「今日は計画のお披露目と顔合わせが目的だ」
テッドは集まったメンバーに向かってそう言った。
武蔵は見慣れぬ顔ぶれを前に頷いた。
確かにこんな作戦だ。メンバーの顔は知っておきたい。
テッドが武蔵の反対側に座る二人を紹介していった。
「こっちは地上組治安維持庁日本支部3課から来た、ミシェルとサマンサ」
「こっちは今回の依頼者となった武蔵だ」
二人の女性は武蔵を見てにこりと笑い、うやうやしく頭を下げた。
「こんにちは」
「よろしく頼む」
武蔵は敬礼を返しつつ、小さく首を傾げた。
どこかでこのアクセントに覚えが・・気のせいか。
テッドが続ける。
「俺達と治安維持庁はあまり普段縁が無いんで説明しとくぜ。まず、地上組は穏健派だ」
武蔵が頷いた。
「そう聞いている」
「ただ、深海棲艦が陸で暴れれば人間じゃ太刀打ちできんし、それが公になれば地上組全体に影響が出る」
「・・」
「だから地上組自らが取り締まり、秩序を保ってる。まぁ海軍でいう憲兵みたいなもんだ」
武蔵は疑問を口にした。
「で、今度の件とどんな関係があるんだ?」
「まぁ待て。でな、自地域の治安維持に当たるのが1課、地域外の広域連携捜査をするのが2課」
テッドは肩をすくめた。
「そして、好戦的な深海棲艦による地上侵略やテロ等の破壊活動を防いでるのが3課なんだそうだ」
「ん・・なっ・・・」
武蔵は目を見開いた。
テッドは葉巻に火をつける間、部屋には奇妙な沈黙が流れた。
紫煙をゆっくり吐き終わると、テッドは武蔵に話しかけた。
「俺も軍を辞めてからこの話を初めて聞いたし、その時は呆れ返ったもんさ」
「・・・」
「だが、日本支部のエリア長もこの事を認めてるし、聞かされた理由も納得出来た」
「どう・・いう・・」
「地上組は穏健派だがリアリストだ。艦娘が深海棲艦になる理由は知ってるだろ?」
「轟沈時の・・強い思念」
「そうだ。例外も居るが、ほとんどは特定対象への怨念だ」
「あぁ」
「だとしたら、口約束だけで大人しく生きていくわけがねぇ。特にその対象を見つけた時はな」
「・・」
「十分な抑止力こそ治安維持に欠かせないと地上組は最初から解ってたって訳さ」
「・・」
「その証拠に、治安維持庁は地上組の中で最古の組織らしいぜ」
「・・」
「つまりまぁ、深海棲艦が地上で目立った破壊活動が出来ないのは3課のおかげってことだ」
「そう・・だったのか・・」
武蔵はずしりと体が重くなるような気がした。
地上組が居る事自体知らなかった海軍時代は、自分達の働きで深海棲艦の上陸は防がれていると考えていた。
そうでなければあれだけの激務に耐える事は厳しかっただろう。
逃亡兵となり、この町で地上組の話を聞き、深海棲艦のDeadline Deliversを見て、現実を受け入れざるを得なくなった。
しばらくの間、皆で声も出ないくらいショックを受けた事を覚えている。
だが、今のインパクトはそれ以上だ。
・・・艦娘は一体、何の為に戦っているのだ。
「少し、補足しますね」
しゅんとなった武蔵を見て、ミシェルが口を開いた。
「私達は日本の組織で言えば、公安や機動隊に近い存在だと思います」
ゆっくり武蔵が自分の方を向いたので、ミシェルはにこりと微笑んだ。
「艦娘の皆さんが軍隊として国家間防衛を行い、それでも国内に入ってしまった不穏分子を始末するのが我々」
「・・・」
「ですから我々だけでは、決してこの平和は保てないのです」
武蔵は首を振った。
「謙遜は無用だ。私も艦隊の一員として様々な戦いを見てきたから、目を見れば何となく解る」
「・・」
武蔵は目を細めた。
「二人とも相当上位・・姫クラス、だな?」
ミシェルは肩をすくめた。
「隠し切れませんか。さすがですね。でも、我々の活動範囲も、予算規模も、海軍とは比べ物になりません」
数秒沈黙していた武蔵は頷き、パンパンと両手で自分の頬を叩くとミシェルに向き直った。
「地上の治安維持に力を尽くして頂き、この武蔵、艦隊を、いや、軍を代表して礼を言う。先程の無礼を許せ!」
ミシェルは笑った。
「テッドさんも先代の班長にそう仰ったそうですよ。お二人は似てるのですね」
「えっ」
武蔵がふと見ると、明後日の方を向いてスパスパ葉巻をふかすテッドが見えた。
「ほほう。普段は自分の事しか気にしないと豪語しているテッドがなぁ」
「あーあーあー、俺の事は良いんだ俺の事は」
「ほほう。ほうほうほう」
「ニヤニヤ笑うな武蔵!っと、それは良い。どう繋がるかの答えはミシェルから聞けよ」
ミシェル達の話を聞いた時、武蔵の顔から一気に表情が抜け落ちた。
テッドは肩をすくめた。
「俺も念の為と声をかけて初めて知った。前代未聞だし、ある意味丁度良いタイミングだったのかもな」
武蔵はミシェルを見て言った。
「・・ミシェル殿、1つ聞かせてくれ」
「なんでしょう?」
「容疑者は、どうするんだ?」
ミシェルは微笑んだ。
「地上組には確かに治安維持庁はありますが、司法や刑務所まであるわけではなく、更正も期待していません」
「あぁ」
「ですから、罪状が固まり次第・・」
ミシェルは目を細め、とんとんと手刀を自分の首に当てながら言った。
「一切を殲滅します。我々はその為に力を行使する事を元老院から認められています」
武蔵は頷いた。
「それなら我々は、きっちり同じ立場で事に当たれるわけだ」
「ええ。お任せください」
テッドが書類を配りながら言った。
「という事で、俺の立てた作戦を説明するぜ。気になる事はその場で言ってくれ」
武蔵は説明を聞き、頷きながら武者震いしていた。
それはテッドの素晴らしい作戦のせいか、それとも、久しぶりに戦えるからか。
武蔵は後者だとすぐに理解し、苦笑した。
艦娘は戦う為の船の魂。戦いと聞くと血が騒ぐのだな、と。
ミシェルは武蔵を見て目を細め、サマンサはそんなミシェルを見てふふっと笑った。
説明を続けながら、テッドはその様子と浮かんできた考えを手帳に走り書きした。
117研時代からの癖だ。
同時刻、4219鎮守府。
「・・今日も終業時刻か」
「では失礼致します。お疲れ様でした、司令」
「ん」
とんとんと書類を整えた秘書艦の不知火が一礼して出て行った。
司令官は席から立つと、窓際に寄った。
「・・・」
4219鎮守府は狭い入り江に建っていた。
高波等の浸水を防ぐ為、寮や司令官棟は海底から足場を組み、およそ5階程の高さに建てられていた。
そのおかげで司令官室の景色は遮る物もなく、実に素晴らしい眺めだった。
「・・うっとうしい艦娘の声が静かになってせいせいしたぜ。後は資源移送だけだ」
司令官は夕日を眺めながら、そう呟いた。
ここでの勤務もあと少しだ。