Deadline Delivers   作:銀匙

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第63話

 

数日後。

「ただいま戻り・・・?」

リットリオは買い物から帰り、事務所のドアを開けた時に違和感を覚えた。

かつてないくらいの張りつめた空気。

「・・・」

おもむろにホルスターから使い慣れたM93Rを取り出し、僅かにスライドを引く。

チャンバーには記憶通り、AP弾が装填されていた。

カチリと音を響かせてハンマーを引き起こし、リットリオは両手でM93Rを握った。

弾の種類が何であろうと、先に正しく状況を把握した側の勝ちである。

今はあまりにも情報が足りない。

リットリオはそっと、気配の強い方へと顔を向けた。

そう、香取の執務室の方に。

 

「・・・」

廊下の曲がり角の先を、リットリオは慎重に伺った。

しかしそこには武装したマフィアといった者は居らず、腕組みをした朝潮が一人居るだけだった。

近寄りつつ黙礼すると、朝潮も小さく頷き返した。

 

「朝潮さん」

「リットリオさん、おかえりなさい。首尾は?」

「問題ありません。ところで、この気配は何ですか?」

「・・新しい研修生の方が着任されるかもしれません」

「・・かも、とは?」

「いらした方と香取さんが話し合ってますが、非常にもつれています」

「・・着任に何かもつれる要素ってありましたっけ?」

「着任する事をとても躊躇ってらっしゃるのです」

「ど、どういう話・・」

「リットリオさん」

「は、はい」

「時に立場が物を言う場合がありますが、今はまさにその時かと思います」

「へっ?」

「私も、香取さんも、鹿島さんも出来ない事があります」

「?」

「もう1つ。決してこの研修は強制ではありません。いつでも帰還する事ができます」

「あ、はい。それは提督から着任前に伺・・」

 

ドン!

 

執務室の中から何かを叩く音がしたので、リットリオは思わず執務室のドアに向き直った。

耳を澄ませると小さく小さく声が漏れ聞こえてくる。

 

「・・ことはありませんよ」

「私!到底・・・られません!」

 

香取さんはいつも通りだけど、着任予定の子は随分と興奮している。

この緊張感も恐らくはその子が放っているものだろう。

もう少し・・聞けるかな?

 

ガチャッ!

 

ふいに執務室のドアが開いたので、リットリオは慌てて背を伸ばした。

「リットリオさん、おかえりなさい」

「あ、ええと、はい。ただいま帰りました」

「依頼は滞りなくこなせましたか?」

「はい」

「なら、朝潮さんに頼もうかと思ったのですが、風雲さんを町にご案内頂けますか?」

「へっ?朝潮さんなら・・あれぇっ!?」

リットリオは朝潮が元居た場所を見て驚いた。

いつの間に居なくなったのだろう。

「どうかしましたか?」

「あ、いえ、何でもないです」

「ではよろしくお願いいたします」

そういって香取がぐいと押し出してきたのは、思い切り疑いの目でこちらを睨む風雲だった。

 

パタン。

 

執務室のドアが閉められた時、リットリオは香取がいら立っている事を察した。

いつもならこちらがドアを閉めるし、それまではにこやかにしているからだ。

そして自分に向けられた視線を見て頷いた。

これは完全に私も疑われている。何もしてないのに・・

 

「え、ええと、私は研修生のリットリオです。じゃ、じゃあ、行きましょうか」

「・・あなたは、研修生なのですか?」

「はい。1か月前からお世話になってます」

 

リットリオの返事を聞いた風雲は、急に左右をきょろきょろと見回し始めた。

「どうかしたんですか?」

風雲は首を傾げるリットリオの手を取ると、打って変わって泣きそうな顔で囁いた。

「ちゃんと話せる場所に連れてって。お願い」

 

 

「この辺りなら誰も居ないから大丈夫ですよ~」

「・・・」

 

リットリオは風雲を車に乗せ(車を見た風雲は目が点になっていたが)、小高い丘に来た。

周囲は見通しが効き、駐車場からも少し離れ、目の前は海原が続き、心地よい風が吹く。

風雲は何度も周囲を見回した後、リットリオに話し始めた。

「あ、あのね、リットリオさん」

「はい」

「・・・」

何度か口を開きかけては躊躇う風雲に、リットリオはどうすべきか一瞬迷った。

しかし、こういう時は待った方が良いと判断し、小首を傾げて待つ事にした。

たっぷり1分ほどそうした後、風雲はついに声を出した。

「そ、その、半身を差し出した時は痛かったですか?」

「・・・・へ?」

ぽかんとしたリットリオに、風雲は半歩近づき、声を一段低めて囁いた。

「け、研修始める時に月の裏側に居る悪魔と契約する為に半身を差し出すんですよね?」

 

 

「うわぁ~ん・・・騙されたぁ~」

最後の質問の後、風雲はこう言いながら涙目でぺたりと座り込んだ。

 

風雲が質問する事を全てリットリオが否定する、こんな事が15分ほど続いた。

初めはきょとんとしていたリットリオだったが、質問が進むにつれて眉をひそめた。

質問が全てオカルトチックで、荒唐無稽な物だったからである。

だが、風雲がどうしてあんなに懐疑的な目で見ていたのかはよく解った。

ついでに言えば、香取が機嫌を損ねた理由も、である。

こんな話を吹き込まれ、信じていたらこの町はどんな魑魅魍魎の世界かと思うだろう。

リットリオは風雲の傍に屈み込んだ。

「風雲さん、この話はどこから聞いたんですか?」

「秋雲と・・深雪ちゃん・・」

「・・・あー」

リットリオは挙げられた二人を思い浮かべて頷いた。

「間違いなく、からかわれましたね」

「ですよねぇ・・どうしよぅ、香取さんに信用出来ませんとか言っちゃった・・」

「んー・・」

リットリオは少し考えた後、

「今日は折角ですから隣町までご案内しましょうか」

「隣町?」

「ええ」

 

 

 


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