Deadline Delivers   作:銀匙

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第4話

「ブラウン・ダイアモンド・リミテッド」のボスであるブラウン・ファッゾは、人間である。

わざわざそう断ったのは残る二人がそうではないからである。

 

ミストレル・ダイアモンドは艦娘であり、ベレーは深海棲艦である。

二人とも脱走兵であるが、この港町で脱走兵と言った所で別に珍しくもない。

危険極まりない海域を人間が船や飛行機に乗って出たところで幾らも行かぬ前に海の藻屑にされてしまう。

「Deadline Delivers」と呼ばれる面々は、その大半が脱走した艦娘か深海棲艦か妖精で構成されているのである。

 

 

何年も前のこと。

 

ミストレルがまだ鎮守府で艦娘の摩耶として活動していた時。

摩耶は戦闘を重ねるうち、深海棲艦は一概に好戦的ではないという事に気づいてしまった。

逃げ惑い、武器を捨てて降伏を訴える深海棲艦に砲弾を叩き込む事は正しいのか?

司令官に何度も進言したが、演技だから騙されるなと言って全く取り合ってくれなかった。

摩耶は次第に攻撃を躊躇うようになり、敵を取り逃がしてしまう事が増えていった。

やがて艦隊から外され、持て余す時間を悩み尽くした結果、摩耶は1つの結論に達する。

 

 「無差別攻撃に正義なんてあるか」

 

摩耶は大規模攻略の際に長時間遠征を任されたので、かねてから用意していた脱走の計画を実行に移した。

遥か遠くの海域での脱走劇はあっけないくらい上手く運んだ。追っ手はもう何日も見ていない。

それだけなら喜ぶべき状況だったのだが。

 

 「あーしまった。腹減ったなぁ」

 

そう。

鎮守府を出るという事は、すなわち補給手段が無くなるということ。

武器弾薬だって有限であり、遠征用装備ということもあり、兵装は最低限しか積めなかった。

艤装に頼って海原を移動すれば燃料がどんどん減っていくので、艤装を仕舞って陸路をとぼとぼと歩く。

確かに燃料や弾薬は減らないが、その代わり体力を使う。すなわち腹が減るのである。

 

どさり。

ついに摩耶は海原を見渡せる小高い丘のてっぺんで、道端に座り込んでしまった。

幾ら訓練で体力をつけてるとはいえ、何日間も食事を取らずに歩くのは無理がある。

水だけは艤装で海水から真水を取り出せるものの、空腹は限界に達していた。

眼下の海を睨みつつ、両腕を組んで考え始める。

 

「んー」

 

脱走後の事を甘く見ていたなと摩耶は苦笑した。

ふと、財布を取り出して中身を見る。

遠征直前に用意していた数十万コイン分の札が見えた。

舌打ちをした後、摩耶はバシンと乱暴に財布を閉じた。

 

「くっそ・・ここまで店がねぇなんて予想外だったぜ」

 

そう。

遠征航路途中に大きな半島があったので、摩耶はその半島を目指し、真夜中に逃走を図った。

海図で見た半島には幾つもの町の名前が記されており、金さえあれば服や食料は調達出来ると踏んだのだ。

しかし、目指した先にあったのはかつて店や家だった廃墟ばかり。

仕方なく海沿いにずっと歩いているのだが、人っ子一人居ないのである。

 

「ちっ、上手く行き過ぎると思ったらそういう事かよ」

 

摩耶は目を瞑って現状を整理した。

逃亡を図った所で廃墟と化した町では艤装への給油も食事も出来ない。

早く気づけば鎮守府に戻れる(記憶消去といった処罰はあるだろう)が、このままなら餓死するしかない。

司令官は手を下さずとも勝手に事が済んでしまう、だから追う必要がないという訳だ。

ガッと立ち上がった摩耶は海に向かい、叫んだ。

 

「アタシは負けねーぞチクショー!」

 

その時。

 

「なぁ、青春ごっこやるにはここらは物騒だぞ?」

 

ぎょっとして振り向いた摩耶が見たのは、怪訝な顔をして運転席の窓を開けてこちらを見ているファッゾだった。

いつの間に車が通りがかっていたのか。何日も人影を見なかったから油断した。

くそ、超恥ずかしいところ見られちまった。

摩耶は顔を赤らめつつ、何と言って良いか迷った。

 

「あ、あー」

「お前艦娘か。どっかから逃げてきたのか?」

「!」

途端に身構え、兵装を展開する摩耶にファッゾは肩をすくめた。

「まぁ艦娘なら痴漢や強盗なんて返り討ちに出来るか。せいぜい気をつけろよ」

「・・お前、憲兵か?公安か?」

「まさか。この先の港町で何でも屋をやってるしがないオヤジだよ」

「その割にゃ良い車乗ってるじゃねぇか」

摩耶がジト目で見たのも無理はない。

ファッゾの車は年代物とはいえBMWのセダンだったからだ。

外国の車を乗れるように維持するのは、今となってはとても金と手間隙のかかる事である。

「ほっとけ。これに乗るのが俺の趣味なんだよ」

摩耶は考えた。

捕まえに来た憲兵や公安なら単独というのは変だし、奴らが乗るのは黒のワンボックスだ。

それに何より捕まえる気が全く感じられない。

「・・この先に、町があるのか?」

「歩きじゃまだ結構かかるがな。帰るとこだし、送ってこうか?」

摩耶は躊躇いつつ言った。

「へ・・変な事する気じゃねぇだろうな?」

「艦娘に蹴りでも食らったら骨の1本や2本じゃ済まないし、砲弾の一発で粉微塵だろうが。心配なら後ろに乗れよ」

「・・・・・」

たっぷり1分はファッゾの目を見た後、摩耶は兵装を仕舞い、運転席の後ろのドアを開けた。

「やれやれ、信用無いなぁ」

「へ、変な事したら大声上げるからな」

ファッゾは肩をすくめつつ、車を発進させた。

「あいつらも、可愛かったなあ」

そう呟いたファッゾの目が悲しげに揺れるのを、後ろに乗る摩耶は知る筈も無く。

 

町に着いた頃は丁度夕食時で、家や料理屋からは美味しそうな匂いが漂っていた。

摩耶はファッゾの車に乗るという緊張感で空腹をしばし忘れていたのだが、

「は・・腹減ったぁ・・・」

そういうと、こてんと後部座席に倒れこんでしまったのである。

ファッゾはバックミラー越しに声をかけた。

「腹減ってんのか?」

「・・おう」

「カレーでよきゃ食ってくか?」

「!!!」

ファッゾはバックミラー越しに、まるで尻尾を振る子犬のような摩耶を見た。

・・ほんと、艦娘ってやつは可愛いな。

ファッゾは苦笑しながらハンドルを切った。

 




確定した話のストックが出来てきましたので、来週から月曜から金曜まで毎朝掲載しようと思います。

なかなか「艦娘の思い、艦娘の願い」や艦隊これくしょんとの繋がりが出てこねーじゃねーかとお怒りかもしれませんが、少しずつ展開していきますのでもう少しお待ち頂ければ幸いです。

1ヶ所言い回しを訂正しました。
ご指摘ありがとうございます。


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