、不知火、そして武蔵を前に、山城はニッと笑うと、
「Let's Roll♪」
そう言ってスイッチを押した。
ズン!
巨大な爆発音の後、部屋がゆっくりと傾き始めた。
「い!?」
ギ・ギ・ギイィィィイイイ・・・
部屋の傾きが収まったのを見計らうと、武蔵は倒れてきたソファをどかし、むくりと起き上がった。
そして今は床となった司令官室の壁を見て、山城が何をしでかしたかを悟った。
「山城・・お前、足場を爆破したな?」
「ご名答~」
司令官は開いた窓から「真下の」海に落ちかけていた。
司令官室は今や僅かな足場が支えるのみで、部屋全体がゆらゆらと揺れている。
司令官は自らの体を両腕で支えているが、手が滑るのか、じりじりとずり下がっている。
だが既に、白かった海軍の制服は深海棲艦特有の艶のある黒色に変わり、髪は長く伸びていた。
「シ、不知火!不知火助ケテクレ!引キ上ゲテクレ!」
だがその不知火も、今や床となった壁に下半身が突き刺さっており、艤装が抜けない状態だった。
「くっ!こっ、こっちも抜けねぇんだ!」
山城は澄ました顔のまま、不知火に声をかけた。
「ねぇ不知火、あなた達の計画はもうおしまいだけど、何体くらい入れ替わってるの?」
「こっ・・答えるわけが」
「うふふ・・そうこなくっちゃ。白状されたらお楽しみが減る所だったわ」
悪辣な満面の笑みを浮かべた山城に、不知火の顔が引き攣った。
「まっ、まさか」
「その、まさか」
山城が再びリモコンのスイッチを押した。
ズン!
「!!!!!」
全員の重力が、一瞬なくなった。
スローモーションのように近づいてくる海面。
司令官役だった潜水カ級は気を失って海中に没し、不知火は絶叫した。
「うっ、うわあああ落ちるぅぅぅうううう!!!」
武蔵は歯を食いしばりながらその瞬間を待った。
ドボーン!
海面に叩きつけられた司令官室は木っ端微塵に砕け散った。
「・・・ぷはっ!」
武蔵は自身の頭上にあった壁の塊をどけ、艤装を動かすと海面に立った。
そして周囲を見渡し、同じく浮き上がった山城を怒鳴りつけた。
「山城!お前鎮守府全体の足場を爆破したのか!」
「そうよ?」
「いきなりやるな!そしてそういう大事な事は先に言え!」
「敵を欺くには味方から、よ。なんとも無いでしょ?」
「無表情過ぎるぞお前は!」
「あぁほら、私は面の皮が厚いし~」
「・・意趣返しだな?根に持ってるな?」
「さぁ?」
「と、とにかく・・艦娘が深海棲艦じゃなかったらどうするつもりだったんだ!」
「何の為に2段発破にしたと思ってんのよ」
「えっ?」
「私は艦娘も深海棲艦と入れ替わってる可能性を考えてたの」
「・・」
「1発目は秘書艦の真贋を問わず、海に投げ落とす事を阻止しようとした場合に使う為」
「・・」
「2発目は深海棲艦が艦娘とも入れ替わってるなら、全員白黒つける為、よ」
武蔵はハッとして、周囲を見回した。
すると既に、数体の深海棲艦が海面に浮かび、憎悪の目で二人を睨んでいた。
「ははっ・・掃討作戦開始だな」
「ええ、あの子達も気づいてるでしょ。始めるわよ」
その一言を合図に、山城と武蔵の主砲が火を噴いた。
射線上に居た数体の深海棲艦は木っ端微塵に吹き飛んだ。
鎮守府の瓦解を見て、時雨は神通に言った。
「僕達も鎮守府に行かないと!二人だけじゃ・・」
だが、神通は首を振った。
「龍驤さん、ここから発艦して空爆を始めてください」
「よっしゃ、うちの周辺警備は任せたで」
「ええ。時雨さん、龍驤さんの護衛をお願いします。潜水艦に気をつけてください!」
「わ、解ったよ・・神通は?」
神通は最大戦速に設定しながら答えた。
「武蔵さん達に加勢します!」