Deadline Delivers   作:銀匙

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第5話

「おかわりっ!」

「・・・はいはい」

摩耶から皿を受け取りながら、昼にカレーを作っといて良かったとファッゾは思った。

明日も食べるつもりで鍋一杯に作ったんだが、これで完売御礼だ。

よく食うのは戦艦や正規空母の連中と相場が決まってた筈なんだがな。

摩耶は嬉々としてカレーを頬張りながら言った。

「うちらのカレーとは違うなー」

「あっちはスープカレーというか、カレー粉入り肉じゃがって感じだろ?」

「そうそう。もう少しサラッとしててさ・・」

ふと、摩耶がスプーンを止めてファッゾを見る。

「・・なんだ?」

「何で知ってるんだ?」

「何を」

「軍のカレーとか、アタシが艦娘だとか、さ」

ファッゾはしばらくもぐもぐとカレーを咀嚼していたが、ごくんと飲み込むと

「・・俺は人間。でもそういうのを知ってるとすりゃだーれだ?」

「ああん?そりゃー・・」

摩耶は眉をひそめた。

確かに大本営や鎮守府には人間も少数ながら関わっている。

大本営なら事務官や上級軍人、鎮守府なら警備兵とか・・

「・・司令官、か?」

「ご名答。退役して何年も経ってるけどな」

「定年にしちゃ若すぎねぇか?」

「辞めさせられたからな」

「なんでだよ」

「・・命令違反を繰り返すとな、大本営から調査隊が来るんだよ」

「何の命令違反をしたんだよ」

「知ってどうする?」

「アタシの身が安全かどうか判断する」

「・・ほんとーに信用無いんだな」

「で?」

ファッゾは嫌そうに摩耶を見返したが、逆に促されてしまい、仕方ないとばかりに溜息をついた。

 

摩耶のジト目を見ないようにしつつ、ファッゾはグラスの水を一息に飲み干すと、重い口を開いた。

「・・白旗を揚げた深海棲艦を救助したんだよ」

「うん」

「で、そいついわく、当時大本営が討伐に指定した海域は深海棲艦の大病院がある所だって言うんだよ」

「・・・」

「だから深海棲艦が大勢集まってるけど攻撃の意志はないってな」

「・・」

「俺はついに進撃命令を出せなかったんだが・・」

「あぁ」

「結局他所の鎮守府が攻撃し、俺は敵の工作に屈したとして職を追われた。そういうことさ」

「・・聞きてぇんだけどよ」

「ん?」

「救助した深海棲艦はどうしたんだ?」

「憲兵が来る前にありったけ補給して逃がしたが、どうなったかは解らん」

「そいつは逃がした時、何か言ってたか?」

「もしどこかで会ったら、この恩を必ず返しますってさ」

「・・そっか」

 

目の前のカレー皿を見つめたまま動かなくなった摩耶に、ファッゾが尋ねた。

「お前さんの脱走理由も似たようなもんか?」

「・・・アタシはさ、命令通り戦うのはカンタンだって思ってた」

「ふむ・・・」

「刃向かってくる連中ならボコボコにしてやる自信があるんだけどよ」

「ああ」

「涙を浮かべて震えて手を上げてる連中を的扱い出来ねぇんだよ」

「・・・」

「けどさ、そんな連中にうちの僚艦達は容赦なく攻撃して沈めていく」

「・・・」

「無差別に撃ちまくるのが正義なのか?戦う意志のねぇ連中も皆殺しにするのが正義なのか?」

「・・・」

「そう、思えなくなっちまった。だから遠征の途中で逃げてきたんだ」

「そうか」

 

二人は再びスプーンを取り、何かを考えるようにカレーを口に運んでいた。

そして食べ終える頃、ファッゾがぽつりと言った。

 

「お互い、迷っちゃいかんところで迷っちまったようだな」

「あぁ。あ、あのさ」

「ん?」

「アタシは、この町で生きていけるかな?」

「名前くらい変えとけよ。艦娘も割と多いしな」

「名前を?」

「摩耶って呼ばれて返事したら他の人だったってパターン、結構恥ずかしいぞ」

「ぐ。アンタの名前は?」

「ファッゾ。ブラウン・ファッゾだ」

「んじゃー横文字にすっか」

「今時横文字って・・」

「うっせーな。えーっとー」

 

両腕を組んで長考に入る摩耶を見て、ファッゾは肩をすくめて片付けに入った。

そして鍋釜も洗い終える頃、ふいに摩耶が叫んだ。

 

「よっしゃ!決めた!」

「随分悩んでたな。何て名前にするんだ?」

「ミストレル・ダイヤモンド!」

「どっから出てきたんだよ」

「摩耶の摩は摩訶不思議の摩だろ」

「あぁ、そうだな。だからミストレルか」

「そんで、ダイヤモンドは世界一硬ぇ石だろ?」

「らしいな」

「だから!」

 

自信満々みたいだから突っ込まないでおこうとファッゾは思った。

まぁ、被りそうな名前の奴もこの街にはいないし。

ファッゾは鍵を1本投げて渡すと、廊下の奥を指差した。

「じゃあ突き当たりの部屋で寝ろよ。それが部屋の鍵だ。内鍵もかかる」

「あ・・」

「嫌なら出て行って構わんが、この町にはホテルや宿屋なんて洒落たものはないぞ?」

「そ、その」

「ん?」

「い、一緒に、寝るのか?」

ファッゾはおずおずとこちらを見る摩耶を見て溜息をついた。

「俺は生憎と自殺志願者じゃないんでな。俺の部屋はそっちだ。入る時はノックしろよ?」

「そ、そっか」

「更衣室兼シャワー室はお前の部屋の向かい。明かりがついてたら使用中」

「おう」

「・・覗くなよ?」

大袈裟に恥ずかしがるファッゾに摩耶は真っ赤になって怒鳴った。

「おい!逆だろ!アタシがいう台詞じゃねーか!」

「こういう事は早い者勝ちだ」

「うー」

「じゃーな。おやすみ」

 

パタン。

 

閉じられたファッゾの部屋のドアを見ながら、摩耶ことミストレルはカリカリと頭をかいた。

くそ。町まで送ってくれた礼も、食事の礼も、泊めてくれる礼も、何もかも言いそびれちまった。

肝心な事が言えない。アタシの悪い癖だ。

「・・サンキュー、ファッゾ」

ミストレルはドアに向かって呟くと、そっとあてがわれた部屋に入っていった。

 

翌朝。

「へぇ。うちの冷蔵庫からまともな飯が出せるとはたいしたもんだ」

「へへん。摩耶様に不可能は無いんだぜ」

「・・ミストレルじゃなかったのか?」

「あ」

「ところで、うちは居候を養えるほど金持ちじゃないからな」

「あったりまえだろ!アタシも働くって!」

「よし」

こうしてミストレルはファッゾと手を組む事にしたのである。

 

 

 




1話2000文字前後、と言ったほうが正しいですね。
はい。

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