Deadline Delivers   作:銀匙

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第6話

武蔵は神武海運の事務所に入りつつ言った。

「帰ったぞ」

すると、普段挨拶を返す時雨とは異なる声が返ってきた。

「武蔵さん、おかえりなさい。早速だけどちょっと良いかしら?」

声の方を見ると、スマホを見たまま話しかけたと思われる山城と、こちらを見つめる時雨がいた。

・・まずい。

「・・少し喉が渇いていてな。水を飲んでくるからその後で聞こう」

ピンと来た武蔵はそう言って踵を返そうとしたが、

「そう思って麦茶持って来たで。さぁさぁ座りや」

そう言いながら部屋のドアを後ろ手に閉めたのは、龍驤であった。

 

「さて、一体なんだ」

武蔵は肩をすくめると、諦めて時雨達の座るソファと直角に置かれた1人がけのソファに腰を下ろした。

山城はそっと目を閉じたまま壁の方を向き、時雨は何か言いたげな顔である。

龍驤は麦茶のコップを武蔵の前のテーブルにコトリと置きながら言った。

「なぁ武蔵、うちらもう何年の付き合いやったかなぁ」

「今更なんだ。軽く10年は付き合ってるだろう?」

「そうやな。元は他人の夫婦でもな、10年付き合えば色々解るようになるらしいで」

「あいつはケッコンカッコカリしたい奴ではなかったのでな、知らん」

龍驤は武蔵の向かいの一人がけソファに身を預けながら言った。

「まぁそこはうちらも同意見やけど、話はちょっち違うんや」

武蔵はごくりと麦茶を飲んだ。

喉がからからなのは外を歩いたからではない。

山城が薄目を開けながらそっと口を開いた。

「私は時雨と仲良しだから、なんとなく雰囲気で解るの」

「・・」

「時雨は相変わらず神通に攻撃を知らせられなかった事を悔いてるけど」

時雨がどきりとした顔になるが、山城は構わず続ける。

「最近は少し余力が出てきたように思う」

「・・」

「まずは時雨を助けてくれた武蔵に、時雨の友人として礼を言うわ」

「・・どういう事だ?」

「貴方と二人で夕島整備工場から帰ってきてからだから。時雨がそうなったのは」

「うっ・・まぁその、大した事はしていない」

武蔵は目を瞑った。山城の洞察眼と考察能力はすさまじい。

戦場である限り、僚艦である限り、それは素晴らしく心強い。

しかし向こうに回すと肝が冷えるどころか凍りつきそうなくらい怖い。

117研初代所長の取調べと山城の追及、どっちが恐ろしいかと武蔵は考えたが、止めた。

どっちも経験したが、怖すぎる事に変わりはないからだ。

「だから少し、猶予をあげるわ」

「えっ?どういう事だ?」

武蔵の問いに答えず、山城は再び目を瞑った。

それを見た時雨は、おずおずと武蔵に向かって話し始めた。

「そ、それでね。僕は少し、気がかりに思ってる事があるんだ」

「ほう?」

「武蔵は僕達に内緒で、何か動いていないかい?」

「んー?何かとは何だ」

「じゃあ聞くけど、テッドさんの用向きはなんだったんだい?」

「あぁ、あれか。あれは指南のようなものだ」

「指南?」

「この間、モンスターと対峙した件があっただろう?」

「武蔵が護衛隊長を勤めた件だね。山城と二人で参加したよね」

「あぁ。あの時の功労者はナタリアだが、私の判断も聞きたいという奴がいてな」

「・・」

「なので何回かに分けて、どういう状況でどう判断したか解説に行ってるんだ」

武蔵は言い終えると、麦茶を口に運んだ。

危ない危ない。

テッドが言い訳を考えておいてくれなかったらこうは答えられなかった。

武蔵はコップを置くと、すっと右手で左腕をさすった。

時雨はふうんと言ったが、山城の反応は薄かった。

 

龍驤は肩をすくめつつ口を開いた。

「なぁ武蔵、うちがさっき言った事覚えとるか?」

「夫婦がどうのという奴か?」

「10年付き合えば色々解るようになる、ってとこや」

「覚えているが?」

「武蔵はな、嘘つく時は軽く右を向いてな、つき終わった後に左腕をさするねん」

武蔵がぎくりとして固まった時、山城が言った。

「正確に言えば、こんな感じで私達がカマかけて、びくっとしたら本当に嘘をついている」

「んなっ!?」

山城は正面の壁を向いたまま、少しだけ顔を上げて目を開いた。

「時雨の荷を武蔵が肩代わりしようとしている」

「う・・」

「そしてこの町のDeadline Deliversを指揮下においてるテッドの元に足しげく通っている」

「い、いやそれは」

山城はふたたび沈黙した。

もちろん部屋を静まり返らせ、武蔵を精神的に追い詰める為である。

龍驤がそっと、優しい口調で言った。

「そろそろ観念しぃや。山城は怖いで?」

「な、なんの・・こと・・」

時雨が泣きそうな目で武蔵を見た。

「僕の為に武蔵が死ぬような事があれば、僕は今度こそ後を追うよ?」

武蔵はギッと時雨を睨みつけた。

「ダメだ!お前は神通や山城の傍に居なければだめだ!」

時雨がぽろぽろと涙をこぼしながら返した声は、もう叫び声に近かった。

「なら何をしようとしてるんだい?僕は嫌な胸騒ぎが止まらないんだ!」

「だっ、だから、ただ単に説明を」

龍驤が上目遣いに武蔵を見ながら言った。

「ええか、時雨が今度口をつぐんだら山城が動くで?今が最終警告段階やで?」

時雨が涙をいっぱいに貯めた目で武蔵をまっすぐ見つめた。

「本当に・・何をしているんだい?」

「い・・いや・・だから・・」

たっぷり1分は見つめあった後。

ついに時雨が悲しそうにしゃくりあげながら俯いた。

猶予は終わった。そういう事か。

武蔵は無意識に歯を食いしばった。

ぞわぞわと鳥肌がたつ。

まるで遠方に居る敵が放った砲火が見えた時のように体をこわばらせる。

その時。

砲塔を向けるように、ゆらりと、ゆっくりと、山城が武蔵の方を向いた。

武蔵は身じろぎ1つしなかったが、獅子に睨まれたネズミのような心境だった。

「・・自分から言う気は・・ないのね?」

「だ、だから・・説・・め・・」

「残念だわ・・本当に」

武蔵は震えが止まらなかった。

山城怖い!

怖すぎる!

一体どこまで知ってる!

 

すっ。

 

山城が、手にしていたスマホをこちらにぐいと突き出した。

「?」

そして、ゆっくりと武蔵に見えるように裏返した。

「!?」

武蔵は凍った手で心臓を掴まれたような気分になった。

 

 

 


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