Deadline Delivers   作:銀匙

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第4話

時間は武蔵がテッドの事務所に居た時に遡る。

 

「そういうわけで、神通の容態が余り良くない。最近はほぼ1日中眠ったままになっているのだ」

テッドは武蔵を見つつ、葉巻の煙を含みながら眉をひそめていた。

少しの沈黙の後、テッドは紫煙を吐きながら口を開いた。

「俺がまだ軍に物言える立場なら、その司令官を空爆演習の標的にしてやるんだがな」

武蔵はふっと笑った。

「誰かさんは僅かな情報から特別機密事項を言い当てた上に上官を殴ってクビになったからな」

「うるせぇな。ちょっと考えりゃ解る事じゃねぇか。なんで皆解らねぇんだ」

「お前ほどの天才が日本の政治家に1人居たら、とうの昔に元帥共の与太話を見抜いているだろう」

「正論過ぎて反論出来ねぇよ」

「まぁ、神通を案じてくれるのはありがたい。礼を言う」

「・・俺には案ずる事しか出来ないがな。心を壊すってのは殺しと一緒だぜ」

「だから引き続き、輸送業務、特にトラックによる陸送は控えたい」

「お前や時雨ちゃんも運転出来るんだろ?」

「そうだが、時雨は神通を案じて傍を離れないからな」

「・・くそっ。本当に狙撃してやりてぇな。クソ野郎め」

武蔵がふっと笑った。

「お前が手を下すまでもないさ」

「どういうこった?」

「あ、おっと、いや、なんでもないさ」

テッドがじとりと武蔵を見上げた。

「なぁおい、武蔵。変な事やろうとしてねぇよな?」

「さぁてな」

「武蔵、お前まで居なくなったら本気でお前んとこは崩れるぞ?」

「・・大丈夫だ。時雨が居る」

「強かろうと何だろうと、時には支えが要るってもんだぜ」

「・・」

「強い奴ほど限界まで我慢してぶっ倒れる。神通だってそうじゃねぇか」

「・・」

「よし、俺にも1枚噛ませろよ、武蔵」

「・・だから、何も無い」

「水臭ぇ事言ってると時雨にばらすぜ?」

「なっ・・なにをだ」

「あの時お前は真夜中の波止場の岸壁でよ・・」

「それは忘れろと言っただろ!まだ覚えてたのか!」

真っ赤になる武蔵を前にテッドはニヤリと笑った。

「俺様は天才だからな」

「・・やはり46cmの咆哮を聞かせた方が良いようだな」

「空砲でもミンチになるわ馬鹿野郎」

「ならば忘れろ!忘れるんだ!」

「あー、武蔵の計画に1枚噛みたいなー」

「・・・くっ」

「噛まないと忘れられないなー」

武蔵は心から、自らがうっかり放ってしまった一言を、そして波止場での一生の不覚を呪った。

絶対テッドの奴は噛ませた所で忘れる筈がない。

だが他にオプションはない。

「・・絶対に、絶対にうちの連中に言わないな?言いそうな奴にも言うなよ?」

「例えば?」

「クーの奴とか」

「俺がそこまで間抜けに見えるか?」

「いや、そうではないが、しかし・・・」

「そろそろ諦めな。俺の元の職場知ってるだろ?喋らせる事が仕事だったんだぜ?」

「・・マムシの117研め」

「マムシって言うな。仏のテッドさんとは俺の事だぜ?」

武蔵がテッドの腹を見ながらニマリと笑った。

「大黒腹の大山事務官とやらは知ってるが、仏のテッドなんて知らんな」

テッドがすうっと真顔になった。

「・・今から時雨に電話してやる。時雨の携帯にな」

「やめろ!ほんとに止めろ!46cm撃つぞ!撃つからな!」

テッドは受話器を上げ、並ぶボタンの1つに指を乗せた。

「俺は本気だぞ!このボタンは時雨直通だぜ!打ち明けるかバラされるか選べ!」

二人は30秒ほどにらみ合った後、

「くそっ」

ついに折れたのは武蔵だった。

 

テッドと武蔵が言い争ってる頃、某所。

 

「局長」

顔を上げると、目の前に部下が立っていた。

「なんだ」

「第15四半期の定期リポートをお持ちしました」

「ん・・そうか。ご苦労」

受け取った書類をぺらりぺらりとめくり、くっくっと笑った。

「よしよし、予定通り終盤だな。上層部もこのままなら本稼動を認めてくれるだろう」

「序盤は例外もありましたが、現在はほぼ順調です」

「新たなケースも無いな。まぁ次の四半期でクロージングだ。仕上げまで気を抜くなと指示しておけ」

「かしこまりました」

部下が立ち去ると、局長は書類をばさりと籠に放り込み、元の仕事を再開した。

その表紙には

 

 Corrosion計画テストリポート

 (セクト2 ターム15)

 

と記されていた。

 

それから30分ほど後、テッドの事務所。

 

「なぁ武蔵」

「なんだ・・もう本当に計画はこれで全部だ」

テッドは眉をひそめ、真剣な目で武蔵を見た。

「これで、全部、なのか?」

「・・本当だ。どういう事だ?」

テッドは椅子の背にのけぞると、呆れたような視線を送った。

「絶対失敗するぜ、これ」

「な、なにっ?完璧じゃないか!」

「完璧に、見落としてるだろ。相手は人間だぜ?海原を追ってこれる訳ないだろうが」

「あ」

テッドは肩をすくめた。

「まぁ基本は悪くねぇから組み直しといてやるよ」

武蔵は腕を組みながらテッドを見た。

「何でそこまで肩入れする?」

テッドは地図を見たままボソッと言った。

「んーまぁ、神武海運に復活してもらいたいっていうのと、あとは」

「・・・」

「俺の愛も込めて、そいつの額に風穴を開けてやりたくてな」

武蔵とテッドはニッと笑いあった。

そしてしばらく後、テッド仲介所の玄関を出た武蔵は吹っ切れた顔をしていたのである。

 

 

数日後。

 

神武海運の電話が鳴ったので、時雨が取った。

「はい、神武海運だよ」

「よぉ時雨ちゃん、俺だ」

「こんにちはテッド、何か依頼かな?」

「ちょっと武蔵に用があるんだが、居るかい?」

「居る筈だよ。代わろうか?」

「いや、居たら事務所に来てくれと伝えてくれ」

「うん・・解ったよ」

そういうと時雨は電話を切り、席を立った。

 

「そうか。すぐに行く」

艤装の手入れをしていた武蔵は、時雨から話を聞くと手早く仕舞い、テッドの事務所へと歩いて行った。

その後ろ姿を見送りながら、時雨は首を傾げた。

確かにテッド仲介所との窓口担当は武蔵であり、呼ばれるのはおかしな事ではない。

ただし、それは仕事の依頼がある場合だった。

傭兵にも輸送にも声はかかってない筈なのに、ここ最近何度も出向いている。

「どうして、何度も呼ばれるのかな」

時雨は嫌な胸騒ぎがして、両手を胸元できゅっと重ねた。

自分が会計役として財務を預かり、規律を守るよううるさく言ってきたのは、これ以上損耗しない為だ。

皆が沈んでいったのは、突き詰めれば満足に修理も受けられないような資源状況だったからだ。

もうこれ以上、一人も欠けて欲しくない。

だから・・だから僕は・・

時雨は武蔵が出て行った正門をずっと見つめていた。

その時。

「時雨」

時雨が声の方に振り向くと、山城が手招きしていた。

「な、なんだい。山城」

「来なさい」

「えっ?」

「来なさい」

「う、うん」

時雨は頷いた。

山城は普段は物静かで大人しいが、明確な意思と目標を持つと動き出す。

そうなった山城には逆らっても無駄である事を時雨はよく解っていたのだ。

 

 

 





今週から土日もお届けしようかと思います。
では、また明日。

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