Deadline Delivers   作:銀匙

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第67話

 

話は現在に戻る。

那智に促されて入った場所は、薄暗い空間だった。

 

ギイィィィ・・・バタン・・

 

背後で鋼鉄製のドアが閉まる重い音が響き渡った。

地下ゆえに窓は無く、音は反響し、明かりのある所以外は良く見えない。

壁が凸凹してる所を見ると、部屋というよりは洞窟のようなイメージだ。

自分が立っている入り口側はほのかに明るいが、奥ほど暗いので奥行きが掴めない。

その奥の方に1ヶ所だけ机上スタンドのような小さな明かりが灯っていた。

目を凝らすと誰かの胸元がかすかに照らし出されているようにも見える。

 

「呼び出して悪かったわねぇ・・秋雲さん」

 

秋雲はその声色を聞いた途端、ぞくぞくと鳥肌が立った。

所属艦娘が異口同音に言った事。

 

この鎮守府では起業さえも支援してくれる程の自由を得られる。

だが、ルールを破った場合はかなり厳しい処置がある。

特に仏の文月を召喚してはならない。

不知火が首を振った時点で諦めろ。

最悪なのは龍田が出てきた時だ、と。

 

今耳にした声は、間違いなく龍田の声だ。

謝罪の言葉とは裏腹に、押さえ込んだ怒気を感じた。

そして、この場所。

どんなに大声を上げようとも絶対に地上へと届く事は無いだろう。

いきなり文月を通り越して龍田が来てしまうほどの何かを、私はやってしまったのか?

秋雲の口が震え、カチカチと歯が当たる音が小さく響いた。

 

「は、はははははい、いえ、と、とと、とんでもありません、龍田さん」

「ちょっと・・聞きたい事があるんだけどなぁ」

「な、な、何でも聞いてくだしゃい」

「単刀直入に聞くわね。あなた・・どうして研修センターの噂を吹聴してるの?」

秋雲は何を聞かれるのかとビクビクしていたが、予想外の方向だったので呆気にとられた。

「へ、あ、あの、噂?」

「月の裏側の悪魔と取引する為に半身を差し出すとか、そういう類の事よ~」

「・・あー、風雲に言ったことですか」

秋雲は俯き、小さく溜息をついた。

やっぱり自由といっても所詮は鎮守府。

発言1つで厳罰に処せられるのか。

秋雲は再び明かりの方を向いて答えた。

「深雪と私、それに風雲で話してた時、風雲が呼び出されたんです」

「・・続けて~」

「風雲が提督室から出てきて、センターに異動指令が出たって言うんですけど」

「・・」

「なんか浮かない顔してるんで、理由を聞いたら本当は行きたくないって言うんです」

「・・」

「それを聞いたら、ちょっとイラッとしちゃって」

「どうして~?」

秋雲はムッとした顔になった。

「だってセンターで研修を受けられるって、その後が保証されたも同然じゃないですか!」

「・・」

「高い実力とノウハウを得られて、皆から頼られて」

「・・」

「だから沈みにくくなるし、沈んでも転属先ですぐまた良い地位につける」

「・・」

「LVは単なる相対評価ですけど、研修センターで身に付く事は絶対的な能力です」

「・・」

「永遠に通じるノウハウを身につけるチャンスを得たのに、行きたくないなんて!」

「だから、変な噂を吹聴したの~?」

「そういう・・妬みはありましたけど、噂は、その・・」

「なぁに?」

「深雪と私は仲良しなんで、その、つい話が止まらなくなっちゃったというか」

「尾ひれを付けすぎた、そういうことね?」

「・・はい」

「研修センターに対して何か思う所があるわけではないのね?」

「行ける人がうらやましいとは、思います」

「どうして?」

「わ、私達は・・すごく不安定じゃないですか」

「不安定?」

「私は、元の鎮守府で、司令官が交代した後、ひどい目に遭いました」

「・・」

「それまで楽しかったのに、あっという間に変わり果ててしまった」

「・・」

「司令官の気持ち一つで、私達は海原に散る事になります」

「・・」

「だから、どこに行っても通じるノウハウが欲しい。安心したいんです」

「うーん・・」

「ここにいる皆さんは、そんな酷い目に遭った事なんて無いんでしょうけど・・」

「そうねぇ、ほとんどの子達は無いけど・・私はあるのよねぇ」

「・・へっ?」

秋雲はぞくりとした。

まさかあの提督も、何か別の顔があるのか?

「この鎮守府も、提督が来る前に3人司令官が来てるの」

「・・」

「最初の司令官は熱血で優しかったけど過労死しちゃった」

「・・」

「次の司令官は傲慢で間抜けな差配をして、あっという間に艦娘達を沈めちゃった」

「・・ぐ」

秋雲は顔をしかめた。うちの2人目とそっくりだ。

「3人目は着任1ヶ月で深海棲艦を見て、怯えて帰っちゃった」

「・・は?」

秋雲は思わずその光景を頭に思い浮かべた。

どう考えても漫画だ。

「だから私達生き残りは、正直最初は提督を信じられなかったわ~」

秋雲は龍田の意外な発言に毒気を抜かれてしまった。

あんな悲惨な体験は自分達くらいしかしてないだろう。

秋雲は勝手にそう思っていた。

だから龍田達所属艦娘をどこかで、苦労も知らないくせにと思っていた・・けれど。

「・・ですよね」

「ええ。だから秋雲さんの不安は良く解るわ」

あれ?

怖い怖いと言われてるけど、龍田さんは当たり前の事しか言ってない。

そして自分と同じような酷い経験をしてきているんじゃないか。

秋雲はそっと、そっと口を開いた。

「あの、龍田さん」

「なぁに?」

「龍田さんから見て、提督は信じられますか?」

「そうねぇ・・」

少しの沈黙の後、龍田は続けた。

「軍人としてはいささか温情に過ぎるきらいがあるわね。基本的に戦いを好まないし」

「・・」

「けれど、あの人が目指す先にはきっと私達は笑ってる」

「・・」

「だからあの人が苦手な事、至らない事は私がやれば良い。そう思ってるわよ~」

「完璧ではない、と?」

「完璧どころか穴だらけよ~」

「えー・・」

秋雲は困ったというように唸った。そんな人を信じていいのか?

 

 

 


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