Deadline Delivers   作:銀匙

36 / 258
第36話

数日後。

「かんぱーい!」

「いえーい!」

「お疲れっ!」

ガシャガシャとグラス同士がぶつかり合い、中身がこぼれるも気にする者は居ない。

ここは夕島整備工場の裏手にある資材置き場である。

ドラム缶を割って作られたバーベキューコンロの中では大量の炭が赤々と燃えている。

その上にある金網には肉や野菜が溢れんばかりに乗せられていた。

コンロを囲んでいるのはファッゾ、ミストレル、ベレー、ワルキューレの4人、ビット、アイウィ、そしてテッドである。

無事2人を国外へと逃がし終えた祝勝会というわけである。

 

ビットがソーセージを箸でつまみながらニコッと笑った。

「いやー、それにしてもここまで上手く行くとはねぇ」

ファッゾが頷いた。

「成功要因の一つはアイウィの名演技だな」

アイウィがニッと笑う。

「利尿剤入りのお茶どうぞ!」

ナタリアが肩をすくめる。

「あっけなさすぎて拍子抜けしたわよ」

ファッゾが首を振る。

「そんな事は無い。ナタリアが居ると解っていたから俺達は落ち着いて迷彩を剥がせたしな」

 

ファッゾが考えたカラクリは、このようなものであった。

まず移送前日、ビット達が護送車に故障箇所があるといって整備工場に引き取る。

整備工場で内外装全て複製した偽の護送車を作成し、周囲をすぐ剥がせるシールで覆って幼稚園バスに偽装した。

車内には予め二人のマネキンを座らせ、シートベルトで固定しておいた。

もちろん、護送車の全ての鍵を複製してから警察に返したのだが、この鍵の複製に手間取り、返却が遅れたのである。

「セキュリティチップ付きの鍵をつける前にパワステつけなさいよね!本気で壊れてるのかと思ったじゃない!」

とはビットの談である。

 

そして、移送当日の今日。

ファッゾは警察署で本物の護送車を正門前に移動するが、わざと下手に振舞って立番の舞を手伝わせた。

その間に婦警の格好をしたアイウィが署内に忍び込み、利尿剤入りの茶を盆に載せて給湯室で待機。

蛇又達が舞に会議室へと案内された後、アイウィは入れ替わるように会議室へと入り、茶を振舞う。

そのまま警察署を脱し、少し離れた所で待っていたビットの軽トラで工場へと戻った。

一方、ファッゾはミストレル達と幼稚園バスに扮した偽の護送車をコンビニ裏へと移動し、そのまま待機。

時を同じくしてコンビニの前の道路でナタリアがわざとトレーラーを蛇行運転し、事故を装って道を塞ぐ。

トレーラーヘッドは路肩の段差に少し乗り上げ、傍目に大きく傾いているように見せる。

そのままトレーラー部分に乗り込み、部下3人と共に有事に備えてスタンバイしておく。

本物の護送車から蛇又達が全員出て行った事を確認したファッゾ達は偽の護送車から幼稚園バスのシールを剥がす。

偽の護送車を本物の護送車の位置へと入れ替え、ファッゾ達は本物の護送車で元来た道を町の港へと舞い戻る。

ファッゾ達が走り去ったのを確認し、ナタリアが再びトレーラーを動かして道路封鎖を解除する。

港に連れられた二人は程なく合流したナタリア達が護衛し、タイの地上組の元へと身を寄せた。

これがかいつまんだ顛末である。

 

ふと思い出したように、ナタリアがファッゾに訊ねた。

「ねぇファッゾ」

「ん?」

「タイに行く途中で、あの子達が蛇又班長が処罰されるんじゃないかって心配してたのよ」

「なんでまた」

「蛇又班長がね、あの子達の言い分を聞いて、連れて行くのは心苦しいと言ったらしいわ」

「へぇ・・」

「あの子達はその一言で救われた、だから処罰されて欲しくないってね」

「そうか・・」

ファッゾはフライドポテトをつまみながら答えた。

「蛇又班長が処罰される事は無いと思うがなぁ」

「どうして?」

「蛇又班長は881研の色々な事を知ってる。表から裏までね」

「・・」

「彼をクビにして世間に暴露されるリスクを負う位なら、何も無かった事にする方が881研は安泰だ」

「実験台にされるんじゃない?」

「俺達Deadline Deliversとの交渉を始め、彼しか知らない事は多い。簡単に用済みに出来る人じゃないよ」

「へー」

「だから心配しなくて良いと思うがな」

テッドが葉巻に火をつけながら言った。

「ファッゾの言う事を補強するわけじゃねぇが、その蛇又さんから今日も依頼が入ったぜ」

「早速か。忙しいことだな」

「あぁ。内容的にはスターペンデュラムでもこなせるが、引き受けるかファッゾ?」

「うーん・・薮蛇にならんかな」

「まぁとにかく、蛇又のダンナは元気だってこった」

ナタリアはにこっと笑った。

「じゃあ地上組を通じてあの子達にも伝えとくわ。きっと喜ぶから」

 

 

翌日。

「早速ですが、輸送条件から伺いましょう」

車から降りてきたファッゾに、蛇又は淡々と答えた。

「今日はお嬢さんは居ないのか?」

「別件がありまして」

本当はそんな用件などないのだが、ミストレルが口を滑らせる事を懸念しての用心であった。

「条件はいつも通りだ。水濡れ厳禁、開けるべからず。あぁ、今回は気圧が変わっても問題ないぞ」

「大きさも重さも規定内ですか?」

「そうなるな」

「じゃぁ割増は無しですね」

「いつもいつも割増では予算が底をつくからな」

「なるほど。行き先は」

「九州南方の鎮守府だ。詳細はこの海図にある」

「解りました」

蛇又がくいっと顎をしゃくると、部下達はミニバンに戻っていった。

ファッゾが怪訝な顔で見返す。

「・・他に、何か?」

 

蛇又は黙ってタバコに火をつけ、1度大きく吸い込んだ。

そして咥えタバコを挟みつつ口を手で覆いながら、ファッゾに囁いた。

「・・幼稚園バスの側面に描くならリアルなライオンやワニの絵は止めとけ。子供が怖がるからな」

「!」

「・・・二人によろしくな」

ファッゾはサングラスの上から覗き見るように蛇又を見た。

蛇又はニッと笑うとタバコの火を消し、そのままミニバンへと戻っていった。

ミニバンが走り去った後、ファッゾは置かれたスーツケースの脇にどさりと腰を下ろした。

「・・お見通しだが認めるってことか。やれやれだ」

ファッゾは内ポケットを探る自らの手に気づいて苦笑した。

司令官を辞めた時に禁煙したのに、まだこういう時に癖が出てしまう。

「んー、テッドとナタリアには言っておくか」

重たいスーツケースをトランクに押し込むと、ファッゾはBMWの運転席に戻った。

体が鉛のように重いのに、なぜか気分は晴れやかだった。

「よし、ギャラの為に頑張りますか」

ファッゾはそう呟くと、BMWのエンジンをかけ、発進しようとした。

その途端。

 

 ポーン!

 

BMWオーナーにとって最も聞きたくない音と共に、インパネに英語のメッセージが表示された。

ファッゾはブレーキを踏みつけて唸った。

「あぁくそ、今度は何処が壊れやがった!」

だが良く見ると、メッセージはトランクが半ドアになっている事を示す警告だった。

「故障と警告を一緒の音で脅すのは勘弁してくれ・・どいつもこいつも俺の心臓と胃に悪すぎる」

大きく息を吐くと、ファッゾはトランクを閉めに車を降りたのである。

 





という筋書きでした。

この回に限らず・・・感想頂けると嬉しいです。
はい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。