Deadline Delivers   作:銀匙

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第37話

「・・・んー」

ファッゾはふと、目が覚めた。

カーテンからは薄日が差し込んでおり、枕元の時計は午前7時を指している。

いつもより少し寝過ごした。

まぁ良いかと身を起こしながら思う。

テッドからの依頼対応は昨夜で終わったし、今日は特にやる事も無い。

とはいえ、ダラけると仕事の時に力が出せなくなる。

依頼のない時の過ごし方は自由だが実は大切なのだ。

「よし」

ベッドから起きると、ファッゾは勢いよくカーテンを開けた。

こんな朝は凝ったメニューにするのも悪くないだろう。

 

同じ頃。

ベレーは自転車に乗って売りに来る牛乳屋と会話していた。

「おはようございます」

「おはようベレーちゃん、いつも通りで良いのかい?」

「はい。牛乳500ccと卵3つ・・あ、バターもありませんか?」

牛乳屋は籠を探るとニッと笑った。

「運が良いな。ほら、バター。これが最後の1つだ」

「良かった。最近本当に買えなくなりましたね」

牛乳屋の表情が曇る。

「なんでもかんでも軍が召し上げちまうからな。市民を植物と勘違いしてやがる」

「今、酪農すれば儲かりますか?」

牛乳屋は首を振った。

「需要は沢山あるが、家畜の餌も農機具の燃料も何もかも無い。あるいは売値で回収出来ないくらい高い」

「そうですか・・・」

「戦時下にしちゃ良い方かもしれんが、刻一刻と悪化してる」

「・・・」

「ま、ベレーちゃんのせいじゃないよ」

「・・えっと、お幾らですか?」

「900コインだ」

「・・はい、ちょうどです」

「まいどあり。じゃあな!」

「ありがとうございました」

牛乳屋がキコキコと自転車で走り去るのを見送った後、ベレーは籠の中を覗き込んだ。

自分は食事をしなくても海水から生命を維持するシステムを持っている。

だがファッゾやミストレルはそういう仕組みを持ってない。

「貴重なご飯・・私が食べても良いのかな・・」

 

 

「・・どうしたベレー?」

食卓を囲んだ3人は朝食を食べ始めたが、ファッゾはベレーの様子がおかしい事に気がついた。

ベレーがフォークを取らず、じっと皿の料理を悲しげに見ていたからだ。

声をかけられたのでベレーはハッとしたようにファッゾを見た。

「その・・あの・・ええと・・」

「気持ち悪いのか?艤装の調子が悪いのか?どこか痛いのか?何か嫌な事を思い出したのか?」

ミストレルは口の中の物を飲み込むと言った。

「ファッゾ、そんなにせっついたら答えを返す暇がねぇよ・・ベレー、なんか悩んでんだろ?」

「あっ・・解り・・ますか?」

「まぁなんとなくな。で、何を心配してんだよ」

ベレーはちらりとミストレルを見た後、俯いてポツリと言った。

「私まで、こんなに美味しいご飯を頂いて良いのでしょうか?」

ファッゾとミストレルが同時に首を傾げた。

「は?」

「なんで?」

ベレーは俯いたまま呟いた。

「今朝、牛乳屋さんから、物がどんどん無くなっていると聞きました」

「・・まぁなぁ」

「牛乳屋さんだけじゃなくて、スーパーも空の棚が多くありますし」

「もう何十年も前からだけどな」

「お値段もちょっとずつ上がってますし」

「・・」

「わ、私は、海水があればご飯を食べなくても生きていけます」

「・・」

「それなのに、他の誰かが食べられた筈のご飯を食べてしまって良いのかな・・って」

「良いさ」

ファッゾが即答したので、ベレーは思わずファッゾを見た。

「・・えっ?」

「あまりにも多過ぎて見えにくいが、食うってのは、食う資格がある奴が得られる特権だ」

「・・・」

「その資格とは何だと思う?ベレー」

「・・食べないと死んじゃう方ではないのですか?」

「違うな。正解は、そいつが必要とされてるかどうかだ」

「・・必要・・」

「そうだ。ミストレルやベレーは俺やテッド、その後ろに居る沢山の依頼者に必要とされてる」

ファッゾの横で、ミストレルは黙ってコーヒーを啜っていた。

ベレーはじっとファッゾの話を聞いている。

「・・・」

「昔から言う、働かざるもの食うべからずってのは、文字通りそういう意味なんだ」

「で、でも私は、深海棲艦で、深海棲艦は皆が困ってる戦争を引き起こしている原因ですし」

「んー、今言った事、深海棲艦って単語をドイツと置き換えてみるといい」

「・・」

「ベレーがドイツ人で、世界がドイツと戦争してるとして、何でベレー個人が責任を負わなきゃならん?」

「・・」

「ましてやベレーは輸送任務や家事をしてくれている。十分俺達の役に立ってる必要な存在だ」

「・・」

「もう1つ」

「?」

「こんなちっぽけな会社だが、俺は経営者で、ベレーは従業員だ」

「・・」

「経営者は従業員が満足しているか考えるのは当然の事で、そこには食事も含まれる」

「いつもとても大事にして頂いているのは解りますし、ありがたい事なんですけど・・」

「うーん・・」

一向に浮かぬ顔のベレーを見てファッゾが困った顔をした時、ミストレルが口を開いた。

「なあベレー」

「はい」

「その朝飯はさ、ファッゾがベレーに旨ぇなって食って欲しいっていう気持ちで作ったもんだ」

「・・」

「少なくとも、ベレーがその朝飯を食わなかった所で誰一人救えねぇし、優しさごとゴミになっちまう」

「・・はい」

「この世は元々、アタシ達がどうにも出来ねぇ所から、理不尽で、不平等で、無茶苦茶で、仕方ねぇんだ」

「・・」

「ベレー、こっち見ろ」

ミストレルを見返したベレーは目に涙を一杯貯めていた。

「お前はきちんと食って、食った分だけ周りを良くする方向に動け」

「・・周り」

「あぁ。この世の全部を背負ったら何も出来ずに潰れるだけだ。自分が出来る事を考えな」

「・・」

「それがファッゾの優しさがベレーの行動に繋がっていくってことだろ」

「・・つながる」

「まずは自分や大事な奴、余裕が出来たらその周囲。世の中を変えるなんてのはやれる奴がやれば良い」

「・・」

「少なくとも今のお前がすべき事は世を憂いてファッゾの気持ちをゴミ箱に放り込む事じゃねぇ」

「・・」

「だからお前はまずその朝飯を食いな。お前に食べてもらう為に作られたんだから」

「・・」

「・・解ったか?」

「・・はい」

ベレーはそっと席を立つと、ミストレルにきゅっと抱きついてすすり泣いた。

ミストレルは黙ったまま、ぐいぐいとベレーの頭を撫でた。

「お前は考えすぎだぜ」

「・・はい・・はい」

食べ終えたファッゾはミストレルに目配せして席を立った。

こういう時、男の説得力って奴は無力だなと思いながら。

 

 

 

 

 


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