風雲は思い出したように頷いた。
「そうでしたそうでした。訊ねた時はすっごいまくし立てられたんですけど」
「あの人はそうだよねぇ」
「矢継ぎ早に聞いていったらなんか大人しくなっちゃって」
「あの人が!?」
「ええ。巻雲姉ぇの場合は天然なんでどこまで行っても反応が一緒なんですけど」
「むしろお姉様の方が酷いですね・・」
「あの人の場合、なーんか無理してわざと曖昧に言ってそうな気がしたんですよねぇ」
「・・わざと?」
「ええ。本当はちゃんとしてる、そんな気がして」
「へー」
「あと、どっかで会ったような気がするんですよー」
「街の中ですれ違ってるんじゃない?」
「そんなんじゃなくて・・・もっと話とかしてそうな気がするんですよ・・」
「・・・」
リットリオは腕を組んで考えた。
そういえば、あの客は朧先輩も、その先輩もトラブルになったといっていた。
そして何回か後に克服した、とも。
「何でこれだけトラブルになってるのに頼むのかなぁ」
「えっ?」
「あーええと、あのですね、あの家の事なんですけど」
「怪しい!怪しすぎます!」
「ですよね」
商店街の隅で目的の羊羹を買った風雲とリットリオは、再び車に乗るとそう言ったのである。
「これは突き止めたいですね。我々にトラブルを何故吹っかけるのか」
「・・・」
しかし、リットリオは何故か別の意味で引っかかっていた。
なんか正体を追求するのはよろしくないような気がする。
リットリオが返事をしないので、風雲はひょいとリットリオのほうを向いた。
「どうかしたんですか?」
「んー・・なんとなく、正体を突き止めるのは止めた方が良い気がするんです」
「えー、これを届けに行く時がチャンスじゃないですかー」
「いつもだと何回か依頼があるはずですから、まずは普通に渡して、様子を伺いましょう」
「リットリオさん慎重ですね」
「何かもやもやするというか、嫌な予感が」
「んー・・」
風雲はウィンカーを出しながら、
「まぁリットリオさんがそう仰るなら、面と向かって問い詰めるのは止めときます」
と、続けたのである。
その夜。
リットリオは寝間着のまま、そっと階段を昇って行った。
風雲が既に寝てる事は確認した。話すなら今だ。
コン、コン。
「・・はーい」
「リットリオです。入っても良いですか?」
「いいよーぅ」
ガチャ。
リットリオがそっと中を伺うと、開け放した窓際に鹿島が立っていた。
手にはウィスキーの入ったグラスを握って。
「やー、リッちゃんだー」
「鹿島さん、結構飲まれてますね?」
「良いかねリットリオ君、お酒は飲むものだよ!呑まれちゃダメなんだよっ!」
「その通りです。ですから呑まれないでください」
「・・・うん」
「あー・・」
リットリオは躊躇った。
自分の中では十中八九、あの依頼人は鹿島が変装してるのだという確証があった。
しかし自分はまだ研修中。このタイミングで聞いて良いのだろうか。
研修がやりづらくなったら申し訳ない。
押し黙ってしまったリットリオを見て、鹿島は小さく溜息をついた。
「リットリオ君」
「・・はい」
「昼の件だね?」
「・・」
鹿島はカラカラとサッシを閉め、窓の外を見ながら続けた。
「・・風雲君は気づいてしまったかね?」
「特定してませんけど・・かなり身近な人ではないかと気づいてます」
「あぅー」
鹿島はがくりと頭を垂れた。
リットリオはそっと顔を上げた。
「あの、鹿島さん」
「うん」
「あの依頼人は、鹿島さんですね?」
「・・その通りだよリットリオ君」
「好意的ではない人との交渉を行う訓練なんですね?」
「・・それもあるし、本当にうまく説明出来ない子も居るしね」
「あー」
リットリオは苦笑した。まさに巻雲の事だ。
「どうかしたのかね?」
「今日の風雲ちゃんの対応はパーフェクトに近かったのでは?」
「想定ケースとは全然違ったけど、結果を考えれば満点でござる」
「語尾無茶苦茶ですよ」
鹿島はリットリオに振り向き、両腕をぐいと上にあげた。
「飲まなきゃやってられないのだよ~ぅ」
「なら、種明かしをしますね」
「種明かしとな?」
「・・なぁるほど、お姉さんがまさにそのパターンだったのかね」
「です」
「だからかぁ・・異様に対応が手馴れてて上手いと思ったのだよ~う」
「さすがの鹿島さんでも追いつけなかったんですね」
「だってさ、だって機関銃みたいに物凄い勢いで正確に聞いてくるんだもん」
「・・」
「まさかまっすぐ来るとは思わなかったからネタを考える時間もなかったんだもん」
「ですよね」
「だからボロが出てしまったのだよ明智君」
「誰ですか明智君て?」
「誰でも良いのだよワトソン君」
「とりあえず、そういうわけです」
「じゃぁ、その辺の訓練はもう良いかなぁ」
「鹿島さんの見立て通りだと思いますよ」
「・・リッちゃん」
「はい?」
「教えてくれて、ありがと」
「・・」
「実を言えば、変装して演技するのはちょっと自信があったのだよ鹿島さんは」
「私は1ミリも気づきませんでした」
「だから今日はとことん凹んだのだよ」
「鹿島さんの方もバレそうって思ってたんですか?」
「だって風雲っち、どっかで会ったよねってしつこく聞いてくるんだもん」
「あー」
「質問にしどろもどろになったのも恥ずかしいし、その上演技までバレたら切ないのだよ」
「先生も、進化していけば良いんじゃないでしょうか?」
「・・」
「最初から完璧な人は居ない。皆さんに教えて頂いた事ですよ?」
「・・たはは。こりゃ鹿島さん、一本取られちゃいました」
「でも、風雲さんには言わないでおきます」
「そうして欲しいな」
「でも・・どうしようかなぁ」
「何が?」
「あー・・」
リットリオは一瞬、「伝統」を説明すべきか迷った。
研修生の間で受け継がれている「伝統」は、見方を変えると研修のネタバラシである。
香取達から見て気分の良い物なのだろうか?
だが、口走った以上は言ってしまうしかないだろう。
変に鹿島が気にしたら可哀想だから。
「えっとですね・・」