Deadline Delivers   作:銀匙

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第32話

 

 

じっとファッゾを見ていたナタリアは小さく肩をすくめ、口を開いた。

「キリスト様じゃないんだし、この世の不条理を全部背負い込む必要なんてないと思うわよ。ファッゾ」

「・・そんなつもりは無いんだが」

ナタリアは悲しげなファッゾの目を見つめていたが、諦めたように立ち上がった。

「・・・オーライ、解ったわよ」

「?」

「移送は明後日の午後。それまでに貴方がプランCを作れるならテッドと二人で聞くわ」

「・・・」

「でも私達が危険に晒されるような話なら即座に強行突破のプランBを選ぶからね」

「ナタリアをそんな目に遭わせる訳がないだろ」

ナタリアは腰に手を当て、目を細めた。

「あら、それってどういう意味?」

「どうって・・親友を危険に晒すような事はしないよ」

ナタリアはがっかりした表情になるとフンと鼻を鳴らし、

「ちぇ。まぁ良いわ。で、プランニングするってテッドに返して良いのかしら?」

「・・あぁ」

「こっちだって準備あるからギリギリまで考え込まないでねー」

手をひらひらと振りながら、ナタリアは事務所を出て行った。

 

数分後。

「帰ったぜー・・あれ、姉御来てたのか?」

ファッゾはのろのろと戸口から入ってきたミストレルに視線を向けた。

「・・あぁ。何で解った」

「姉御が使ってる香水の匂いがするからな」

「・・そうか」

ミストレルは眉をひそめた。

「なんだよ、どうしたってんだ?ほれ、たい焼き買って来たぜ」

ファッゾはミストレルが差し出したたい焼きをじっと見つめると、そのままパクリと齧りついた。

ミストレルは慌てて手を引っ込めると、

「自分で持ってから食えよ・・・まったく。おーいベレー!たい焼き買って来たぞー!」

と言いつつ、自分の分を袋から取り出した。

 

たい焼きを両手で持ち、少しずつ齧りながらベレーは言った。

「・・つまり、穏便に、脱走が済めば良いんですね?」

「それは無理だとしても、せめて誰も撃たずに済んで欲しい」

「撃たずに済むって事は・・撃っても意味が無いって事ですよね」

ファッゾは天井を睨みながらおうむ返しにベレーの言葉を繰り返した。

「撃っても、意味が、無い・・」

その時、ミストレルは袋の中のたい焼きを見て舌打ちをした。

次に食べようと思っていたクリーム入りがどれだったか解らなくなってしまったのである。

ミストレルは袋の中を睨みながら言った。

「うー・・似たような外見でさっぱり解らねぇ」

ファッゾがピクリとした。

「・・似たような・・外見?」

ミストレルは真剣に袋を睨みながら呟いた。

「こういうの慣れてる奴だったら一発なんだろうなー」

「・・慣れてる・・無意味・・紛らわしい・・」

ベレーはファッゾとミストレルの会話がまるでかみ合ってない事に気づいていたが黙っていた。

何となく、ファッゾが策を思いつきそうな感じがしたからだ。

ベレーはミストレルに向かって無言の声援を送った。もう後一押し!

ミストレルは選びに選んだたい焼きを2つに割ると天を仰いだ。

「あーちくしょー外したー」

ベレーはファッゾに視線を動かしたが、どうやらこの一言は役に立たなかったようだ。

再びミストレルを見て眉をひそめ、無言の念を送る。良い一言!良い一言をお願いします!

「まぁつぶあんでも良いや」

そしてふと、自分を凄い目つきで睨んでいるベレーに気がついてびくりとした。

「うおっ・・べ、ベレー、そんなにつぶあん食いたかったのか?」

「ふえっ!?」

「い、いや、なんか物凄い殺気立った目で見てるからさ・・」

「ち、違うんです。ファッゾさんが何か思いつきそうなんです」

「・・・それとアタシとどういう関係なんだ?」

「ミストレルさんが言った一言で、ヒントを得てるみたいなんです!」

「・・たい焼きのクリーム入りがどれか探してただけなんだけど」

その時、ファッゾが息を吐いた。

「ふはぁ。あーなんかこう、もやもやしてまとまらん」

「あうー」

ベレーが惜しそうな声を上げたのをミストレルは首を傾げつつ眺めていた。

そんな簡単に代案を思いついたらテッドは商売上がったりだ。

あれでも元は天才と言われて大本営の総合戦略部長まで上り詰めた奴だからな。

だからこそDeadline Deliversが全幅の信頼を寄せてるわけだし。

ま、ファッゾが諦めるか、本当に考えつくか知らねぇが、アタシはファッゾの言う通りにするだけだ。

 

そうこうしているうちに日も暮れて。

 

「・・・うーん」

ファッゾは頬杖をつきながら相変わらず唸っていた。

ミストレルはTVドラマを見終わるとソファ越しにファッゾに話しかけた。

「なぁファッゾ、そんなに悩み続けるとハゲるぞ」

「そうは言ってもだな・・」

「ちょっと早いけどメシにしちまおうぜ。食ったら気分変わるって」

「んー」

「作ってきてやっからさ」

「んー」

「・・全然聞いてねぇ・・仕方ねぇなー」

肩をすくめたミストレルが台所に消えた後。

 

「こんにちはー!ファッゾさんいらっしゃいますかー!」

 

と、元気の良い声が事務所の入口から室内に響き渡った。

びくりとしたファッゾが入り口を見ると、制服姿の少女が立っていた。

「な、なんだなんだ?」

「あ、居た!」

「なんだ、舞ちゃんか。どうした?」

「もー!ちゃん付けは止めてってお願いしたじゃなーい!」

 

舞。

 

元艦娘の舞風であるが、この街では珍しく脱走兵ではない。

正規の解体を経て普通の人間となり、そして警察官になった。

解体時に人間になる事を希望した艦娘達は、再生プログラムに基づいて戸籍と職を与えられる。

なぜか。

彼女達は見た目に反してそれなりの年数を生きている為、一般常識は身についている。

そして養子縁組にも限界があることから、基本的に働いて独立するよう言われるのである。

舞は警察官採用試験を自力でパスした、れっきとした警察官である。

しかし、艦娘から人間になって2年しか経っていない為、艦娘時代とほとんど容姿が変わらない。

それが何を意味するかというと、

 

 中学生が警官の制服を着てるようにしか見えない。

 

当初は普通の人間の町の警察署に配属となったが、ミニパトの隣で交通整理をしていたのに、

「こぉら!子供が何を悪戯しておるか!」

とおじいさんから叱られ、慌てて警察手帳の写真入り身分証を見せたにも関わらず

「ちょこざいな小細工しおってからに!どこの中学だ!」

と、全く信じてもらえなかったという悲しい逸話を持つ。

 

舞が悪いわけではないのだが、「警官らしく」見えるまでは人の少ない所でという事になった。

そこで(人間の)人口が少ないこの町の警察に転属となったのである。

この町では艦娘や深海棲艦(の逃亡兵)が沢山居るので、舞はあっさり受け入れられた。

ゆえに舞もこの町を気に入っているが、子ども扱いされる事はすっかりトラウマになっていた。

 

 

 

 

 


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