Deadline Delivers   作:銀匙

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第7話

山城が手にしたスマホには、武蔵が先程テッド仲介所で顔合わせしている場面が写っていた。

「弾ちゃぁく、今っ」

龍驤の冷やかす声に武蔵が抗議しようと口を開きかけたが、その前に山城が話し始めた。

「最近のドローンはね、市販のおもちゃでも結構性能が良いのよ」

武蔵は真一文字に口を結んだ。

下手な事を言えば一発轟沈だと悟ったからである。

「それに、この子とこの子はDeadline Deliversですらないわ」

武蔵はごくりと唾を飲んだ。

何故解る?

何故知ってる?

「・・・」

山城はスマホ越しにじっと武蔵の目を覗き込んだ。

「どうしてDeadline Deliversですらない子達が、レクチャーを受けたがるのかしら?」

「・・・」

山城はスマホを手元に戻すと、手早く操作しながら言った。

「そしてこれは・・その時の動画だけど」

「!?」

山城が再び見せた画面では、無音の動画が再生されていた。

たっぷり5分近く続けた後、再生を中断した山城は口を開いた。

「これだと、武蔵は聞いて頷いている方で、レクチャーなんてしていないわね」

武蔵の顎が震えだした。

「え・・そ・・それ・・は・・」

「あと、動画を拡大する事も出来るんだけど」

「!?」

「ここで配られてる武蔵の手元にある資料のタイトル、読み上げましょうか?」

刹那の瞬間。

武蔵は必死になって過去の山城の追求を思い出した。

扶桑の羊羹を一切れ失敬した時。

海戦時に司令官の指示以上に砲撃し、補給数を誤魔化した時。

あの時、この時、ええとええと・・・・

武蔵はぎゅっと目を瞑って超高速で判定を下した。

いや、山城が推測したにすぎない事が多かった。

これはブラフだ。

本当は読めないのに自滅を誘っているだけだ!

武蔵はそっと目を開けて言った。

「よ、読んでみろ・・・・」

じっと見ていた山城はふぅと溜息をつき、

「舐められたものね。良いわ」

そう呟いてから

 

 「第4219鎮守府討伐計画、ね」

 

と言った。

武蔵は真っ白になって固まった。ブラフにかけたのは失敗だった。

龍驤は首を振った。

「防衛失敗、全滅やな」

山城は再び壁の方に向き直ると、くすっと笑った。

「さて、自白しなかったから減免はナシよ。洗いざらい吐いてもらいましょうか」

「・・・」

「その後で武蔵さんは夕食にしましょうね。私達は先に食べたけど」

武蔵の顎がかくんと下がった。

既に手が打たれている!?

兵糧攻めは武蔵にとって一番つらいうえに、既に腹は減っている。

そこで龍驤が呟いた。

「夕食のメニューはビーフシチューやし、とろ火にかけたままやで」

「ええっ!?」

武蔵は涙目になった。ビーフシチューは武蔵の大好物である。

そして焦げたシチューほど台無しなものは無い。

「今日は山城が奮発せぇ言うから上等な牛肉をたっぷり使うてるんやで?」

「い!?」

「うちらが食べた時が丁度やったし、はよ言わんと煮詰まってどんどん台無しになっていくで?」

武蔵はがくりと頭を垂れた。

「は、話す。全部話すから火は止めてくれ。頼む・・武士の情け・・」

龍驤は山城が小さく頷いたのを見て立ち上がった。

「やれやれ。今回だけやで?」

 

 

その頃、テッドの事務所。

 

「・・・」

テッドは葉巻をくゆらせながら、手帳のメモを確認していた。

「これは解決済・・これは、あー、計画修正か。俺の取り分が減るなぁ・・くそ」

そしてふと、ページをめくる手が止まる。

「・・んー」

テッドは口いっぱいに葉巻の煙を吸い込んだ。

「ミシェル・・か・・」

治安維持庁と連携するのは初めてではなかったので、その違和感をテッドは感じていた。

「やけに親切というか・・親切過ぎるとは思ってたんだがなぁ・・」

走り書きをじっと見ながら、テッドは身じろぎ一つせず考えていた。

単なる勘で可能性に過ぎないが、そう考えると辻褄が合う。

やがて昔の手帳を取り出してぺらぺらとめくっていたが、元に戻すと呟いた。

「作戦開始前に始末をつけちまうか。だが、もう少し手札が欲しいな・・よし」

テッドは立ち上がると、事務所の鍵と財布を手に出て行った。

 

再び、神武海運の事務所に戻る。

 

「ほっ、ほんとうに、本当に君って人は・・君って人は!」

武蔵の説明の途中で、既に仁王立ちして両手に拳を作って震えていたのは時雨だった。

「ここまでが私の当初の計画だったが、テッドが噛ませろといってきてな」

「えっ」

「任せた結果、新たな情報がもたらされた」

「・・えっ?」

武蔵が眉をひそめ、まっすぐに時雨を見た。

「落ち着いて、聞いて欲しい」

山城がゆらりと武蔵を見た。

 

「・・そ、そんな・・う・・嘘だ・・ぼ・・僕は・・」

武蔵の話を聞いた時雨は今度は真っ青な顔でがくがくと震えていた。

龍驤が肩をすくめた。

「ま、それなら辻褄が合うなあ。あの屑が来てからの鎮守府は文字通り地獄やった」

山城は壁の方を見ながら頷いた。

「そうね。姉様が沈んだのはあの屑の差配のせい。意図的に殺す為なら正鵠を得ていたわ」

時雨は俯いた。

「で、でも、ほ、本当に、あの司令官は深海棲艦なのかい?」

武蔵が言った。

「それを暴き、仮説が真実ならば治安維持庁と協力し、連中を一掃する」

時雨はハッとした顔で武蔵を見た。

「でっ、でも、鎮守府で司令官に砲撃したら武蔵が反逆罪で処罰されるんじゃないのかい!?」

武蔵はきょとんとした。

「忘れたのか?私は自分の意思で鎮守府を後にした以上、既にお尋ね者だ」

「・・」

「だがお前達は私が脅して随伴しただけだ。だからあの司令官が居なくなり、まともな司令官が来たら戻れば良い」

「そんな理屈は通らないと思うよ、武蔵」

「心配ない。ケイルに頼んで調べてもらったが、お前達は手配リストには入ってない」

「えっ?」

「勿論私は誘拐と逃亡の2件に司令官殺害まで加わるから極刑確定だな。はっはっは!」

「・・・!」

 

パン!

 

乾いた平手を打ったのは目に涙を一杯に貯めた時雨で、武蔵は痛みを感じる前にただただ驚いていた。

時雨が自分に手を上げた事などなかったからだ。

山城が壁を見たまま呟いた。

「貴方の犠牲の上に私達だけ鎮守府に戻って、元通りやっていけると思ってるの?」

「・・・」

「神通があれだけ自分を追い込んだのは、目の前で那珂と川内が沈んだからだし」

「・・」

「皆、姉妹を、友人を思いあってる。貴方が死にたがってるのも大和の元に行きたいからでしょ」

「!」

武蔵が真顔に戻って顔をそむけた時、時雨はハッとした顔になった。

そうだ。武蔵も、目の前で大和の轟沈を見ているのだ。

その後も全く変わりなく過ごしている・・そう見せていたのか?

・・そうだ。

 

だって。

 

鎮守府の中でもとびきり仲良しだった武蔵と大和だ。

姉が沈んだ事に武蔵が何も感じない筈がないではないか。

あまりにも変化が無かった事をもっと疑うべきだった。

時雨は自分の頭に拳を打ちつけた。

僕は、僕はどうしてこんな、こんな表面的にしか物事を見られないんだ!

2発目・・

「もう止めなさい、時雨」

山城の静かな声がしたが、時雨は自分が許せなかった。

3発目・・

「し、時雨、もう止めとき?コブになるで?な?」

龍驤の声を無視して4発目を振りかぶった時、背後から時雨は腕を掴まれた。

時雨がギッと振り向くと神通が立っていた。

いつの間に入ってきたんだと、時雨と龍驤は驚いた。

山城は時雨を掴もうとしていた手を戻し、ちらりと神通を見て微笑んだ。

武蔵は驚くよりも先に、いつもと様子の違う神通に既視感を覚えていた。

あの・・身のこなしは・・・

 

 

 


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