Deadline Delivers   作:銀匙

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第26話

 

 

ある日の事。

ファッゾ達が事務所でくつろいでいると、柱の電話が鳴った。

近い所に居たファッゾが受話器を取ると、テッドのやけに明るい声が聞こえてきた。

 

「おい、今回の荷はボロいぞ。良かったなファッゾ」

 

受話器を握るファッゾは首を傾げた。

 

ボロい、とは儲けの大きい旨みのある依頼という意味のスラングである。

しかし、テッドがこういう台詞を吐く時は大抵ろくな事がないと相場が決まっている。

呼びもしないのに美味しい話なんて来る訳が無い。

 

「・・ほう。依頼主は?」

 

ファッゾは慎重に質問を返した。

まだ受けるとは言わないほうが良いと勘が告げていたからだ。

テッドは上機嫌で答えた。

 

「ナマゾン様だ。支払いは確実迅速だぜ」

「・・エクスプレスか?」

「大当たり。3辺計250cmのダンボール箱1つ、重量は20kgぽっちだぜ?」

 

エクスプレス。

 

大手通販会社の「ナマゾン超特急」が売りにする、通常より短期間で届けてくれる会員専用サービスである。

このサービスは通常陸送業者が請け負うが、届け先が海で隔てられている場合はDeadline Deliversの出番となる。

年会費を払っても注文しない人や陸送では黒字が出るが、Deadline Deliversに頼むと赤字と言われている。

ゆえにナマゾン側も非常にコストを気にするので、通常、テッドはスターペンデュラム等の低ギャラ組に振る。

なのに比較的高価なギャラを必要とするファッゾの所に電話をかけてきて、美味しい仕事だと餌を撒いている。

つまり・・

 

ファッゾはサングラスを押し上げながら言った。

「行き先は・・鎮守府か?」

「よぉよぉ今日は冴えてるなファッゾ。ロト30でも買ったらどうだ?」

「開始以来10年間1回も当りが出なくて賞金が溜まる一方のあれか?30桁も当てられる訳ないだろ。で、どこだ?」

「冗談だよファッゾ・・・あー、位置は・・その・・ちょっとばかし南だ」

 

途端にファッゾの眉間にしわが寄る。

 

「・・ちょっと?」

「ちょこっと」

「・・どこだ?」

「そ・・それより今回の報酬は良いぞ!通常のお前さん達に頼む額の3割増しだぜ?」

 

次第に上ずるテッドの声に、ファッゾの眉間のしわが一層深くなり、一段声色が低くなる。

 

「場所は、どこだ、テッド?」

 

数秒間の沈黙の後、テッドは諦めて答えた。

 

「・・ソロルだ」

 

ファッゾは白目を剥きながら唸った。

「おおいテッド・・あんな訳の解らない海域は二度と行かないぞとあれほど」

「深海棲艦にも鎮守府にも話を通せるDeadline Deliversが他に居ねぇのは解ってるだろファッゾ」

「他に居なかろうとあの海だけはお断りだ。常識が通じないにも程がある」

「そこを何とか頼むぜファッゾ。アエロの連中もやけに頑なに拒否しやがったんだよ」

「あそこは戦域より怖いんだよ。変な宗教の勧誘まであるらしいしな」

「カレー教とかいう奴だろ?群れに混じってガラムマサラとか言いながら盆踊りしときゃ良いんだろ?」

「うちの従業員にそんなキチガイみたいな真似させられるか。切るぞ」

「まあ待てって。最近仕事もご無沙汰だろ?」

 

ファッゾは渋い顔になった。

テッドが唯一の仲介人である以上、テッドはDeadline Deliversの懐具合を熟知してる。

言われた通り、ここ3ヶ月ほどは依頼なし。開店休業状態だ。

しかも。

 

「・・・」

「確か先々週だっけ?BMWのAT壊れたんだろ?」

ファッゾの眉がピクリと動く。

「・・・どこから聞いた?」

「アイウィがホクホク顔だったんでな」

「くそ、あのおしゃべりめ」

「AT乗せ換えって100万近くするんだろ?」

「・・・・85万だ」

「ちょっと痛い出費じゃないのかい?」

テッドの指摘はいちいちその通りであり、ファッゾは言わなかったが財政状況は決して良くなかった。

余裕があるからと家賃を1年分前払いなんてするんじゃなかった。

電話を横で聞いていたミストレルが肩をすくめながら呟いた。

「押し問答してても仕方ねぇだろ。ギャラ吊り上げちまえよ」

ファッゾは受話器を押さえながら反論した。

「しかしだな」

「どうせ受ける事になるんだし、時間の無駄だって」

「酷い目に遭ったって言ってたじゃないか」

「教祖と間違えられて信者に囲まれたってだけだ。今度はサングラスでもしていくさ」

「・・ベレーはどう思う?」

ベレーは遠い目をしてふるるっと小さく震えた後、

「・・ふ、二日くらいお休みを頂けるなら、が、がんばり、ます。はい」

と、自らに言い聞かせるように小さく小さく答えた。

ファッゾはベレーを指差しながらミストレルに噛み付いた。

「ほらみろミストレル、ベレーは完全に怯えてるじゃないか」

「お弟子様ですかって握手を求められただけだから実害は無ぇんだって。ま、アタシが違うって解れば大丈夫だろ」

「・・うー」

 

ファッゾは唸りながら受話器に向かって話した。

 

「・・・3割増じゃ割に合わん」

テッドの声が一気に明るくなった。

「行ってくれるか!そうか!良かった!いやーさすがファッゾ!」

「3割増じゃ割に合わんと断ってるんだが?」

 

電話口の向こうでテッドが誰かと激論を交わしている様子が伝わってくる。

 

たっぷり1分経った後、

「倍だ。これが上限だ」

「・・なに?」

「ナマゾンさんはお急ぎの様子でな。運賃は倍払ってくれる。それも前払いでな」

ファッゾは1ミリも警戒を解かずに続けた。

「・・輸送失敗の場合は幾ら返すんだ?」

「・・・」

「・・テッド?」

 

嫌な沈黙だなとファッゾは思った。

たっぷり30秒は経った後、テッドは言った。

 

「失敗は・・認められない・・そうだ」

 

ファッゾは溜息をついた。予想通りだ。

ボロいどころかこっちがボロボロになりそうだ。

 

 

 


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