Deadline Delivers   作:銀匙

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第34話

移送当日、11時半頃。

 

「オーライ、オーライ、はい!良いでーす!」

ガタガタと中折れ式のドアを開けてファッゾが降りてきた。

「助かった、ありがとう。護送車がここまで後ろが見えないとは予想外だった」

「誘導くらいお安い御用です!」

「じゃあこれ、1200コインの請求書ね」

「はい!すぐお持ちしますね!」

舞が署内に入って行った後、ファッゾは護送車を振り返った。

「・・よし」

 

そして正午過ぎ。

 

蛇又は乗っていたミニバンの揺れの違いに気づき、目を覚ました。

隣席に座る部下が小さく、目的地である警察署に着いた事を囁いた。

「ん・・・解った」

また後味の悪い仕事が始まると、蛇又は顔をしかめた。

深海棲艦を捕縛した場合、大本営内の881研本部ではなく、山奥の研究所に連行される。

それは深海棲艦が暴れても被害の無い所で人間に化ける仕組みや艤装に関する解析作業を行う為とされていた。

しかし、それは名目で、実際は深海棲艦に様々な生体実験をしてなぶり殺しにしているだけである。

想像を絶する深海棲艦達の悲痛な叫び声と、狂気に満ちた研究主任の笑い声。

たまたま忘れ物を取りに戻った蛇又を未だに悪夢へと誘う程の惨状だった。

・・・哀れな生贄と命を弄ぶ悪魔。

あの光景を他に表現する言葉が見つからない。研究主任の猟奇的な趣味なんじゃないかとさえ思う。

班の部下には誰にもこの事を知らせていない。任務遂行に著しく影響すると判断したからだ。

だが、自分は知っている。いや、知ってしまった。

また、あの犠牲となる者を連れて行くのか。

自分が悪魔の手先となるような感覚。

それは蛇又に酷い罪悪感となってのしかかっていた。

 

「はぁ」

 

重い溜息をつくと、蛇又は入口に止まる護送車をちらりと見た。

今日は2人・・いや、2体だ2体。2人と考えたらとてもやりきれない。

 

「公安の椚沢です。護送車に乗せるまでご同行します」

蛇又が声のした方を振り向くと、スーツを着た若い男が敬礼していた。

「・・あぁ、よろしく頼む」

「深海棲艦が人に化けるなんて、全くふてぶてしいですね。悪魔どもめ」

蛇又は無言のまま、椚沢をじとりと一瞥した。

海軍にそれ以上の悪魔がいると言ってやったらこの若造はどういう反応を返すのだろう。

・・到底言えないがな。

自分が余計な一言を言ったと気づいた椚沢は、それからは黙っていた。

「すみませーん、お待たせしましたー!」

署から駆け出してきた舞に慌てなくて良いと蛇又は手を振った。

舞のはつらつとした声は自分の頭の中のもやを追い払ってくれるかのように感じた。

「会議室にご案内します。こちらへどうぞ!」

「うむ・・ありがとう」

署内に入った一行は、程なく会議室へと通された。

舞が出て行ったのと入れ替わるように、別の婦警が盆に茶を載せてきた。

「失礼しまーす、手続きにもう少し時間がかかるので、お茶どうぞ!」

「ん・・ありがとう」

「はーい」

先程案内した婦警といい、この子といい、随分若い子が勤務しているのだな。

蛇又はそう思いつつ茶をすすったが、その苦さに眉をひそめた。

何分置いといたんだ。苦すぎて味も解らないし、ぬるくなってるじゃないか。

部下達も2~3口啜っただけですぐに机の上に茶碗を置いている。

この任務の苦さを暗示してるかのようだと蛇又は思った。

 

留置場から出てきた二人は20代くらいの若い女性の姿であり、明らかに怯えていた。

どこまで知っているのか知る由もないが、間違いなく想像以上に酷い所へ連行される。

蛇又の表情が再び暗くなった。

 

 

「・・引渡し手続きは以上です。では私はこちらで失礼します」

「お疲れ様」

椚沢がパトカーで去っていくと、蛇又は署員に一礼して護送車に乗り込んだ。

護送車の施錠エリアには、先程の女性、いや、深海棲艦が2体、肩を寄せ合って隅のほうに座っていた。

「・・出発だ」

蛇又の声を合図に、運転席の部下がエンジンをかける。

年代物のディーゼルエンジンは車体をぶるっと震わせた。

こうして護送車と黒のミニバンはゆっくりと警察署を後にした。

 

それは、町外れに差し掛かった時だった。

車の流れが急速に下がりだし、やがて止まったままとなった。

助手席に居た部下が蛇又に声をかけた。

「班長、事故のようです」

「ん?」

蛇又が進行方向を見ると、先が渋滞している。その先では大型トレーラーが道路を塞いでいる。

スリップしたのか、トレーラーヘッドは路肩で大きく傾いていた。

蛇又は舌打ちした。

あれはどかすのに時間がかかるだろう。面倒な事になった。

 

その時、深海棲艦達を監視していた部下が蛇又に耳打ちした。

「あ、あの、そこのコンビニに寄れないでしょうか」

「どうした?」

「その、トイレに行きたくなりまして・・渋滞も長引きそうですし」

言われて意識した為か、蛇又も少し尿意が来た。

ちらりと道の先を見ると、最寄の店がそれしかない事もあり、コンビニの駐車場は混みつつあった。

トレーラーが動く気配は感じられない。

「・・やむをえん。行くか」

無線でミニバンにコンビニに入る事を告げると、2台は道を逸れた。

ミニバンはたまたま店の正面で空いていた駐車スペースに滑り込んだが、護送車はトラックだ。

普通車の駐車スペースには入れないので、コンビニの裏手にある大型車専用スペースへと駐車した。

本来ならミニバンと護送車は隣接して止まるが、これだけ混んでいるとそうも言えなかったのである。

護送車の隣のスペースには派手な色の幼稚園バスが止まっていた。

一瞬、幼稚園バスを見て違和感を感じた蛇又だったが、部下の視線を感じて考えるのを止めた。

「うむ、急を要する者から行ってよし。私は残ろう」

といったのだが、部下達は

「すみません!」

と、弾かれるように全員出て行ってしまった。

蛇又は呆気に取られた。

普通は交代で行くものだし、それが解らぬ部下でもない。

よほど切羽詰っていたのか。止まって正解だったな。

 

 

 

 

 


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