Deadline Delivers   作:銀匙

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第66話

 

 

「あ、えーと・・ここって・・」

那智が連れてきたのは食堂の地下から続く線路だった。

秋雲も食事当番で調理室までは来た事があったが、この辺りは列車で通り抜けていた。

中程まで来た時、トンネルの側面に消火栓の赤い灯と、緊急避難場所と書かれた分岐路が現れた。

正確には、分岐路といっても5m程で行き止まりの壁があり、その壁にはドアが1つあった。

そのドアを、那智はノックし、何かを囁きあった後、ドアを開けた。

「ほら、入れ」

秋雲はごくりと唾を飲み、振り向いた那智の目を見た。

絵心のある秋雲は、観察眼に優れている。

だが、那智はいつになく無表情であり、秋雲をもってしても感情を窺い知る事は出来なかった。

「は・・はい」

自分の予想より悪い局面なのではないか。

秋雲は段々心細くなり、一緒にこの鎮守府へ来た面々の顔を思い浮かべた。

 

前の鎮守府では不動の第4艦隊と言われていたが、その実は遠征部隊であった。

能代、阿賀野、那珂、舞風、そして若葉という面々と共に、西へ東へと資源探訪の旅に出ていた。

地味ではあるが適切な労働ペースだったし、なにより常時艦隊入りしている事に誇りを持っていた。

その司令官が突然辞任し、後任の司令官が来るまでは。

 

「オリョール海で資源を掘れるだけ掘ってこい!」

「・・は?」

 

能代が思わず聞き返すと、司令官は顔を真っ赤にして怒鳴り返した。

「なんだ!お前達は俺が新任だから何も知らないと思ってバカにしてるのか!」

「い、いいえ、そんな事は決して」

「オリョールで資源採掘なんて子供でも知ってる!さっさと行ってこい!」

「お、お言葉ですが、オリョール海で資源採掘が出来るのは第3艦隊の、潜水艦の子達です」

「もう居ねぇよ」

「えっ?」

「さっき、最後の伊401が途中で沈んだからな」

能代達は絶句した。あれだけ高練度の潜水艦隊を全員沈めたというのか?

秋雲はふと、秘書艦が居ない事に気が付いて口を開いた。

「あ、あのぅ」

「ぶちぶち質問してる暇があったらオリョール行けよ・・ちっ、なんだよ?」

「秘書艦・・さんは・・」

「ここで一番強いっていうから中部海域哨戒線に行かせたらそれっきりだぜ」

「はぁ?アンタ何やってるの?」

「アンタっていうな!なんだよ!未攻略の海域に最強の艦隊行かせて何が悪いんだよ!」

「いや、あれこそ高練度の潜水艦達が要るし、物凄くこまめな撤退判断が要るよ?」

「うるせーな。いーから資源採掘行ってこい!」

「うちらは対オリョールじゃなくて遠征特化だから出撃には向いてないし、取ってこれないよ」

「命令だってんだよ!」

 

出港準備を済ませた秋雲は、阿賀野に囁いた。

「あ、あの、出撃なのにドラム缶しか持ってないのって・・大丈夫なんですかね?」

「駄目だと思うけど、実際行ってみないと提督さんは気づいてくれないんじゃないかなあ」

「ですよね・・」

「今回は大破でも仕方ないから、とにかく戻ってこれるルートである事を祈りましょ?」

「はぁ・・神様仏様羅針盤様ってね」

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・」

「やー、危なかったねぇ・・」

「でも誰も沈まなくてよかったね」

1回目の出撃で阿賀野と若葉が小破したものの、メンバーは辛うじて帰ってこれたのである。

「これで進言を聞く気になるでしょ」

 

だが、司令官は開口一番こう言った。

「なんで補給にかかる資源より持ち帰った資源が少ねーんだよ!」

「ですから、うちらは軽巡と駆逐艦だから、潜水艦より高コストなんですって」

「もう1回行ってこい!オリョールは何度も行くんだろ!知ってるぞ!」

「・・再出撃なら修理を済ませてから」

「今すぐ!行ってこい!」

「は?破損してるのに修理させてくれないんですか?」

「補給だけで赤字なのにさらに資源食い潰す気か!俺が新人だからってバカにするな!」

 

この時、メンバーの胸をよぎった予感は的中した。

 

再出撃の後、荒れた海で秋雲は鎮守府との通信を行っていたが、内容はもっと荒れていた。

「だから!舞風が今の戦闘で大破したんですって!これで全員大破です!」

「報告は旗艦が行え!なんでお前が言ってくるんだ秋雲!」

明らかに優先順位を無視した発言に、秋雲の何かが切れた。

「能代の通信機は前回の戦闘で壊れたって言ったでしょ!もう忘れたの!?バカじゃないの?」

「・・・進軍」

「は?」

「お前ら全員進軍しろ。命令だ」

そして次の戦闘はボス戦であり、勝負にすらならないまま、海原へと沈む事になったのである。

全員がもやもやとした思いを胸に秘めていた為、程なく深海棲艦として再会した。

しかし鎮守府のバックアップがない深海棲艦の生活は決して楽ではなかった。

早い者勝ち、騙しあい、そして莫大な憎悪による殺伐とした世界。

秋雲達は海原をさまよい、軍閥と臨時輸送契約を結ぶ等で糊口をしのいでいた。

そして赤城との縁を通じ、提督の居る鎮守府で艦娘に戻ったのである。

提督は着任に際し、こう言った。

 

「間違えずに居て欲しいのは、私は艦娘としてではなく、娘として迎えるという事だ」

能代が首を傾げた。

「え、ええと、軽巡能代として迎えると言う事ではないのですか?」

「そう。君は世界でたった一人の能代として迎えると言う事だ」

「・・・」

「建造して君そっくりの能代が来たとしても、その子は君と違う記憶を持っている」

「そう、ですね」

「君は世界でたった一人の能代なんだ。私が迎えるのは君であって他の誰でもない。そこを忘れないで欲しい」

「・・・」

「だから私は、君達に無理に戦いを強いたりしないし、轟沈させるような無理もさせない」

「・・・」

「戦うなら勝ち戦のみ、遂行が無理と解ったら捨てるのは作戦であって命じゃない」

 

提督室を辞した後、秋雲は那珂に話しかけた。

「ねぇ那珂ちゃん」

「んー?」

「あの提督さぁ・・私達が轟沈した理由を知っているのかなぁ」

那珂が苦笑した。

「それは無いんじゃないかなぁ。でも結構サクッと核心ついてきたね」

「前の鎮守府の事を考えると、いっちばん不安な事だったよねぇ」

「うん」

阿賀野が口を挟んだ。

「あの提督さんは嘘をついたりする必要は無いと思うなぁ」

「なんで?」

「だって・・」

そう言って阿賀野はくるくると周りを指さした。

「こんな発展してる鎮守府、阿賀野は見た事ないよ?」

「そう・・だね・・」

秋雲は立ち並ぶ講堂や食堂、寮や売店といった施設を見回した。

どれも大きくて立派であり、さらに遠くには工廠や「白星食品」と書かれた工場まで見える。

能代が頷きながら続けた。

「それに、赤城さんもそうですけど、皆の表情が明るいわね」

「表情豊かだよね~」

「そう。今まで見てきた他の鎮守府より、喜怒哀楽を表に出してる気がする」

那珂はニコリと笑った。

「表情を出しても怒られないなら、皆そうしたいもんね!」

若葉は肩をすくめた。

「わ、私はあまり得意ではないがな・・」

「そお?よくお風呂上がりに笑う練習してたじゃん」

「なぜそれをっ!だっ、誰も居ない時にやってたのに!」

「私は気配を消してイラスト書くという特技があるのだぁ」

「そんな特技忘れてしまえ!」

若葉に襟首を掴まれつつ、秋雲は陰のある笑いを返した。

それはどうしても、1つの不安が拭えなかったからである。

 

人間を・・また簡単に信用して良いのだろうか、と。

 

 

 


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