リットリオは風雲の方に向き直った。
「どうしました?」
風雲はタオルを見つめたままポツリと答えた。
「やっぱり・・来週から交代、なんですよね」
「普通は、ですけどね」
「・・解ってるんです。やらないと研修にならないって」
「銃を撃つのは苦手ですか?」
「んー・・その・・はい」
「反動が大き過ぎるなら鹿島さんに言えば取り替えてくれますよ?」
「あ、いや、その、教官が決めた事に逆らうなんて・・」
「そんな事無いと思いますけど・・」
「ま、まぁこの話はこれで。さ、早く行きましょう!」
「・・ええ」
そう。
風雲はリットリオを大変信頼し、一緒なら買い物もこなせる。
しかし香取姉妹と朝潮に対する怯え方が尋常では無いのである。
その日の夜遅く。
執務室を訪ねたリットリオは、丁度方針を話し合っていた香取達と出会った。
そこで風雲の言ったこと、最近の様子等を打ち明けたのである。
「んー、何に困ってるのかなぁ・・」
「そこまでは聞けなくて・・」
「苦手・・ですか」
香取が首を振った。
「一番気になるのは、意見を言う事を教官の指示に逆らう事と認識されている点です」
鹿島が続けた。
「うん。私達が言うのはあくまで見立てや草案だから、本人に合ってるとは限らない」
朝潮も頷いた。
「でもその差異までは私達では解りませんから、言ってもらわないと解決しません」
「未解決の問題を抱えていては、銃の捌きは上手くならない」
「そしてその話さえ、リットリオさんには言えるけれど私達には言えない」
「やっぱり順番を後回しにしてもらって、着任を遅らせた方が良かったのかなぁ」
「ですが、その間鎮守府内で要らぬプレッシャーに晒されては可哀相ですし・・」
「我々も堂々巡りの議論の果てに、一番マシだと思う選択肢を取ったんですよね・・」
リットリオは黙って頷いた。
誰かが着任すると決まった時から、香取達は話し合いを重ねている。
表向きは手取り足取りでもないし、傍に居て教えてくれる訳でもない。
だが、一人一人を良く見て、どうすれば最善の教育となるかを高密度に調整している。
ふと、リットリオは自分がこの場に居る意味は何だろうかと考え、口にした。
「あの」
「ええ」
「私がここに居るのは・・えっと」
香取と朝潮はグラスの水を見つめたまま、鹿島は上目遣いにリットリオを見返した。
3人とも静かにリットリオの答えを待っている。
「いつか・・戦艦として皆を率いる際、トラブルが出た時の対処法を、見せて頂いてるのですか?」
鹿島がニッと笑った。
「まぁ正解、かな」
朝潮はグラスに目を向けたまま継いだ。
「正確には、別に艦隊運営に限らなくても構いません」
香取はミネラルウォーターのボトルからグラスに水を注ぎながら継いだ。
「困り事は抱え込むほど大きく見えます。周囲に打ち明け、適切な大きさにして調理してしまうのです」
「風雲さんの事は・・ありふれた、そのくせ難しい物だと思います」
「誤解は解けたけど気持ち的に畏怖の念が残っている。あるいは前々からそうした常識を持っていた」
「です。一体どうしたら・・」
鹿島が胸を張った。
「出来る事をやれば良いのだよ~きみぃ」
「・・あっ」
リットリオはその仕草と朧の姿が重なった。
あの時、先生っぽかろうと言って、優しく諭してくれた朧の姿を。
自分も、あの時の朧のように導けるだろうか。
「どうしたんですか、リットリオさん?」
香取が心配そうに見ていたので、
「いえ、私も良い先輩になりたいなって、思いまして」
「んー・・それはお二人に重荷となるかもしれませんよ」
「えっ?」
「リットリオさんの良い先輩たる理想像と、風雲さんのそれが一致してれば良いのですけど」
鹿島が溜息をついた。
「割と高い確率で違うんだよねぇ・・これが」
「そ、そうなんですか・・」
朝潮がリットリオの肩を叩いた。
「そしてリットリオさんは、風雲さんの支配者でも、下僕でもありません」
「え?ええ・・当然です」
「本当に、そこを理解してますね?」
「えっ?」
「風雲さんの為にと、良かれと思って、自ら下僕になっていませんね?」
「そ、そんな事・・は・・」
鹿島が続けた。
「実はねぇ、ほとんどの子がその罠に嵌るんだよ」
「へっ!?」
「だって、他人から好かれたい、評価されたいって言うのは当たり前の気持ちだもん」
「・・」
「更に言えば、困ってる子が居たら手を差し伸べたくなるのが人情だもん」
「・・」
「一番難しいのが、自他共に犠牲にしない適切な距離感を保つ事」
「・・」
「リッちゃんは今、かなり難しい局面に居るよ。だから種明かししてるんだもん」
「えっ」
「朧ちゃんとかはこの辺も自分で気づいてもらったんだけど、状況が状況だから」
「私は、どこから考えれば良いのでしょうか・・」
香取が呟いた。
「1つは、リットリオさんがここに居られる日数を考慮せねばならない、と言う事です」
「あ!」
リットリオは顔を歪めた。
そうだ。
今は私が中間に立ち、風雲ちゃんと香取さん達の意思疎通を図っている。
だが私がこのまま抜けてしまったら、風雲ちゃんはやっていけるだろうか。
いや、違う。
やっていけるように、しなければならない。
残り2週間と3日。着任が1週間遅れた分リミットは短い。
どうすればいい?
「・・・」
黙り込んでしまったリットリオを、3人はちらちらと見たまま黙っていた。
沈黙のまま1分が過ぎた時、ハッとしたようにリットリオは顔を上げると、
「あ、あの、こういう場合にどうしたら良いかご存知ですか?解らないので知りたいです!」
と言ったので、鹿島が応じた。
「ギリギリ合格かな、リッちゃん」
香取達が頷いたのを見つつ、鹿島は続けた。
「まずは私達の気持ちを伝えてみようよ。その反応を見て次に行こ!地道にね!」
鹿島がにこっと笑いながら言ったので、朝潮はほっと溜息をついた。
「鹿島さんの明るさに、私は何度も助けられてますね。いつもありがとうございます」
「私だって朝潮ちゃんに助けられてるよ~、こちらこそありがとね~」
「・・おほん」
香取が小さく咳払いしたので、
「もっちろん、香取姉ぇにも感謝してるよっ!」
と、鹿島が笑顔を向けたので、香取は頬を染めて頷いたのである。
リットリオは3人の様子を見て思った。
いつか自分も、こんなに信頼しあえる仲間を作る事が出来るだろうか。
いや、ぜひ作りたいものだ、と。