Deadline Delivers   作:銀匙

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第44話

 

 

すっかり動揺する武蔵に山城が手をひらひらと振った。

「あー違うわよ。時雨は私とよくお汁粉を食べに行ってたの」

「汁粉!?そんな甘味が鎮守府で食べられたのか?」

龍驤がきょとんとした顔で言った。

「へ?裏メニューやけど割と頻繁にやっとったで。餡が切れると本日は無しって出てたけどな」

武蔵がハッとしたような顔になった。

「そ、それは見たぞ!あれはそういう意味だったのか・・」

「ほんまに知らんかったんか・・」

山城はにやりと笑った。

「あのお汁粉美味しかったのに勿体無いわねぇ」

「!?」

武蔵から質すような視線で見られた時雨は

「う、うん・・かなり美味しかった・・かな」

と、おずおずと答えたし、

「鎮守府で唯一心残りといえばあの汁粉やなぁ」

という龍驤の一言が追い討ちをかけたのである。

 

「ただいま・・」

「おかえ・・うおう、朝より顔色悪くねぇか?おい大丈夫か?」

ずしんと重い雰囲気を背負った武蔵を見て、テッドは慌てて駆け寄ってきた。

「・・」

「どうしたってんだよ武蔵?」

武蔵は俯いていたが、きゅっとテッドの方を見ると、

「聞いてくれ・・」

と、ぽつりぽつりと話し始めたのである。

 

「ふーん、汁粉なぁ」

「うむ。どんな味か知らぬが、一生の不覚だ・・」

「んー・・例の件もあるし、じゃあ今から行くかぁ」

「・・どこにだ?」

「まー良いからテッドさんについてこいって」

そう言うとテッドはニッと笑い、車のキーをくるくると指で回した。

 

「!」

「はいお待ちどうさま、栗ぜんざいとお汁粉、持ち帰り用の饅頭詰め合わせはここに置いとくよ」

「ありがとよおばちゃん」

ここは隣町の温泉街にある茶店である。

テッドの運転でやってきた二人に、器を置いた店の老婆は興味深げにニコニコと話しかけた。

「それにしても可愛い子だねぇ。あんたの娘さんかい?」

武蔵に箸を渡していたテッドはぐきりと老婆に向き直った。

「待ちやがれ。俺はまだそんなジジイじゃねぇよ。嫁さんだ嫁さん!」

老婆は一層目を丸くした。

「おやまー!まーまー、そうかいそうかい。可愛い奥さんだことー」

「あ、その、初めまして・・・・」

「ゆっくりしておいきよ。ダンナさんは時々来て大福とか栗ぜんざい食べてくんだよ」

「そうなのか」

「今度からご夫婦でおいでな。ところでダンナさんとは上手く行ってんのかい?」

「あ、いや、その」

「夜はお盛んなのかいちょいと!ウッシッシッシッ」

テッドがジト目になった。

「旨ぇんだから静かに食わせてくれよ。ほらほら」

「ケチだねぇ・・ちょいとくらい聞かせとくれよぅ」

「いーから!」

「はいはい、じゃあごゆっくりぃ」

老婆の背中を押して店の奥へと連れて行ったテッドは眉間に皺を寄せたまま戻ってきた。

「まったく話好き噂好きのバァさんだからなぁ・・気にするなよ」

「あ、ああ」

「よし、冷めねぇうちに食おうぜ」

「うむ」

 

「・・・美味しい」

「うめーだろ。あのバァさんが作ったとは到底思えねぇ上品さだよな」

テッドはそう言って笑ったのだが、

「ちょいと聞こえてるよ!」

と、すかさず店の奥から怒鳴り声が返ってきたのでテッドも負けじと怒鳴り返した。

「聞き耳立てんなっつーの!」

「あたしゃ耳は遠くないんだよ!」

「都合の悪い事はすぐとぼけるじゃネーか!」

「さぁ何の事だか。覚えてないねぇ」

「言ったそばからとぼけてんじゃねーよ!」

武蔵はキツネ色に焦げ目がついた餅を噛みながら、テッドと老婆のやり取りを聞いていた。

 

「武蔵、これで払っといてくれ・・ちょっとトイレ借りるぞ!」

「はいはい・・汁粉と栗ぜんざい、饅頭詰め合わせで1960コインだよ」

「では、ええと、これで」

「40コインのお釣りとおまけだよ。持ってお行き」

そう言ってつりの後に老婆が武蔵の手に乗せたのは2個の大きな味噌饅頭だった。

「・・良いのか?」

老婆はにこりと笑った。

「あんなに嬉しそうな坊やを見るのは初めてだよ。よほどアンタが気に入ってるんだろうね」

「そ、そうなのか?」

「仲良くおやり。幸せにね」

「・・うん。また来ても良いか?」

「いつでもおいでな。腰の按配が悪くなければいつも開けてるからね」

「腰が良くないのか?」

「持病って程じゃないんだけどね。トシにゃ勝てないよ」

「そうか・・こんなに美味しい汁粉を食べたのは初めてだ。少しでも達者で長生きしてくれ」

「嬉しいこと言ってくれるねぇ。じゃあ酒饅頭も持っていきな」

そう言って老婆は酒饅頭を4つ手渡した。

「あ、いや、何かを貰いたかったわけではない」

「解ってるよ。気持ちだよ」

「・・ありがとう」

武蔵と老婆がにこりと笑いあった時、

「お待たせお待たせっと・・何笑ってるんだ?」

トイレから出てきたテッドがきょとんとした顔で二人を見たのである。

 

テッドはハンドルをゆっくりと操作しつつ、武蔵に話して聞かせていた。

「そうか、いわばテッドの隠れ家なんだな」

「そうだな。ちょっと息抜きしたい時に行ってるんだ」

「あちこちに知り合いが居るのだな」

「そうでもねぇよ。この町ではあの甘味処と紅葉屋くらいだ」

「紅葉屋・・あぁ、山の頂上にある温泉宿か」

「DeadlineDeliversに初めて定期契約結んでくれた上得意さんだ」

「なるほどな。あの甘味処とも結んでるのか?」

「・・いや、結んでねぇよ」

「訳でもあるのか?」

「なんつーかさ・・あのバァさんとは仕事抜きで居たいんだよ」

「そうなのか?悪いようにはしなさそうだが」

「まぁそう思うんだが、余計な関係のせいでこじれたり、気ぃ遣う関係になりたくねぇんだ」

「・・なるほどな。それも良いんじゃないか。今度からは私も連れてってくれないか?」

「もちろんだ」

「ところで、この饅頭詰め合わせは自宅用か?」

「いや、大和達への土産。ほら引越し手伝ってもらっただろ?」

「なるほどな。ならば帰りがけに渡してしまおう」

「おう、そのつもりだ」

二人を乗せたキャデラック・フリートウッドはゆっくりと山甲町へと帰って行ったのである。

 

 

 


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