「封筒の中に車の代金が入ってます。アイウィさんから伺った通りの額です」
鹿島は受け取りつつ訊ねた。
「香取姉ぇ、何時くらいまでドライブしてきて良い?」
「夜にかからないくらいまでですね」
「うん、解った」
「運転しながらの護衛になりますから気をつけてくださいね」
「はぁい」
「へー、こんなの良く手に入ったねぇ」
「だね。珍しいけど、ちゃんと直せるから大丈夫だよ」
「・・お安く?」
「もっちろん!」
「さっすがアイちゃん解ってるぅ~」
「いえーい!」
鹿島がアイウィとハイタッチしてる時、リットリオはそっと納車された車に触れていた。
確か日本に来る前、イタリアの博物館で見ましたね・・・え?
リットリオは慌ててアイウィに振り向いた。
「あっあのっ!」
「なーにリットリオさん」
「こっこれ、物凄く古くないですか?」
「まぁ20世紀の車だし。でも部品が単純だから直しやすいよ」
「そ、そうなんですか」
リットリオは車の後ろに回り、4x4と誇らしげに輝くプレートをなぞった。
「・・これ、どういう意味なんでしょう?」
「4輪駆動って事だよ。舗装の悪い道でも行けるって事」
「そうなんですか・・」
アイウィからキーを受け取った鹿島は、リットリオが見つめるフィアットパンダ4x4のドアを開けた。
「んー、穴が開いてないシートに座るの嬉しいなぁ。ごめんねリッちゃん」
「い、いえ。また廃車にしてしまったら申し訳ないです」
「アクセルは軽く!じわっと踏もうね!」
「はい!」
鹿島はにこりと笑った。
「じゃー出発ぅ~」
・・・キッ。
目の前で信号待ちをする空色のパンダを見ながら、リットリオは小さく息を吐いた。
夕島整備工場から続く道は広い事もあり、なんとか今まで擦らず、ぶつからず、乗り上げずについていけた。
鹿島が明らかにゆっくり走ってる事は他の車を見れば明らかだった。
ふとリットリオは思った。
ここでは何をしろ、という命令は非常に少ないし、したくなければ拒否も出来る。
でも、やるとなれば自分がちょっと頑張れば出来そうな、そんな所を設定してくれてるのではないか。
利根が言っていた、仲間を信じろとはそういう事なのかもしれない。
「さすが、練習巡洋艦ですね」
青信号とともに左折していくパンダを追いながら、リットリオはくすっと笑った。
それは、突然の出来事だった。
日が西に傾いて空に少し赤みが差した頃、2台はカーブの多い山道へと入っていた。
いつの間にか隣町まで来ており、帰るにはこの山道を抜けなければならなかったのである。
その頃にはリットリオもすっかり運転に慣れていた。
鹿島のパンダと少し車間を空けつつ走っていた所、通り過ぎた脇道から2台のジープが現れた。
・・・何となく今まで出会った車達と雰囲気が違う。
リットリオは嫌な予感がした。
「な、なんですか・・あれ」
バックミラーを見てそう呟いた後、前に視線を戻したリットリオは目が点になった。
凄まじい白煙を上げた鹿島のパンダの「真横」が目の前に見えていたからである。
「ぶつかるっ!」
咄嗟にパンダのテール側にハンドルを切ったリットリオは辛うじて激突を避けた。
「あわわっ!あわわわわわっ!」
キッ、キッ、キキーッ!
リットリオは急ハンドルを繰り返して横転を避けつつ、鹿島のパンダからだいぶ離れた所で車を停止させた。
最後に路肩のガードレールにサイドを軽く擦ってしまったが、リットリオは気づいていなかった。
パララッ!パラララッ!
リットリオは元来た道を凝視していた。
ジープに対してパンダを真横に向けた鹿島は、ガラスを開けたドア越しに車内からVz61を撃っていた。
数回の銃声の後、1台のジープが横転する!
だが、もう1台はパンダの脇をすり抜けた。
リットリオの全身に鳥肌が立った。
鹿島に加勢するか、逃げるか。
「余計な事を考えずにまっしぐらに、一心不乱に逃げきる事じゃ!」
一瞬、利根の言葉が頭をよぎる。
だがリットリオはぐっと奥歯を噛み、ドアを開けた。
ガチャッ!
スキール音をたて、ヘッドライトをハイビームにしたままこちらに突進してくるジープ。
リットリオはその光景が不思議とスローモーションのように見えたという。
「戦艦、リットリオ・・抜錨します」
キキキキーッ!
「リッちゃーん!逃げなさーい!」
Vz61を撃ちながら叫ぶ鹿島の声がかすかに聞こえる。
だがリットリオは、その場で身構えると目を細めた。
「・・・一番、二番主砲、狙え」
猛然と近づいてくるジープ。
だが、棲姫クラスに対峙する事に比べれば、これくらい。
リットリオは軽く息を吸った。
「今よ。撃て!」
ズドム!
峠道に爆音が木霊した。
「あっはっはっは!やったねリッちゃん!マジでホームランだ!」
「うぅうぅうう・・」
「ここに伝わる武勇伝の中でもぶっちぎり1位だよね香取さん!」
「あー・・否定出来ませんねぇ・・」
「お恥ずかしいですぅ・・」
家に戻ったリットリオは、夕食を用意して待っていた朧に笑顔でバシバシ肩を叩かれながら、そう言われたのである。
数時間前。
迫り来るジープを木っ端微塵にした所までは良かったのだが、リットリオの主砲は威力が強すぎた。
おまけにジープが積んでいた燃料か弾薬に引火したのか、激しい爆発は道路脇の斜面まで崩してしまったのである。
道路に向けて膨大な土砂がズズズと低い音を立てて覆いかぶさる様を、リットリオは呆然と見つめていた。
「・・・・あ・・・か、鹿島さん・・鹿島さぁあぁあああん!」
リットリオは慌てて近づこうとしたが、土砂は後から後から覆いかぶさってくる。
ためらっている間にも土砂崩れは続き、ついに斜面に生えていた木までが覆い被さってしまった。
もう向こう側は完全に見えない。
「ど、どど、どうしよう・・どうしよぉ・・」
リットリオはどうやって鹿島を探せば良いのかと途方に暮れていたが、ふと大勢の気配に気づいて振り向いた。
「なぁ、見ない顔だが・・アンタ艦娘さんだろ?とりあえず話は聞くから抵抗はナシにしてくれ。警察だ」
そこには数十名の、アサルトライフルをこちらに真っ直ぐ構えた重武装の警官達が居たのである。
話しかけたのは警官達の少し後ろに立ち、ハンドスピーカーを構えている警官だった。
「あ、あの!鹿島さんが・・鹿島さんがそこに!助けて・・助けてください・・お願いします!」
リットリオが真っ青な顔で土砂を指差した、その時。
「リッちゃぁん、大丈夫~?・・・あー・・」
聞きなれた声の方を振り向いたリットリオは、木の枝をかき分けて出て来た鹿島を見つけた。
「鹿島さん!鹿島さああああん!うわあああああん!」
鹿島の顔を見て安心したせいか、ぺたりと座りこんで泣き始めるリットリオ。
大勢の警官達にどう説明しようかと頬を掻く鹿島。
だが、この町の警官にとってそんな事は慣れたものだった。
「ま、署でお話聞かせてもらうぜ。とりあえず背中の物騒な物を仕舞って、あのバスに乗ってくれ」
3回ほど同じ説明を繰り返し、案内された署の留置場でしょんぼり座っていると、迎えに来たのは香取だった。
涙目のリットリオを見つけた香取は無言で頷き、隣に居た警察官が独房の鍵を開けた。
「香取さん・・」
「お話は伺いました。とにかく出ましょう」
「か、鹿島さんは?」
「玄関で朝潮さんと一緒に待ってますよ」