その日の夜。
武蔵はテッドに次第を伝えたが、テッドは眉をひそめた。
「おいおいおい、妖精に狐狩りをさせるって大丈夫なのか?」
「私と乗組員の信頼関係は強固なものだ。裏切るなどありえない」
「まぁ、もう話してしまったのなら後戻りは出来ねぇか」
「あぁ。あの噂がいつ出てくるか。龍田にしっかり確認させろ」
果たして2日後、その電話はかかってきた。
「はい、テッド仲介所」
「こんにちは~、大山さ~ん」
その一声を聞いたテッドは一気に眉をひそめた。
「・・来たか?」
「ええ。妖精が紅葉屋でコマネチの真似をするとブルーハワイのワンドリンクサービスってやつ」
「OK、確認する」
「がんばってねー」
電話を切ったテッドは事務所の戸締りをすると車に乗り込んだ。
「どうだ機関長、何処が該当する?」
武蔵が問うと一斉に妖精達が帳簿を確認し始め、やがて報告を受けた機関長が答えた。
「ビットさんの建造妖精殿にお話した噂です。間違いありません」
「えええっ?!わ、私、な、なな何もしてませんよ師匠!信じてくださいよ!」
「でも貴方しか知らない噂なのよ、これ」
「そんなぁ!」
ここは夕島整備工場に程近い海岸であり、建造妖精に話しかけているのはビットである。
その背後には武蔵と武蔵所属の妖精、そしてアイウィとテッドである。
可哀相なくらい怯えきった建造妖精はプルプルと首を振った。
「本当に!ほんっとーに海軍なんぞにネタを流したりしやせん!師匠を危険に晒すような真似、あっしはしません!」
「うーん・・」
ビットは建造妖精長の方を見た。
「でも、話は本当なの。何か考えられる線は無いかしら?」
建造妖精長はギヌロと殺意の篭った目で建造妖精を睨みつけた。
「てめぇ師匠に後ろ足で砂かけるような真似しやがって!洗いざらい白状しやがれ!」
「ほんとーに知らねぇんですよー!」
「今夜のおやつ抜くぞ!」
「やめてぇぇええ俺の唯一の楽しみがぁぁああ!」
やり取りを見ていたビットは怪訝な顔で武蔵に振り向いた。
「一応聞くけど、他に可能性は無いのよね?」
武蔵は即答した。
「あぁ」
「うーん・・でもうちの子が海軍に告げ口するなんて考えられないんだけどなぁ・・」
アイウィがそっと手招きした。
「ねぇ、ばりっち。武蔵さん。ちょっと」
ビットは妖精達に断ってからアイウィの方に寄ってきたので、武蔵も続いた。
「はいはいなーに?」
「どうした?」
「ばりっち。あの子って普段どこに詰めてるの?」
「仕事場所って事?」
「うん」
「どうして?」
「その場所に盗聴器とか無いかな?」
「なんでそう思うの?」
「あの工場、夕張会のセーフハウスじゃん」
ビットの表情が変わった。
「・・・・えっまさか」
武蔵はぎょっとしてアイウィを見た。
「そっそうなのか?」
アイウィは自分の唇に人差し指を当てた。
「シーッ!声が大きいよ武蔵さん」
武蔵は周囲を見回してから頭を下げた。
「あ、す、すまない・・そうだったのか。盗聴なら当人に心当たりが無いのは納得だな」
ビットは腕組みをしながら眉をひそめた。
「うーん・・確かにそういう類は調べた事無いわねぇ」
「あの子は多分やってないよ。だとしたら仕事場所か、武蔵さんの妖精から噂を聞いた場所に仕掛けられてないかな」
「よし、関係者を呼んでこよう」
「奴に噂を伝えた場所・・ですか?」
武蔵の機関長は部下に訊ねると、すぐに答えた。
「夕島整備工場の妖精用応接室だそうです」
ビットが建造妖精長に訊ねた。
「妖精用応接室ってどこにあるの?」
「ええと、師匠の事務机の天板の裏というか、一番上の引き出しの奥ですね」
「引き出しの奥?」
「ええ。引き出しって、天板の奥行の半分くらいしかねぇんですよ」
「へー」
「だからその奥側の空きスペースに床を作って応接室にしてるんでさ」
アイウィが首を傾げた。
「なんでそんなとこに?」
「エアコン効いて涼しいですし、電気の配線も通ってるんで照明とか付けやすかったんで」
「なるほどねぇ」
ビットがポケットから手袋を取り出した。
「じゃあ調べてみましょう?建造妖精長さん、手伝って」
建造妖精長はビシッと敬礼した。
「了解です師匠!」
建造妖精は涙目で訴えた。
「おいらの無実を証明してくだせえ!ほっとにやってねぇんですよ・・・」
そして1時間後。
「おっかしぃわねぇ・・」
「無い・・でやんすねぇ・・」
逆探知システムで電波を探ったり配線やコンセントタップ、壁まで剥がした。
見かねた武蔵の妖精達も総出で探したが、ついに見つからなかったのである。
テッドが肩をすくめた。
「これだけ探してなきゃねぇだろー」
「普通なら諦めるレベルよねぇ・・」
建造妖精長は建造妖精をジト目で見た。
「てめぇ・・」
「絶対!絶対違いますから!」
武蔵が逆探知機を手に取った。
「反応は一切無かったんだな?ビット」
「ええ」
「ふむ・・」
そう言いつつ武蔵はスイッチを入れると、
ピーッ・・・ピーッ・・・ピーッ・・・
途端にアラームが鳴ったので、武蔵はビットに見せた。
「おい、反応があるではないか!」
ビットは小さく手を振った。
「これよ、これ」
そういうとビットは一番上の引き出しからスマホを取り出し、逆探知機に近づけた。
ピッ!ピッ!ピッ!ピピピピピピピピ!
「ね?スマホの電波を検知してるのよ」
テッドがスマホを凝視した。
「なぁおい、ビット」
「なぁに?」
「スマホに仕掛けられてねぇだろうな?」
「・・・えっ?」
全員の目がスマホに注がれた。
30分後。
「し、師匠、100%普通のスマホです。絶対間違いねぇです」
「ご、ご苦労様・・・」
ビットの配下でも電子系に強い妖精達が細部まで分解し尽くしたが、スマホの中に盗聴器は仕掛けられていなかった。
テッドは尚も疑わしそうにスマホを睨んでいた。
「ちげーのかなぁ・・」
「だってこれ、普通に電気街で買った型落ち新品のスマホですもの・・」
「でもよぅ、普段仕舞ってるのが一番上の引き出しなんだろ?」
「ええ」
「ってことは妖精応接室に近ぇじゃねぇか」
「まぁそうね」
丁寧に組み立てなおしたスマホをビットに返しながら妖精は答えた。
「ハード的には普通のスマホですからね。そりゃマイクもスピーカーも通信機能もありますけど・・」
アイウィが眉をひそめた。
「ねぇばりっち」
「なーに?」
「幹事君って常駐ソフトだよね?」
「ええ」
武蔵が怪訝な顔をした。
「幹事君とは何だ?」
ビットが手をひらひらさせた。
「幹事君は夕張会会員なら誰でも持ってるアプリよ。飲み会の幹事とか投票機能があるの」
「・・盗聴機能は無いんだな?」
「えっ?」
全員の視線が再びスマホに集まった。