ぷっくりと頬を膨らませる舞に、ファッゾは苦笑しながら手を振った。
「ごめんごめん。ちょっと考え事をしてたんだよ。ところで何か用事かい?」
「あ、そうだった。えっと、何でも屋さんはまだやってますか?」
「へ?あ、ああ、手の空いてる時にな」
「・・・つかぬ事を伺いますが」
「何だい?」
「あの・・MTの運転免許をお持ちですか?」
「持ってるぞ。トラックの限定解除もしてある」
「実はうちの署で、誰もMT免許を持ってない事が判明しまして」
ファッゾは呆気に取られた。時代って奴か。
「はぁ」
「それでその、MTの護送車を駐車場から署の玄関まで動かして欲しいのです」
「敷地内なら免許無くても良いんじゃないの?」
「・・ほっそーい公道を1本隔ててるんです」
「・・あー、まー、確かにそうか。でもあれくらい・・」
「オフの時だったらそれで良いんですけど、一応公務なので・・」
「この町でそんな細かい事をとやかく言う奴居ないだろ」
「なんでも海軍の方がいらっしゃるそうで、間違いがあってはいけないと」
「ふーん・・いつ?」
「明後日の午前中にお願いしたいんです」
護送車、海軍、明後日。
ファッゾの頭の中で点と点が線で繋がっていく。
「・・・あ」
舞は心配そうに覗き込む。
「ご都合悪いですか?」
ファッゾは超高速でプランを立てながらいった。
「い、いや、いや・・いやいや・・ええと、お、俺もMT久しぶりでな」
「ですよねー」
「だから明日の午後、ちょっと練習しにいって良いかな?」
舞はこくこくと頷いた。
「勿論です!じゃあビットさんにもその時来てもらおうかなあ」
「ん?ビット?」
「はい。全然動かしてなかったんで、使う前に点検してもらおうって事になって」
「ほう・・ほうほう・・ほうほうほう」
「点検して頂いて、ファッゾさんが運転練習して、翌日本番。準備万端ですねー」
「間に合うかな・・」
「え?何の話ですか?」
「ああいや、こっちの仕事の話。じゃあ明日の午後、2時位で良いか?」
「わっかりましたー!じゃあ署で声かけてくださいねー!」
「はいよ」
「助かります!じゃあよろしくお願いしまーす!」
去っていく舞の後姿を見ながら、ファッゾはぺこりと頭を下げた。
立役者の舞にも迷惑をかけないようにしなければ。
そこにベレーがひょこっと顔を覗かせた。
「ファッゾさん、お話終わりましたか?」
「終わったよ」
「じゃあ晩御飯の配膳始めますね」
「今日は何だ?」
「ポトフです」
「・・5人分、あるか?」
ベレーはきょとんとした後、
「大丈夫だと・・思います。どなたかいらっしゃるんですか?」
「テッドとナタリアにも来てもらおうと思うんだ」
ベレーの顔がパッと明るくなった。
「という事は、何か思いつかれたのですね!」
「うん。まだ整理の途中だが、行ける筈だ」
「解りました!5人分用意します!」
「俺の差配を蹴っ飛ばすんだ、良い案なんだろうなファッゾ?」
「あたしが急かしたからって早過ぎない?ちょっと心配なんだけど・・」
事務所を訪ねてきた2人は素直にそう言った。
ファッゾは席を勧めながら言った。
「正直、まだ固め切れてない。だから細部を相談したいんだ」
テッドはポトフに目を細め、早速スプーンを取りながら頷いた。
「まぁその方が俺も心配は少ないな。さっさとまとめちまおう。頂くぜ」
夕食後も2時間ほど3人は討論を重ねた後、ファッゾのBMWに乗ってどこかへと消えた。
疲れた様子でファッゾが戻ってきたのは真夜中に近かったという。
翌日。
署の交通課で舞の姿を見つけたファッゾは声をかけた。
「舞、来たぞ」
しかし、舞の表情は優れなかった。
「あ、ファッゾさん・・それが・・」
「どうした?」
「護送車、まだ修理中なんです」
「おや」
「ビットさんが工場でないと直せないって仰って、まだ戻ってきてなくて・・ごめんなさい」
「そうか」
ファッゾは時計を見た。
14時10分。
・・13時55分までには返してくれる筈なんだが、本当に壊れてたか?
舞はしゅんとした顔でファッゾに言った。
「なので、申し訳無いのですけど戻ったらお呼びしますので、それで良いでしょうか」
「構わないよ。無理を言ってるのはこっちだから。それじゃ」
ファッゾはそういって踵を返した。
舞から電話があったのは16時を過ぎてからだった。
再び訪ねたファッゾに舞はぺこりと頭を下げた。
「お待たせいたしましたー!本当にすいません!」
「いやいや、全然構わないよ。じゃあちょっと駐車場内を回らせてもらうよ」
「はい。あ、ビットさんから、まさかの重ステだから気をつけて、との事でした」
「うげ」
「重ステって何ですか?」
「あー・・知らないか」
「はい」
「まぁハンドル切るのに物凄く力が要るって事だよ」
「古い車ですからねぇ。じゃあこれ、鍵です!」
「うん」
鍵を渡した舞が、そっと上目遣いでファッゾを見た。
「それでその・・今回の御代はお幾らでございましょうか・・」
ファッゾは顎に手をやりながら言った。
「まぁ・・最短の15分もかからんだろうし・・税込1200コインてとこか」
「ほんとですか!ありがとうございます!助かります!」
「何でそんなに喜んでるの?」
「諸雑費は2500コイン超えると経理課に説明が要るので」
「きっついな」
「他県だともうちょっと緩い所もあるみたいなんですけどね」
「じゃ、請求書は明日持ってくるよ」
「わっかりましたー!」
そしてファッゾは駐車場で
「うお・・これは・・本当に重ステ・・だ・・」
と、額に汗しながら1時間ほど練習したのである。
そして翌日、すなわち移送の日を迎えたのである。