Deadline Delivers   作:銀匙

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第77話

 

 

リットリオは軽く深呼吸すると、ゆっくり風雲に話し始めた。

「研修生の間で、ずっと受け継がれている伝統があるんです」

「伝統、ですか?」

「聞いて頂けますか?」

「はっ、はい!もちろんです!」

「研修にしろ、この生活にしろ、鎮守府では経験し得ない事が沢山あります」

「・・むしろそっちの方が多いですよね」

「はい。ですから、本人だけでは乗り越えられない事があります」

「・・」

「一方で、後輩が出来る時には、私達はある程度慣れて、余裕が出てきます」

「そうですね」

「ですから後輩が躓いた時、そっと寄り添ってあげてください」

「・・リットリオさんが、私にしてくださったように、ですね?」

「そこにこだわる事は無いと思います。私が先輩から助けて頂いたのはですね」

「ええ」

「赤い口紅を1本買ってきて欲しいと頼まれた時でした」

「・・微妙に曖昧ですね」

「ええ。でも私はその曖昧さを確かめず、自分でこれだと思った口紅を買ってしまいました」

「・・」

「当然お客さんは怒り、受け取ってくれませんでした」

「・・ん?」

「その時、お客さんの所からとぼとぼと帰ろうとした時にですね」

「ええ」

「先輩がひょこっと顔を出して、話を聞いて、お菓子を奢ってくれたんです」

「・・」

「そして、どうしてそうなってしまったかを整理するのを手伝ってくださいました」

「・・」

「課題ですから、本来は一人で考えねばなりません」

「・・」

「でも怒ってる時に自分の悪い所に気づくはとても大変だからと、手を貸してくれた」

「・・」

「おかげで私は引きずる事無く次に進めました」

「なるほど。その事に鹿島さんは何も言いませんでしたか?」

「知ってるけど知らないフリをしてる、と」

「ふうん・・じゃあ鹿島さんはそこまで踏まえた上で、怒りっぽい客の役を演じてるんですね」

「そうです・・・って!?」

「はい?」

リットリオは目を見開きながら風雲に訊ねた。

「ど、どどどどどうしてあのお客様が鹿島さんだと知ってるんですか?」

風雲は肩をすくめた。

「だって、その日の夜に一緒に晩ご飯食べてるんですよ。気づきますって」

「私、この件があるまで全然解りませんでした・・多分先輩達も」

「そうですか?駆逐艦なら割と普通に出来ると思いますよ?」

「そうなんですか?」

「ええ。入渠中、つまりお風呂場で誰かに何かを伝えるとするじゃないですか」

「はい」

「その時に相手を間違えたら大変ですけど、裸で、かつ髪が濡れてると紛らわしい人が多いんです」

リットリオはふと、風呂場で駆逐艦の子達と出会った時、見分けがつかなかった事を思い出した。

「あー」

「ですからちょっとした仕草とか、語尾とか、外観と無関係の特徴だけで特定するスキルは必須なんです」

「・・なるほど」

「話を元に戻しますけど、それが伝統なんですね?」

「・・ええ。ですから風雲さんも、磯風さんと対峙したり、避ける方向に回らないであげてください」

「・・うーわぁ・・難題だ」

「料理の件は大変なんでしょうけど」

風雲は思わず車を停め、リットリオの方に向いた。

「リ、リットリオさん・・・ちょおっと確認したいんですけど」

「はい?」

「まさか、磯風の料理の凶悪さをご存じないんですか?」

「ええ。ご馳走になった事は無いですね・・」

風雲は腕を組み、答えた。

「それは・・それはとても由々しき問題かもしれません」

「ええっ?」

「えっと、じゃあ比叡さんのカレーは解りますよね?」

「それが・・そちらも機会がなくて・・」

「うええええええっ!?リットリオさんもう結構長いですよね?」

「え、ええ・・」

「それは良くありません。意識の共有が出来なくなってます」

「意識の共有?」

「・・・・」

「・・・あの?」

風雲はしばらく考え込んだ後、悲壮な決意を秘めた目でリットリオを見た。

「わ、解りました・・リットリオさんの今後の為、こ、この風雲、ご協力いたします」

「?」

 

その日の夜。

 

「陽炎方駆逐艦十二番艦、磯風だ、皆、よろしく頼む」

キチッと背筋を伸ばしてそう言った磯風に、リットリオは

「かっこいいですねー、こちらこそよろしくお願いします」

と、ニコニコして応じ、磯風はホッとしたように

「で、では、す、少し自己紹介をさせて頂く」

と、続けた。

しかしその時、風雲は1点を見つめたまま固まっていた。

そして香取は鹿島と朝潮から視線だけで大会議の真っ最中だった。

なぜなら面々が囲む卓上には、香取が用意したものではない鍋が1つ混じっていたからである。

3人の会話を聞いてみよう。

「か、かかかかか香取姉ぇ、絶対!絶対磯風さんを台所に通しちゃダメってあれほど!」

「そうですよ!昼の調整会議で最重要事項として蛍光マーカーで2重ライン引きましたよね!?」

「そ、そうなのです。私もそうしたかったのですが、風雲さんが1度だけと」

「なんで!?」

「風雲さんいつから自殺志願者になったのですか?」

「私にもさっぱり解らないのですが、これはどうしても必要なんだと強く仰って」

「えー・・」

「それから、その、もう1つ風雲さんから言われてまして」

「・・物凄く嫌な予感がしますが」

「そ、その、リットリオさんと同じタイミングで一口だけ召し上がって欲しいと」

「・・・」

「・・・なるほど、風雲さんは我々を皆殺しにするつもりなのですね」

「いえ、それが、リットリオさんにとって非常に重要なことなのだと」

「リッちゃんに?」

「どうしてでしょう?胃腸は鍛えられませんが・・」

「ともかく、風雲さんの目はまともでしたので・・」

「真顔で狂言を吐くのは相当なサイコだよ?」

「風雲さんは真面目だと信じていたのですが・・」

「ともかく、1度だけ、一口だけと風雲さんも仰ってますので」

「・・気が重いなぁ」

「ド下手だと解ってる看護師の注射を待つ気分です」

「・・と、話が終わりましたよ」

 

鹿島と朝潮がぱぱっと向き直ると、磯風がおほんと咳払いをした。

「そ、それでだな、これから世話になる礼の意味で、この磯風の手料理を振舞いたい」

リットリオが応じた。

「わぁー、楽しみですねー」

 

・・・ごくり、と、誰の物とも解らぬ唾を飲む音が響いた。

 

 

 


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