Deadline Delivers   作:銀匙

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第62話

 

バツ当番から数日後。

 

「・・うん、皆さんお世話になりました」

リットリオが間もなく1ヶ月という頃、朧が鎮守府に帰る日がやってきた。

岸壁で、迎えに来た漣と隣に並んだ朧は、こう言って町を見ながら目を細めた。

向かい合う香取達が微笑んだので、漣が悪戯っぽく口を開いた。

「ところで香取さぁん」

「なんでしょう、漣さん」

「朧っちはちゃんと卒業したんでしょうか?」

香取は頷いた。

「ええ。立派に最終課程までこなされましたし、全て合格です」

漣は朧をちらと見た。

「見た感じ、筋肉ムキムキとかにはなってないですよねぇ」

朧は視線を町並みから漣に戻すと肩をすくめた。

「んな訳無いでしょ」

「でもミニガンとか手持ちで撃ちまくるんでしょ?」

「撃てる訳無いわよ、どっから聞いてきたのよ」

「え~?鎮守府ではそういう噂だよぉ?怪獣とか出るのを毎日撃ちまくるって」

「どこの映画と混同してるのよ。怪獣なんて居ないし!」

リットリオが鹿島に囁いた。

「噂ってどこでも大袈裟ですね」

鹿島が囁き返した。

「噂だもん」

漣と朧のやり取りを見ていた香取が口を開いた。

「2ヶ月離れても相変わらず仲が良さそうでなによりです」

漣は首を振った。

「うちらにとってはたかが2ヶ月。あっという間に元通りです」

「まぁそうよね」

朧はやれやれと首を振りながら、突然艤装から対空機銃を港湾倉庫の方に向けて数発発射した。

漣は何事かとびくりとしたが、朧は、

「こっち見てる阿呆が居たから威嚇しただけよ。ナメんなよっての」

漣は怪訝な表情をしながら香取に尋ねた。

「あのぅ、朧ちゃんは乱射魔になってしまったのでしょうか?」

ジト目で漣を睨む朧に微笑みつつ、香取は首を振った。

「いいえ、本当の事です。恐らく最近強盗を始めた方達なのでしょう」

朝潮が海原の方を見ながら呟いた。

「山でも街中でも見ない顔でしたね」

リットリオも頷いた。

「殺気がここまで漂ってきてましたし、迷ってるようでしたね」

鹿島がくすっと笑った。

「リッちゃ~ん、そろそろ身についてきたね~?」

「いえいえ、皆さんに比べればまだまだです」

「あー・・」

漣はポリポリと頬をかいた。

自分はさっぱり気づかなかったが、この5人は解っていたようだ。

まぁ朧っちが前より頼りになる存在になったのは素直に嬉しい。

海原で沈む僚艦を見るのは辛いから。

「じゃあ朧っち、帰ろっか」

朧は漣を見て苦笑した。

「帰るっていうと、今朝まで過ごしたあの町の中の家を思い浮かべちゃうんだよねぇ」

漣はニッと笑った。

「へぇ。最初は30分に1回くらい「ここマジありえないおかしい」とかメール飛ばしてきてたのにねぇ」

「わーっ!ここで言うなぁ!」

「ボーノが珍しく心配してたよ。いざとなったら提督に直談判しようとか言ってたし」

「・・・そっか」

「あ、この話絶対内緒ね。ボーノがめっちゃ凄んで言うなって言ってたから」

「曙らしいわね。解った。あと、ちょっと最後に挨拶だけするね」

「どうぞー」

 

朧はとことこと香取の前に進み出た。

「香取さん、本当に2ヶ月間で色々学ばせて頂きました。鎮守府でご帰還をお待ちしています」

「貴方の活躍を楽しみにしていますよ。決して無理はなさらないように」

「はい」

そして隣に立つ鹿島に目を向けた。

「鹿島さん、最初は論外でしたけど、最後まで見捨てず面倒を見て頂いて、ありがとうございました」

「良い感じに肩の力が抜けて、本当の力を出しやすくなったよね」

「そう、なんでしょうか・・でも鹿島さんが言うならそうなんでしょうね」

「ほらほら、また堅くなってるよ。スマイルスマイルっ」

「・・・だっ・・だって」

「・・うん」

「きっ、気合入れてないと・・泣きそう・・なんですもん・・」

「あーだめ!だめだよ朧ちゃん!泣いちゃだめだよ・・私までつられちゃうから・・」

「鹿島さぁん!うわああああん!」

「朧ちゃぁぁああん!」

抱き合ってわんわん泣く二人の後ろで、なぜそこまで悲しむと首を傾げる漣を見て、リットリオは微笑んだ。

私も着任当初に利根さんが泣いた理由が解りませんでした。

でも今は、何となく解ります。

香取さんにしろ、鹿島さんにしろ、朝潮さんにしろ。

それぞれの立場から私達を常に見守り、どうしたら成長するか凄く心配してくれてるのが解るから。

きっと私も、お別れの日には泣くような気がします。

 

やっと鹿島から離れた朧は、ぐしぐしとすすり泣きながら朝潮とリットリオの前に立った。

「・・うぅ、最後は絶対かっこ良く去るんだって決めてたのにさ」

朝潮が肩をすくめた。

「そんな割り切れる人じゃないのは良く解ってますから」

「くっそー」

「これで私は豆大福を安心して食べる事が出来ます」

「あ」

「なんですか?」

「豆大福・・自分のお土産に買おうと思ってたのに忘れた・・」

「そうだと思ったんで・・」

朝潮がひょいと後ろ手に持っていたアルミバッグを差し出した。

「えっ?」

「書いてある賞味期限は明日までですが、冷凍してるので半年は大丈夫です。解凍は冷蔵庫で半日です」

「・・朝潮ちゃん」

「豆大福を奪われるのは困りますが、同好の士は減って欲しくないですから」

「・・うん。朝潮ちゃんはいつもそうやって助けてくれたよね。ありがと」

「こういう性格なんです」

「・・ねぇリッちゃん」

「はい」

「伝統の継承、頼んだわよ」

「はい、もちろんです」

「来月帰ってくるの楽しみにしてるからね?」

「ご期待に沿えるよう頑張ります」

「・・アタシはさ、その・・」

「なんでしょうか?」

「・・あー、ええと・・」

「?」

言い淀む朧の両肩を背後からぐわしと掴んだ漣が口を開いた。

「リッちゃんから見てさ、朧っちは良い先輩だった?」

「へっ?」

途端に真っ赤になって顔を背けようとする朧の肩をがっしり押さえながら漣は続けた。

「何日か前から私達に「ちゃんと良い先輩として振舞えたかな~、どうかな~」なんて言ってきやがるんですよ」

「やめて・・そこまでバラさないでよ・・恥ずかしいじゃない・・」

「本人に聞きやがれって返してるのに何度もうだうだ聞いてくるからですよー」

きょとんとしていたリットリオだったが、香取達の視線に軽く頷くと、

「ええ。朧さんはとっても頼りになる、優しくて良い先輩です!」

と、漣に向けてにこりと笑いながら答えた。

茹でエビもかくやというほど全身真っ赤になりながら、朧は

「そっ、そう・・それはその、よ、良かったわ」

と、辛うじて聞こえるくらいにもごもごと返した後、

「さっ、漣!ほら帰るわよ!帰還予定時刻過ぎちゃうから!」

と、文字通り脱兎の勢いで海に向かって岸壁を駆けていった。

漣は肩をすくめると、

「あー、まぁ、お解りかと思いますけど照れ隠しなんで大目に見て頂ければと~」

香取達は微笑んで頷いた。

「勿論解っておりますよ。では、提督や皆様によろしくお伝えください」

「かしこまりました。では失礼します!」

そう言ってピシリと敬礼すると、漣は朧の後を追って行ったのである。

 

二人を見送りながら、リットリオは香取に訊ねた。

「次の方が着任される予定はあるのですか?」

香取は頷いた。

「ええ。少し予定から遅れてますが、明日の午後にはいらっしゃるかと」

リットリオは頷いた。

「そうですよね・・私の時は利根さんがお帰りになる前の日に着任でしたものね」

「ええ。今回もその予定だったのですが・・」

語尾を濁す香取の後を鹿島が継いだ。

「多分噂を真に受けちゃったんでしょうね」

リットリオはなるほどという顔で頷いた。

「・・着任を拒否されてるんですね?」

「まぁそこまで大袈裟じゃないんだけど、あまりにも怖がってるから龍田さんが話を聞いてるんだって」

「それってむしろ逆効果になるんじゃ・・」

香取がきょとんとした。

「どういう事でしょう?龍田様はお優しい方だと思うのですが」

リットリオは3人の表情から、香取達が本気でそう思ってる事を理解した。

「ええとですね・・まぁその、龍田さんに関しても色々と物凄い噂がありまして・・」

「まぁ、それは存じませんでした・・物凄い?」

「それはもう」

「怖い方の、という事でしょうか?」

「それはもう」

「ええと・・鹿島さんや朝潮さんはご存知でしたか?」

香取の問いに鹿島は首を振ったが、朝潮は頷いた。

「真偽混ざってると龍田さんは仰ってましたが、要約すれば逆らったら命は無いという事です」

香取は目を丸くした。

「まぁ。あんなに良くしてくださる方を捕まえて・・酷い誹謗中傷ですね・・」

リットリオと朝潮は顔を見合わせた。

どうやら香取は龍田の優しい側面しか知らず、そう思っていたいようだ。

自分達が鎮守府生活の中で見た「非常に怖い真実」もあるが、香取には言わないでおこう。

二人は無言のまま、目だけでそう話し合い、互いにこくりと頷いたのである。

 

 

 


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