Deadline Delivers   作:銀匙

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第70話

 

 

リットリオは風雲の方に向き直った。

「どうしました?」

風雲はタオルを見つめたままポツリと答えた。

「やっぱり・・来週から交代、なんですよね」

「普通は、ですけどね」

「・・解ってるんです。やらないと研修にならないって」

「銃を撃つのは苦手ですか?」

「んー・・その・・はい」

「反動が大き過ぎるなら鹿島さんに言えば取り替えてくれますよ?」

「あ、いや、その、教官が決めた事に逆らうなんて・・」

「そんな事無いと思いますけど・・」

「ま、まぁこの話はこれで。さ、早く行きましょう!」

「・・ええ」

 

そう。

風雲はリットリオを大変信頼し、一緒なら買い物もこなせる。

しかし香取姉妹と朝潮に対する怯え方が尋常では無いのである。

 

その日の夜遅く。

執務室を訪ねたリットリオは、丁度方針を話し合っていた香取達と出会った。

そこで風雲の言ったこと、最近の様子等を打ち明けたのである。

「んー、何に困ってるのかなぁ・・」

「そこまでは聞けなくて・・」

「苦手・・ですか」

香取が首を振った。

「一番気になるのは、意見を言う事を教官の指示に逆らう事と認識されている点です」

鹿島が続けた。

「うん。私達が言うのはあくまで見立てや草案だから、本人に合ってるとは限らない」

朝潮も頷いた。

「でもその差異までは私達では解りませんから、言ってもらわないと解決しません」

「未解決の問題を抱えていては、銃の捌きは上手くならない」

「そしてその話さえ、リットリオさんには言えるけれど私達には言えない」

「やっぱり順番を後回しにしてもらって、着任を遅らせた方が良かったのかなぁ」

「ですが、その間鎮守府内で要らぬプレッシャーに晒されては可哀相ですし・・」

「我々も堂々巡りの議論の果てに、一番マシだと思う選択肢を取ったんですよね・・」

リットリオは黙って頷いた。

誰かが着任すると決まった時から、香取達は話し合いを重ねている。

表向きは手取り足取りでもないし、傍に居て教えてくれる訳でもない。

だが、一人一人を良く見て、どうすれば最善の教育となるかを高密度に調整している。

ふと、リットリオは自分がこの場に居る意味は何だろうかと考え、口にした。

「あの」

「ええ」

「私がここに居るのは・・えっと」

香取と朝潮はグラスの水を見つめたまま、鹿島は上目遣いにリットリオを見返した。

3人とも静かにリットリオの答えを待っている。

「いつか・・戦艦として皆を率いる際、トラブルが出た時の対処法を、見せて頂いてるのですか?」

鹿島がニッと笑った。

「まぁ正解、かな」

朝潮はグラスに目を向けたまま継いだ。

「正確には、別に艦隊運営に限らなくても構いません」

香取はミネラルウォーターのボトルからグラスに水を注ぎながら継いだ。

「困り事は抱え込むほど大きく見えます。周囲に打ち明け、適切な大きさにして調理してしまうのです」

「風雲さんの事は・・ありふれた、そのくせ難しい物だと思います」

「誤解は解けたけど気持ち的に畏怖の念が残っている。あるいは前々からそうした常識を持っていた」

「です。一体どうしたら・・」

鹿島が胸を張った。

「出来る事をやれば良いのだよ~きみぃ」

「・・あっ」

リットリオはその仕草と朧の姿が重なった。

あの時、先生っぽかろうと言って、優しく諭してくれた朧の姿を。

自分も、あの時の朧のように導けるだろうか。

「どうしたんですか、リットリオさん?」

香取が心配そうに見ていたので、

「いえ、私も良い先輩になりたいなって、思いまして」

「んー・・それはお二人に重荷となるかもしれませんよ」

「えっ?」

「リットリオさんの良い先輩たる理想像と、風雲さんのそれが一致してれば良いのですけど」

鹿島が溜息をついた。

「割と高い確率で違うんだよねぇ・・これが」

「そ、そうなんですか・・」

朝潮がリットリオの肩を叩いた。

「そしてリットリオさんは、風雲さんの支配者でも、下僕でもありません」

「え?ええ・・当然です」

「本当に、そこを理解してますね?」

「えっ?」

「風雲さんの為にと、良かれと思って、自ら下僕になっていませんね?」

「そ、そんな事・・は・・」

鹿島が続けた。

「実はねぇ、ほとんどの子がその罠に嵌るんだよ」

「へっ!?」

「だって、他人から好かれたい、評価されたいって言うのは当たり前の気持ちだもん」

「・・」

「更に言えば、困ってる子が居たら手を差し伸べたくなるのが人情だもん」

「・・」

「一番難しいのが、自他共に犠牲にしない適切な距離感を保つ事」

「・・」

「リッちゃんは今、かなり難しい局面に居るよ。だから種明かししてるんだもん」

「えっ」

「朧ちゃんとかはこの辺も自分で気づいてもらったんだけど、状況が状況だから」

「私は、どこから考えれば良いのでしょうか・・」

香取が呟いた。

「1つは、リットリオさんがここに居られる日数を考慮せねばならない、と言う事です」

「あ!」

リットリオは顔を歪めた。

そうだ。

今は私が中間に立ち、風雲ちゃんと香取さん達の意思疎通を図っている。

だが私がこのまま抜けてしまったら、風雲ちゃんはやっていけるだろうか。

いや、違う。

やっていけるように、しなければならない。

残り2週間と3日。着任が1週間遅れた分リミットは短い。

どうすればいい?

「・・・」

黙り込んでしまったリットリオを、3人はちらちらと見たまま黙っていた。

沈黙のまま1分が過ぎた時、ハッとしたようにリットリオは顔を上げると、

「あ、あの、こういう場合にどうしたら良いかご存知ですか?解らないので知りたいです!」

と言ったので、鹿島が応じた。

「ギリギリ合格かな、リッちゃん」

香取達が頷いたのを見つつ、鹿島は続けた。

「まずは私達の気持ちを伝えてみようよ。その反応を見て次に行こ!地道にね!」

鹿島がにこっと笑いながら言ったので、朝潮はほっと溜息をついた。

「鹿島さんの明るさに、私は何度も助けられてますね。いつもありがとうございます」

「私だって朝潮ちゃんに助けられてるよ~、こちらこそありがとね~」

「・・おほん」

香取が小さく咳払いしたので、

「もっちろん、香取姉ぇにも感謝してるよっ!」

と、鹿島が笑顔を向けたので、香取は頬を染めて頷いたのである。

リットリオは3人の様子を見て思った。

いつか自分も、こんなに信頼しあえる仲間を作る事が出来るだろうか。

いや、ぜひ作りたいものだ、と。

 

 

 


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