Deadline Delivers   作:銀匙

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第30話

 

「えっ?私のも良いんですか?」

「大丈夫。メンテナンス、しておく」

 

ベレーはきょとんとしながら艤装を工廠から出てきた小さな女の子に手渡した。

・・艦娘にも見えないし、妖精さんかな。でも深海棲艦の艤装なんて解るのかなあ。

 

工廠に艤装を預けた二人は、そのまま鳳翔の店へと連れてこられた。

「もう少しで夕食の時間ですから、宜しければ召し上がっていきませんか?」

鳳翔がそう訊ねたので、断る理由もなかった二人は開店前の店内で座って待っていた。

そして出された夕食を一口頬張った途端、

「・・旨っ!」

「お、美味しい、です」

二人は目を見張った。

これは・・これは美味しい。

言っては悪いがこんな南の果てにある離れ小島でこんなに美味しいご飯が作れるものなのか?

「うふふ、沢山ありますからお代わりしてくださいね」

「サンキュー!煮物旨ぇなー」

「こんな美味しいご飯食べた事ないです!」

「ありがとうございます」

鳳翔は少しの間二人の様子を見ていたが、そっと話しかけた。

「お二人は仲良しなんですね」

ミストレルは頷きながらニコッと笑った。

「ああ、コイツは妹みたいなもんだ!家事も上手いし可愛いんだぜ~!」

ベレーがミストレルを見て、ぺこりと頭を下げた。

「いつも頼りにしてます」

「おう!任せとけ!」

「・・そうですか。それは何よりですね」

鳳翔は微笑みながらそう言うと厨房に戻っていった。

 

「いやー、直してもらった上にメシまで食わしてもらってサンキューな」

「艤装も調子が良くなった気がします。ご飯も美味しかったです。ありがとうございます」

 

修理、補給を済ませた艤装を受け取り、ミストレルとベレーは岸壁に立つ鳳翔に礼を述べていた。

鳳翔はにこにこ笑いながら返した。

「いえいえ、簡単な物ですみませんでした」

「あんな旨い煮物は初めて食ったぜ!」

「ところで、帰りも護衛機に送らせますが、どちらまで随伴させますか?」

ミストレルは目をパチクリさせた。

「・・えっ?」

「はい?」

「だ、だって日没過ぎて真っ暗だぜ?」

「それが何か?」

ミストレルは呆気に取られた。

航空機は夜間の離着陸が難しい。特に着艦は不可能である。

ゆえに空母は夜戦に参加する事が出来ない。

これは艦娘の間では常識中の常識である。

困惑しながらもミストレルは1つの結論に達した。

自分が脱走してから何らかの技術革新があったのだろうと。

ならば深く突っ込んではいけない。

「じゃあ・・悪いけど、ムルガ島沖で攻撃にあったからもう少し本土寄りまで頼めるかな」

「大丈夫ですよ」

「助かる。燃料が続く範囲で良いぜ」

「解りました。それではお気をつけて」

「じゃーな!」

「失礼します!」

 

鳳翔は岸壁で水平線の彼方へと進んでいく二人と、自らの航空隊を見つめていた。

その傍らに、工廠長が立った。

「鳳翔」

「・・ありましたか?」

「気にしておらんかったようじゃの。建造当時の貼付位置にあったぞい」

工廠長が鳳翔に手渡したのは、掌に乗る程の小さなプレート。

そこには

 

 「29891鎮守府 NO.038 摩耶」

 

と、書かれていた。

その夜遅く。

艦載機の整備をする妖精達を横目に、鳳翔は端末のキーを叩いていた。

画面には「手配艦娘リスト」が示されていた。

 

「ええと・・29891鎮守府・・摩耶さん・・これですね」

「犯罪歴なし、素行良し、ただし特定の状況下で撃ち損じる事多し・・」

「・・遠征指令遂行中に行方不明・・自口座の預金が引き出されており計画的逃走と見られる・・」

「・・直前に深海棲艦への一律の攻撃に対し疑問を呈する進言が多数見られた・・なるほど」

 

鳳翔は画面を見ながら頷いた。

 

「・・今、幸せに過ごせているのなら、それで良いのではないでしょうか」

 

鳳翔はキーボードを叩き、手配リストから当該情報を削除した。

この操作が出来るのは鳳翔以外には大将や雷、ヴェールヌイ相談役など限られたメンバーである。

もちろん特別機密事項だ。

 

「大変でしょうけど、頑張ってくださいね」

 

鳳翔は窓の外を見た。

艦娘が脱走し、一般社会に溶け込んで生きている事は、実は大本営も把握している。

司令官が想像する以上に、艦娘達は苛酷な環境に居る。

戦闘の最前線でのストレス、戦争の意義への疑問、戦術への疑問、作戦への疑問。僚艦への疑問。

諸々の心理的負担を緩和する装置は艤装に組み込んであるが、万能では無い。

心が折れてしまう艦娘も居る。

典型例が悩みすぎて攻撃出来なくなってしまうパターンだ。

ただ、司令官へは「攻撃したが失敗した」と報告する決まりにしている。

それは失敗率が高い艦娘を司令官が敬遠する事で、自然と休養が取れる事を狙ったのである。

ところがブラック鎮守府の司令官は、失敗率の上がった艦娘を「囮艦」として使い捨てる。

溜まりに溜まった疑問と司令官への怨嗟は、艦娘を深海棲艦へと誘う充分な理由になる。

881研の特別リポートは、そう結論付けていた。

そんな悲惨な末路を辿るくらいなら逃亡する方がマシではないか。

鳳翔はそう考えるようになり、特に犯罪を犯していない逃亡兵に対しては寛容だったのだ。

 

「私達は司令官の思いに素直ですからね。良い方向でも、悪い方向でも」

 

ふと、袖を引っ張る感覚に気づいて目をやると、妖精達が整備を終えた事を伝えてきた。

「ふんふん・・いつもながら美しい整備ですね。お疲れ様でした」

労われた妖精達はピシリと敬礼すると、寝床へと移動していった。

 

「私は良い提督の元に居られるから、今でも幸せですけれど・・」

 

大本営で雷の作戦に同行して大粛清をかけた時のような乾いた毎日だったら耐え切れただろうか。

鳳翔はもう1度窓の外を見た後、そっとカーテンを閉めた。

 


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