Deadline Delivers   作:銀匙

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第68話

秋雲の表情を読んだのか、龍田は少し声色を穏やかにして続けた。

「だからこそ、私達の価値があるんじゃないかなぁ」

「価値?」

「あの人だけでは到底なしえない。でもあの人を支えれば素晴らしい未来が待ってる」

「・・」

「だから私達全員が力を出して、あの人の夢を叶えるんだって頑張るの」

「・・」

「提督が1から10まで一人で出来るなら私達はただの飾りでしょう?」

「・・」

「自分の額に汗する事で、あの人の夢が自分の夢にもなるわけだし~」

「そっか・・私達が居ないと成しえないから、私達の価値があるって事ですね・・」

「ええ」

秋雲は自分が考えてきた事の欠点を見出した。

司令官を頼らずとも良い術を身に着けたいと思いながら、一方で完璧な司令官を望んでいた。

そういう矛盾があったのではないか。

だがそれは、本当は拠り所を持ち、安心したいからだ。

秋雲は思わず口にした。

「龍田さん」

「なぁに~?」

「提督の元で働いて、安心・・出来ますか?」

「どういう意味で、かしら?」

「頑張れば認めてもらえて、ちゃんと休めて・・」

「・・」

「私がここにいて、働いて、成果を上げてるんだ、貢献してるんだって実感出来ますか?」

「今までここに居て、それらで不安になったかしら?」

「・・貢献してるって実感は、あまり無いです」

「そっかぁ・・でも秋雲さんは資源調達役として相応の評価を受けてると思うけどなぁ」

「ノウハウを聞かれる事はありましたし、答えられる事だったんですけど」

「ええ」

「その、あまりにも簡単過ぎて、ほ、本当にこんな事で良いのって思っちゃって」

「簡単過ぎる?」

「だっ、だって、長期遠征1つこなしたら3日間もお休みをもらえるし、有休まであるし」

「規定通りよ?」

「お給料も妙に多いし」

「それは成果評価が高いからよ~」

「あまりにも簡単過ぎるのにこんな厚遇って、なんか後で酷い事になるんじゃないかって」

「・・そうねぇ」

龍田はくすっと笑った。

「この鎮守府がビジネスを手掛けているのは知ってるわね?」

「・・はい」

「どうしてだと思う~?」

「へっ?あの・・艦娘がやりたがったからって・・聞いてますけど」

「その通り。じゃあそれによって何がもたらされてると思う~?」

秋雲は考え込んだ。自ら志願して始めた仕事なのだから、それは・・

「・・艦娘達が自信を持てた・・ですか?」

「あははっ。秋雲ちゃんは相当深く考えるのね~」

「へっ?」

「それも正解だけど、単純に言えば大本営から支給される以外の収入よ~」

「あ、ああ、仕事だからそうですね・・」

「私達の鎮守府は、少なくとも今は財政的にとても潤ってる」

「・・」

「財政に余裕があれば、制度を緩く運用しても差し支えがない」

「・・」

「だから皆をコキ使う理由がないのよ~」

そういえばそうだと、秋雲は思った。

2人目の司令官が泥沼状態に陥ったのは、資源不足だったからだ。

赤字だ赤字だと怒鳴り散らし、差配の悪さがさらに拍車をかけた。

だから皆を無理矢理働かせる羽目になり、我々まで沈んだのだ。

「あー・・確かに元の鎮守府は貧乏暇なしを地で行きましたね」

「でしょう?褒美を取らせるのにも原資は居るのよ~」

「ええ」

「武士は食わねど高楊枝、なんて悪行が昔からまかり通る国だから・・」

「えっ?それって、悪い事なんですか?」

「悪い事よ。貧乏は将来に莫大な害悪をもたらすから、是正しなければならないの」

「・・」

「世の中、お金なしに出来る事なんてほとんど無いわ」

「・・」

「お金と精神的な余裕が両方あって初めて何かが出来る。それが現実よ」

「・・なるほど」

秋雲は頷いた。

武士は食わねど高楊枝では、やせ我慢なので精神的な余裕もなければ金もない。

だから貧しい現状の維持は出来ても何かをするような状況ではない。

とはいえ、マネーゲームに明け暮れて金だけ持ってても金そのものに意味は無い。

だから精神的な余裕を持たせる意図をもって、規則が作られているのか。

何かに気づき、成し遂げられるように。

秋雲は再び明かりの方を向いた。

「私は・・ここの意図を誤解して、そのせいで不安になってたんですね・・」

「まぁ、しょうがないとも言えるけどね」

「えっ?」

「軍の中では清貧こそ美しい、極限まで働くのが当然という風潮が強いから・・」

「月月火水木金金、ですよね」

「体調管理上、十分な休息は不可欠で、能力を発揮させる基本中の基本なのにね」

「根性論、精神論、我慢こそ美徳」

「譲り合いの精神は大切だけど、行使するには基本的欲求が満たされた方が円滑」

「お腹空いてるのに配給されたコメを誰かにあげるなんて厳しいですよね」

「ええ。一杯あるからあなたにもあげる、その方が簡単」

「だからここは、余裕綽々なんですね・・」

「過労は罪。そういう精神で動かしてるわね」

「頑張りすぎて体調を崩すな、と?」

「そういう事。未達の所もあるけど・・ところで秋雲さん」

「はい」

「あなた・・今でも研修センターに行きたいと思う?」

「・・」

秋雲は少し考えていたが、

「なんか・・変な話ですけど」

「ええ」

「行って、そういうノウハウを身に付けるのが怖くなりました」

「怖い?」

「身に付けたら、ここがなくなるというか、居られなくなりそうで」

「・・」

「そ、それこそ荒唐無稽な事かもしれませんけど」

「提督はね、艦娘化処置を受けてるからそう簡単に退任しないわ」

「あの島の浜で実際に処置を見た時は心底びっくりしましたけどね」

「でも、ここが無くなってしまう確率は0ではないわ」

「・・」

「受けた、受けないは無関係に、そういうのはやってくるわ」

「・・」

「だから無くなったとしても生きるノウハウを身に着けたいなら、行かせてあげるわよ?」

「・・あの」

「ええ」

「風雲が帰ってきた後に、決めても良いですか?」

「良いわよ。切羽詰まった話ではないから」

秋雲はふと、龍田に聞いてみたくなった。

「・・龍田さんは、その、提督が居なくなられたら、どうなさるんですか?」

 

 

 





・・・・ええ、5月ですね。
あと僅か、です。

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