Deadline Delivers   作:銀匙

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第54話

 

 

香取、鹿島、朝潮、そして遅れてやってきた朧はぽかんとその様子を見ていたが、朧がひょいと屈みこんだ。

「どしたのリッちゃん。何か悪い物でも食べた?」

「・・・」

ぽろぽろ涙を零しながら恐る恐る顔を上げたリットリオに、朧は続けた。

「・・あー、もしかして車オシャカにしちゃったから怒られるって思ってる?」

コクコクコク。

「そういえば歓迎会では話に出なかったけど・・皆何台も車壊してるから平気平気」

「・・・はい?」

相変わらず真っ青な顔色のリットリオに、今度は鹿島が屈みこんだ。

「昨日工場で言ったでしょ、安いが一番って」

「は、はい」

「お買い物行けば大体穴が増えるし、機械的に壊されるのもしょっちゅうだし」

「・・・」

「あと、研修に来た子は大体この車庫から初めて出す時に壊すんだよ」

朧が苦笑した。

「通過儀礼みたいなもんだよ。私もほら、そこの壁見て」

リットリオが見ると、ガレージの柱が削れ、ペンキらしき物がこびりついている。

「車庫入れ失敗して派手にドアを擦っちゃったんだけどさ、香取さんがそれを見て言ったの」

「・・な、なんと仰ったんですか?」

「初めてのお買い物から帰ってきて、まだ車が動くなんて凄いですねって」

「・・・・」

呆然とするリットリオに香取が微笑んだ。

「今まで研修にいらした方で、車が自走可能な状態で初めての買い物から帰ってこられたのは朧さんお一人です」

「そ、そんなに襲われるんですか?」

「ええ。山賊の方々も良く見ておられます。見た事のない方がハンドルを握っていれば、ほぼ間違いなく」

朝潮が微笑んだ。

「自損事故も多いですよ。半々くらいですね」

その時、リットリオがハッとしたように香取の方を向いた。

「・・・あっ!香取さん!大変!」

「どうしました?」

「か、買い物!お客様から頼まれた買い物!」

「それなら心配要りませんよ・・・丁度帰ってきたようですね」

香取が頷いた時、ガレージに戻ってきた車から降りてきたのは利根と筑摩だった。

一足早く降りた筑摩が声をかけた。

「只今戻りました、香取さん」

「この時間ですと特に問題は無かったようですね」

「ええ。引き金を引かれる前に全部始末しました」

バタンと運転席のドアを閉めた利根が次いだ。

「筑摩は新人と間違われるかと思ったが、奴等め覚えていたらしいな!」

筑摩がポリポリと頬をかき、FN-P90を取り出した。

「これを手にしていたから・・かもしれませんね」

リットリオはピンク色に塗られたFN-P90をぽかんと見つめた。

「あ、あの、筑摩さん専用のカラーリングなんですか?」

筑摩は苦笑した。

「え、ええ。元々は銃撃戦の際にペンキがかかってしまったのをどうにかしようとしただけなんですけど」

利根はニッと笑った。

「筑摩はチェリーピンクの悪魔と恐れられておったのぅ」

筑摩は肩をすくめた。

「たまたま250m先のバイクのタイヤに命中しただけなんですけどね」

「4回も当てるのをたまたまとは言わんな!」

「ハズレも多いじゃないですか。でも、久しぶりに利根姉さんとお買い物行けて楽しかったです」

「うむ、最後に良い思い出をもらえた。香取殿、粋な計らいに感謝するぞ!」

香取はくすっと笑った。

「こちらこそ助かりました。そろそろ出発のお時間ですか?」

筑摩が時計を見て頷いた。

「そうですね。これから少し寄り道しながら港まで行って丁度位です」

鹿島がひょこっと筑摩に顔を向けた。

「お土産買うの?」

「はい。といっても加賀さんとか球磨さんとか、頼まれた方の分だけですけど」

鹿島が苦笑した。

「全員分はキツイもんねぇ」

「はい。長門秘書艦からお土産は買ってこなくて良いと念押しされてますし」

「じゃあ皆でお見送りしよっか」

 

「・・うむ。では我輩達はそろそろ行くぞ。筑摩!土産に買い忘れは無いな?」

「はい、利根姉さん」

「・・・・」

利根は岸壁に立ったまま、町を見上げた。

「過ぎてみれば全ては良き思い出、じゃな。香取、鹿島、朝潮、朧、そしてリットリオ殿」

「はい」

「そなた達も達者でな・・・な、泣くでないぞ!」

利根と同じように目を潤ませた鹿島が答えた。

「なっ泣きません!鹿島は泣いてなんかいません!」

「うむ、うむ、それで良い。それで良いぞ鹿島!」

「・・利根さぁん!」

「鹿島ぁぁあ!」

リットリオは利根と鹿島がひしと抱き合い、香取や朝潮が涙するのを見て呆気に取られていた。

鎮守府でも艦娘達は仲が良い。姉妹艦以外でも艦の歴史上、一緒だった事が多い子達は仲が良い。

それでもこれほどに別れを惜しむ事はあまりない。

逆を言えば、それほど強い絆が結ばれるほど、ここでの生活は濃いという事か。

・・・何となく解る。解りたくないけれど。

 

「ではの!またの!達者でなぁ!」

「利根さんもー!お達者でー!」

「今まで本当にありがとうございました!」

「さよーならー」

リットリオは朧に訊ねた。

「あの、朧さんはあんまり泣かないんですね」

「私はまだ1ヶ月しか居ないしねぇ」

「というと?」

「あっちの3人は利根さんと一緒に何年もここに居たみたいだし、ひとしおなんじゃないかなぁ」

リットリオは頷いた。

苛烈な戦場を一緒に生き抜いた戦友は生涯の友になる事が多いという。

・・やっぱりそんな酷い場所なんですね。

 

翌日。

 

「・・はい、はい。承知致しました」

受話器を置いた香取は廊下で声を上げた。

「リットリオさーん、鹿島さーん、ちょっと来てくださーい」

 

「か、かか、買った車の受け取りですか?」

一気に青ざめるリットリオに、香取は手をひらひらと振った。

「受け取る車の方は鹿島さんに運転してもらいます」

「よ、良かった・・」

「ですが、いつまでも運転に苦手意識を持ったままでも困ります」

リットリオは俯いた。

「・・そうですよね」

「ですから、帰りは鹿島さんの後に続いて運転してきてください」

「・・後ろに?」

「ええ。夕島整備工場からちょっと遠回りしてこちらに戻ってくる間に運転に慣れて頂きたいのです」

「・・」

リットリオは考えていたが、ぎゅっと頷くと、

「お買い物の為には車は必須です。リットリオ、頑張ります!」

と、答えたので、香取はにこりと頷き、鹿島に車のキーと封筒を手渡したのである。

 

 

 


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