Deadline Delivers   作:銀匙

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第2話

「折角武蔵が一緒なんだから武蔵に運転してもらって、僕は軽自動車で随伴すれば良かったね」

「そういえばそうだな。はっはっは」

夕島整備工場からの帰り道を、時雨は武蔵と並んで歩いていた。

丘を下る道は海からの風が強く吹きつけ、雲間から太陽が見えたり隠れたりと忙しい天候だった。

それっきり、二人はしばらく沈黙したまま歩いていたが、武蔵が口火を切った。

「さて、時雨」

「・・えっ?」

「以前も言ったが、神通の事を一人で抱え込むな」

「・・顔に、出ちゃってたかな?」

「お前が深く悩むのは今の所それしかないだろう」

時雨は苦笑した。

「財政状況もそろそろ頭痛の種なんだけどね」

「そっちはともかくとして、だ」

「・・・うん」

「確かに神通は一度海中に沈み、意識を失い、死の淵まで行った」

「・・」

「しかし、時雨が命を賭して海に潜って引き上げたから、神通は今も我々と共に居る。そして、戦っている」

「・・病魔と、ね」

「違う」

「?」

見上げた時雨を武蔵は見下ろした。

「深海棲艦に変化させたがる、自らの莫大な怨念と、だ」

「・・僕の、せいだよね」

武蔵は立ち止まり、時雨の両肩をぐいと掴んだ。

「蒸し返すな時雨。あの戦いで時雨は出来る限りの事をした。神通も感謝こそすれ、毛ほどもお前を責めていない」

「でも、僕が後ろを振り向いてなかったら、棲姫の最初の砲火が見えたはずだ」

「お前は高々度の敵機を追跡していた。そのおかげで私が爆撃される前に知らせてくれたではないか」

「でもっ!」

「無茶苦茶を言うな時雨。我々の眼は2つで頭は1つ。2つも3つも同時に注意を払い続ける事は不可能だ」

「・・」

「私も、神通も、他の誰も、絶対に時雨のせいだとは思ってない」

「・・でも・・でも・・僕は・・僕がもっと上手くやっていたら・・」

「仮にそうだとしても、そこまで立ち回る必要に迫られるような艦隊編成を命じたあの能無しが悪いのだ」

「・・」

「あの時雪風や不知火が居れば分担出来たかもしれないが、3隻で出撃しろと命じたのはあの能無しだ」

「でも、それは司令官が期待してくれたからであって・・僕は・・」

「あれは期待ではない。大本営の艦隊編成例すら無視し、命を軽視し、資源を優先した姑息な手だ」

時雨は何か言いかけたが、口をつぐむと俯いてしまった。

「・・」

「時雨」

「・・」

「時雨、私を見ろ」

時雨はのろのろと顔を上げた。

「不可能を可能にするのも限度がある。お前に課された事は限界を遥かに超えていた」

「・・」

「私が鎮守府を去る時にお前達を連れたのは、無用な自責の念でお前達を苦しませたいからではない」

「・・」

「あの能無しに受けた傷を癒し、再び笑って欲しいと願ったからだ」

「・・」

「神通はきっと治る。自らとの戦いに勝って我々の元に帰ってきてくれる」

「・・」

「我々がそう信じてやらなくてどうする」

「・・うん」

「もう1つ」

「・・」

「そうは言っても彼女の戦いは孤独で、辛い筈だ」

「・・そう、だね」

「だからお前まで、そんなに自分を責めるな」

「・・」

「帰ってきてくれた時、お前が深海棲艦になっていては神通が悲しむぞ。悲しみの連鎖を生むな」

「・・」

「それがお前の戦いだ。解るな?」

武蔵がそっと肩から手を離した時、時雨はそのまま武蔵にもたれかかった。

「・・ごめん。ちょっとだけ、こうしてて良いかな」

武蔵は答えず、時雨の背中をぎゅっと抱きしめた。

時雨は小さく、小さく肩を震わせていた。

武蔵は思った。

時雨は一体どれだけ、自らを鞭打ってきたのだろう。

それもこれも、我が姉が沈んだのも、赤城が、扶桑が、金剛達が沈んで行ったのも、すべて。

武蔵はぎりりと奥歯をかみ締めた。

 

 奴に応分の報いを。ふさわしい末路を。

 

準備は進めている。資金はもう目処をつけた。

今のうちに少しでも傷を癒しておけ、時雨。

私が必ず決着をつけ、まともな鎮守府に凱旋させてやる。

 

 

同時刻、柿岩家会議室。

 

「説明は以上です」

柿岩家の当主である防空棲姫は、手元の資料を読み終えた。

静かに深呼吸しているが、メガネを外す手は小刻みに震えている。

並の艦娘や深海棲艦であればそれだけで気圧されそうなくらいの殺気である。

低い、ゆっくりとした声で防空棲姫は訊ねた。

「これは、確かな情報ですね?」

遠く離れた畳の間で、女性は平伏の姿勢を取りつつ応えた。

「はい。他支部の2課にも応援を要請し、連携して複数個所で裏を取った情報です」

防空棲姫は再び大きく一呼吸すると、周囲に問いかけた。

「元老院の皆様、ご意見を」

防空棲姫の右に座っていた初老の男が目を瞑り、穏やかな笑みを浮かべたまま手を上げた。

「よろしいかな」

「お願いします、浮砲台組長殿」

「単独犯と考えるにはいささか経緯が出来過ぎている。周辺をもう少し洗うべきではないか?」

足を組んで座っていた紳士も頷いた。

「だろうな。赴任日程や宿泊先は高度な機密の筈だ。内通者が居るだろう」

コツコツと机を指先で叩いていた女性も頷いた。

「事案発生エリアから考えれば、海底国軍の連中が疑わしいわね」

「協定を結んだ相手と推論で砲火を交えるのはあまり得策ではない。証拠が必要だ」

「だが奴らなら高度な隠蔽工作はお手の物だ。課長、短期間で突破出来るか?」

畳の間に平伏したままの、課長と呼ばれた女性は頷いた。

「急を要する事案である事は承知しております。最精鋭の2人をアサインしています」

防空棲姫が口を開いた。

「これは地上組を脅かす、大変憂慮すべき事態です。まずは掴んだ事に御礼を申し上げます」

「ははっ!」

「リポートの通り、私も侵略事案認定を提案します。元老院の皆様、ご採決を」

元老院のメンバーを見渡すと、一人を除いて全員が手を上げていた。

「・・浮砲台組長殿、反対ですか?」

「いや、関係者を全員明らかにすれば良い。それは無論・・」

浮砲台組長はカッと目を見開いた。

「加担するドブ鼠共を残らず喰いちぎる為だ」

防空棲姫は頷いた。

「課長、我々元老院は貴提案を条件付で承認します」

「ははっ」

「条件は本件に加担する関係者全員の特定です。出来ますね?」

「はい!」

「満たされた暁には侵略事案として認定し、力の行使を認めます」

「はい!」

「被害が拡大する前になんとしても阻止してください・・お願いします」

課長は一瞬、防空棲姫を見上げた。

防空棲姫は悲しげな目をしつつも、ゆっくりと頷いた。

再び平伏した課長は、しっかりとした声で答えた。

「必ず成し遂げてご覧に入れます!」

部屋の隅に控えていた、柿岩の妹で日本エリア長の港湾棲鬼は内心ホッとしていた。

確かに悲惨な事例だし、卑怯な手段に腹も立つ。決定事項になんら異議は無い。

だが、もしターゲットがファッゾさんだったら、姉君は眉一つ動かさず海底国軍と全面戦争を始めただろう。

なにせ密かに盗撮させたファッゾの写真を毎日うっとりした顔で見つめているのだから。

姉君が怒り狂う事態にならなくて本当に良かった。

 

 

 


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